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カテゴリー「長崎県」の記事

2009年9月 1日 (火)

長崎珍道中(その14:眼鏡橋)

長崎といえば、眼鏡橋っしょ?ということで、やってきた。

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日本最古の石造りアーチ橋といわれている。一番初めの橋は、1634年に架けられた。その後、1648年の洪水で流れて以来、なんとか耐えてきたが、1682年の長崎大洪水で半壊してしまった。その後、復元されている。

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雰囲気がありますな。。。

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紫陽花が美しい季節だ。

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橋の向こう岸に岩永梅寿軒というお菓子屋がある。ここでお菓子を買い求める、JINとくっぺちゃん。しっかり予約していたようだ。

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こちらは匠寛堂というお菓子屋である。「しょうかんどう」と呼ぶが、JINが「たくみひろしどう」と言うので、本当にそういう名前かと思って、でかでかと店の前で、「たくみひろし」を連呼してしまった。ここでも、高級カステラを買い求めるJINとくっぺちゃん。本当に甘いものがすきなんやねgawk

さて、長崎編はこれにて終了である。

この後、福岡に戻り、岩戸屋で水炊きをつつきながら、お疲れ会をやったのだが、あまりのはしゃぎように、JINとくっぺちゃんが最終の新幹線に乗り遅れたことをここに記す。

   

2009年8月31日 (月)

長崎珍道中(その13:興福寺)

興福寺といっても、今阿修羅ブームを起こしている寺ではない。あっちは奈良である。

ちなみに奈良の興福寺はこちら

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興福寺の山号は、東明山である。日本最古の黄檗宗のお寺で、山門が赤いところから、「あか寺」と呼ばれるらしい。

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1624年に創建されたもので、インゲン豆の隠元さん縁の寺でもある。

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山門をくぐると、斎藤茂吉の歌碑があった。

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本堂の大雄宝殿である。まったく日本のお寺の雰囲気はない。さすが黄檗宗だ。

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こちらは鐘鼓楼である。

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早速本殿を拝観する。

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天井から釣り下がっている瑠璃燈は上海から運ばれたものらしい。

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本殿の左手には、媽祖堂がある。

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媽祖とは航海の神様である。その前には、二つの鬼神がいる。今まで散々揶揄してきたが、「順風耳」と「千里眼」である。順風耳は千里先の風向きを感じ取り、千里眼は千里先を見通し、媽祖を守る役割を持つ。

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やっぱ何かアフレコしたくなるなあ。。。

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他にもいろんな方がいらっしゃる。

再び本殿へ・・・

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いろんな方がおりますえ。。。

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魚~

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三江会所門である。

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門の向こうは、庭だった。

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ちなみに門の敷居が高いのは、豚が入らないようにするための中国の様式だとか・・・

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なかなかエキゾチックなお寺であった。

                

 

 

2009年8月30日 (日)

長崎珍道中(その12:亀山社中資料展示場~若宮稲荷神社)

風頭公園から龍馬通りを歩く。

しばらく歩くと、亀山社中資料展示場が見えた。

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亀山社中とは坂本龍馬が結成した貿易結社であり、海援隊の前身である。この資料展示場は、坂本龍馬に関する資料をいろいろと展示している。せっかくだから見学した。

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龍馬と撮ろうと、勢いがつきすぎて、戸にぶつかった。あわや大惨事であった。

坂本龍馬先生、ごめんなさ~い

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資料展示場のすぐ近くには若宮稲荷神社がある。社中のメンバーがよく訪れたという。

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拝殿の脇には、怪しげな空間が・・・

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でっかい岩の上に祠があった。

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若宮稲荷神社をあとにし、しばらく歩く。

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龍馬のぶーつの像である。このブーツに足を入れ、記念撮影する観光客が後を絶たない。そういう私も・・・

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こちらが亀山社中の跡地である。復元工事の途中であった。

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復元後が楽しみだ。   

         

2009年8月27日 (木)

長崎珍道中(その11:幣振坂~風頭公園)

JINが「ヘイヘイ坂」を歩きたいと言った。

ヘイヘイ坂?

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幣振坂だった・・・

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ただの路地にしか見えない。とりあえず、上って、高台にいきますかね。。。

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なんとなく雰囲気がでてきた。

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坂はやがて階段になった。そろそろ息があがってきた。

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しばらく上ると、ちょうど座りによいサイズの石があった。その名も休み石という。長崎はとても坂の多い街であるが、その坂にはよくこういった石がある。ま、ちょっと休憩ですな。

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ふたたび歩く。

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また休み石があった。

延々と上ると、またまた休み石。

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かなり高いところまできた。

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完全にグロッキーで最後の休み石に到着。

そこからしばらくすると、やっと坂を上り終えた。すっかり汗ミドロになったので、着替えた。

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風頭公園にやってきた。

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坂本龍馬像がでかでかと立っていた。高知の桂浜のやつに比べれば可愛いものか・・・?

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何やら「竜馬が行く」の一説が書いてあった。

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竜馬像のあるところから一谷?向こうに展望がある。なかなか絶景だ。

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さて、下山っと・・・               

2009年8月20日 (木)

長崎珍道中(その10:崇福寺)

オランダ坂を歩く。

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実に長崎らしい坂である。石畳といえば、ローマを思い出すJINと私だった。ローマでは、硬い道路により腰が痛くなったものだ。

そのまま思案橋までやってきた。昼食をとることにする。

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思案橋ラーメンで性懲りも無くちゃんぽんを摂取することになった。

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「ばくだんちゃんぽん」とやらを食す。ニンニクびたびたというえげつないちゃんぽんだ。明日の口臭を気にしなければ、実に美味い。ただ、お腹がにんにくの大量摂取に悲鳴を上げ気味であった。

昼食後、崇福寺にやってきた。

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このお寺は、山号を聖寿山といい、黄檗宗のお寺である。黄檗宗といえば、総本山は萬福寺である。黄檗宗は、隠元隆琦により日本に伝えられた中国風味溢れる仏教である。もっとも、この崇福寺は三代目の住職が隠元なのであるが、その以前から唐風の寺だったようだ。

すっかり中華チックな三門をくぐると、階段があった。

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崇福寺は、1629年に長崎在留の中国人(福州)が超然を迎えて開いた寺である。中国人のためのお寺だったため、このようにすっかり中華なのだ。

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第一峰門をくぐる。ちなみに、この何気ない門は国宝である。

大雄宝殿がある。

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大雄宝殿の手前には護法堂がある。このお堂は三つに分かれている。

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関帝堂である。

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観音堂である。

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天王堂である。

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大雄宝殿を正面から眺める。実に勇壮である。さすが国宝である。

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本尊は釈迦如来である。

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本尊の周りには、圧巻の十八羅漢が・・・

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護法堂の隣には鐘鼓楼がある。

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大釜である。飢饉の際、炊き出しに使ったらしい。

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媽姐門をくぐる。

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媽姐堂である。

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どうもすいません!

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なんですくわぁ?

続いて、開山堂である。

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何のための建物だろうと、中に入ると、階段があった。上に上がると、数多くの位牌が・・・

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ご覧のように、海外に来たような錯覚を覚える寺である。実に面白かった。      

   

     

      

2009年8月10日 (月)

長崎珍道中(その9:グラバー園Ⅲ)

グラバー園もいよいよ最後の旧グラバー住宅を残すのみである。

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階段を下りると・・・

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旧グラバー住宅である。1863年に建てられた日本最古の木造西洋風建築物ということだ。オルト住宅、リンガー住宅と同じく、国の重要文化財である。

中に入る前に、グラバー住宅といえばアレというやつを探す。

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あった!

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ハート型の敷石である。触ると、恋愛成就とやらで、やたら女性が集っていた。

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これで、ばっちりやな( ̄ー ̄)ニヤリ

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そろそろ中に入るとしよう。。。

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ありえないくらい背の高い姿見が玄関にある。グラバー氏が巨人だった言うわけではない。この姿見で玄関から入る太陽光を反射させ、室内を明るくする装置なのである。

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倉場富三郎氏である。グラバー氏の息子である。グラバー嫁は日本人なので、ハーフである。トロール漁業を日本に導入した人物で、グラバー図譜の生みの親でもある。

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おぉ!豪勢な料理(レプリカ)である。

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和洋折衷ですなあ・・・catface

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狛犬である。麒麟麦酒のラベルのモデルといわれている。

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家の中に温室があった。なかなか奇抜な造りだ。

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廊下を歩いていると、天井が開いていた。

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隠し部屋だそうだ。勤皇の志士たちが隠れて密談したとか・・・

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鏡が張ってあり、内部構造が分かる仕組みになっている。一生懸命に内部を見ようとしたが、よく分からなかった。

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台所である。ここの床の煉瓦は、こんにゃく煉瓦というそうな。。。こんにゃくのような形だかららしいが、こんにゃくの形って、明確なものあったっけ?

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なんか鬱蒼としたところを通った。

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グラバーは~んヽ(´▽`)/

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外に出た。さきほどの温室である。

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これにて、旧グラバー住宅は終了である。移動する。

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何やら変わった門ですな。

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レストハウスのあたりで女性たちが這いつくばって何か探していると思ったら、これだった。恋する乙女は怖いですな。一瞬達川のコンタクトを探す、達川と同僚たちかと思った。

完全にグラバー園を制覇したと思っていたら、何やら新しい建物に強制的に入れられた。

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長崎伝統芸能館である。

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長崎くんちの資料を展示しているらしいが、前来た時、こんなんあったっけ?特に必要性は感じなかった。

グラバー園散策終了。   

 

   

 

    

      

   

   

2009年8月 9日 (日)

長崎珍道中(その8:グラバー園Ⅱ)

自由亭の向かいには、泉がある。

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その泉の端には、何やら白い人が立っていた。

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プッチーニ像である。蝶々夫人というオペラがある。ここ、長崎を舞台にしたオペラであるが、そのオペラを作曲したのがプッチーニである。ちなみに蝶々夫人の内容は全く知らない。

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こちらは三浦環というご婦人の像である。蝶々夫人を演じた名女優のようだ。

少し歩くと、泉の向かいには、ないやら立て看板が・・・

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日本最初のテニスコートらしい。全く面影はない。

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こちらは日本最初のアスファルト道路・・・

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泉を抜けると、旧リンガー住宅がある。国の重要文化財に指定されている。中に入る。

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明治初期の建物らしい。ちなみに、リンガー氏は明治から昭和にかけて活躍したイギリス人実業家である。リンガーハットはこの人の名にあやかってつけたようだ。

旧リンガー住宅の奥には、旧オルト住宅がある。

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玄関の左手の藤棚のようなものが気になる。

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国内最古最大級の木香バラとな!?でかい!ちょっとテンションがあがった。さて、中に入る。

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オルト住宅は、リンガー住宅と同じく国の重要文化財である。石造りの洋館の中で最も大きいものということだ。オルト氏は緑茶貿易で名を馳せたイギリス人実業家である。

外に出た。

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椅子に座り、しばし小休止をすると、散策を開始した。

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さらに奥に進むと、旧スチイル記念学校がある。

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明治20年に建てられた学校である。中には、グラバー図譜等が展示されている。

次回は、いよいよグラバー住宅である。   

 

      

    

2009年8月 5日 (水)

長崎珍道中(その7:グラバー園Ⅰ)

グラバー園とは、旧グラバー住宅をはじめとした西洋館が立ち並ぶ、エリアである。

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ちょうどアジサイが美しい季節であった。

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長いエスカレータを上る。

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初めに見学することになるのは、旧三菱第2ドックハウスである。

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ドックハウス前の池である。

ドックハウス内に入る。

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ドックハウスとは、船が修理のためにドックに入っている間、船員が宿泊する施設である。 明治29年に建てられたらしい。この建物がグラバー園で最も高い位置にあるので、眺めは抜群である。

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二階から海を眺める。

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外に出て、海を眺めると、

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女神大橋が見えた。

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美しい花に心を惹かれつつ、散策する。

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旧ウォーカー住宅である。

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イギリス人実業家、ロバート・ネール・ウォーカーの次男が暮らしていたということだ。明治中期に大浦天主堂のすぐ隣に建てられたらしい。

ということは、そこから移築されたということか?

随分こじんまりしており、大柄な欧州人には、窮屈なのではなかったろうか?

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ウォーカー住宅の向かいは、旧長崎地方裁判所長官舎である。明治16年に建てられたもので、これも移築のようだ。

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少し歩くと、何やら道路から突き出ていた。

明治時代の水道共用栓だそうだ。

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こちらは旧自由亭である。江戸時代の西洋料理屋の建物で、現在は、喫茶店が入っている。

グラバー園散策はまだまだ続く。       

   

 

       

2009年8月 2日 (日)

長崎珍道中(その6:大浦天主堂)

平成21年6月13日。長崎二日目開幕である。本日は、とりあえず、南山手を目指す。

ホテルを出ると、バスで長崎駅まで降りる。そこから、ちんちん電車で大浦天主堂下に着いた。

目指すは、大浦天主堂であるが、その前に・・・

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旧香港上海銀行長崎支店記念館である。明治時代の建物だそうだ。

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さて、大浦天主堂を目指そう。。。長崎らしい坂ですな。

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グラバー坂を上っていると、なんだかメルヘンチックな建物やら、

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とっても長崎チックな神社などが・・・

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いよいよ大浦天主堂が見えてきた。

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かつて、くっぺちゃんとJINと、今回不参加のぎーさんの四人組で訪れたことがある。当時は、教会に行くことなんて無かったので、緊張のせいか、腹が痛くなったが、今回はどうなることやら・・・。

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国宝と石碑に書いてある。そう!大浦天主堂は国宝で唯一の洋風建築物なのである。

入場料を払い、中に入る。

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天主堂に行く前の左手に広場のようなスペースがあった。

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信徒発見のレリーフである。江戸末期に天主堂ができたとき、プティジャン神父が隠れキリシタンを発見したときの様子であろう。当時、キリスト教世界では、日本の信徒発見は大ニュースであったようだ。よくぞ、禁教時代を乗り越えたといったところか・・・

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なんか胸像がありますな。

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さて、天主堂に向かおう。。。

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大浦天主堂の正式名称は、「日本二十六聖殉教者聖堂」である。日本二十六聖人とは、豊臣秀吉に処刑された二十六人の殉教者である。大浦天主堂はかれらに捧げられた教会なのである。

初期の教会堂は、江戸末期に建てられた。その後、増改築がされている。

中に入る。

内部は小さいながらも厳かな雰囲気が漂っている。石造りの海外の教会と異なり、木で要所が作られている。洋風の建築物ながらも和を感じる。作りも派手さは無く、なんとなくワビ・サビを感じる。迫力はないが、いい教会だなあ・・・と感慨に耽るのであった。

さて、外に出る。

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この屋根は、教会堂の向かいにある、旧大司教館である。

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裏手に廻る。

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旧羅典神学校である。国の重要文化財である。

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中はこんな感じである。

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次回は、グラバー園である。           

 

   

    

 

2009年7月31日 (金)

長崎珍道中(その5:食にスポットを当ててみた・・・)

長崎港に着いた。しばらく歩くと、出島が出現した。

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出島とは、江戸時代の鎖国において、唯一西洋に開かれていた港である。西洋といってもオランダのみであるが。。。あまりにも有名なので、あえて説明しなくともよいだろう。

その出島が復元されている。ちょっと興味があったが、中に入るには有料とのことだったので、やめておいた。

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さるくちゃん・・・。顔に密かに「さ・る・く」・・・

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

思案橋近くの白水堂という喫茶にやってきた。

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ミルクセーキが有名とJINが言うので、頼んだ。

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?ミルクセーキ?

ミルクセーキって、ドリンクじゃなかったっけ?

・・・カキ氷ですな。

ま、食べてみまひょヽ(´▽`)/

これはこれで、あると思います!

なかなか美味であった。

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甘いものに植えたJINとくっぺちゃんの口車に乗り、みたらしも食った。

なかなか香ばしくで美味かった。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

バスに乗り込み、今夜の宿にやってきた。

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稲佐山観光ホテルである。

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見晴らしのよさそうな高台というより山に建つ。

部屋は値段を落としたせいか大したことはなかったが、とりあえず、くつろぎ、風呂に入ると、飯の時間になった。

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一応、卓袱料理っぽい。

各皿を見ていこう。

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天麩羅エリアである。マテ貝が入っているのは、珍しい。

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サザエの料理ですな。

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煮物ですな。

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刺身・・・

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サメの湯引きが入っていた。

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角煮まんが美味かった。

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蒸した肉・・・

全体的な料理の感想は、美味いといえば美味いね・・・て感じやね。

腹いっぱいになったので、夜風に当たることにした。

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長崎の夜景を眺める。。。

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山のほうを見ると、ロープウェイが登っていくのが見えた。

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出会った。。。

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そして、夜食で皿うどんを更に食う。。。

食いすぎた・・・(p´□`q)゜o。。      

       

   

 

2009年7月29日 (水)

長崎珍道中(その4:軍艦島Ⅲ)

船に戻るため、ドルフィン桟橋に向かう。

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ドルフィン桟橋からはかつて地下通路があり、地下通路を通り、第3見学広場から見えた30号アパートまで、直接行けたらしい。

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これがトンネル跡のようだ。ドルフィン桟橋からアパートまでの間には、炭鉱の施設が多くあったため、作業の邪魔にならないよう、また危険が無いようという配慮からトンネルが掘られたようだ。

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船に乗り込む。出港のため、ぐりぐりに縛り付けたロープを外す。

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ふと山の上を眺めると、祠があった。端島神社である。

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出港である。

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ところで、端島の大部分は造成されたものである。もともとの島は、神社のあたりから貯水槽のあたりまでである。

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島の反対側に廻る。

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この反対側の姿が、戦艦「土佐」に似ているらしい。

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各アパートは、このように渡り廊下で結ばれている。この結果、雨の日でも傘を差さずに移動でき、学生は傘なし登校が可能だったようだ。

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軍艦島から離れていく。

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ところで、軍艦島には火葬場がない。お亡くなりになった方は隣の中の島で火葬にされるのだ。

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こちらが中の島である。

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赤レンガの瓦礫が見える。これが、火葬場跡ということだ。

船はひたすら進む。やがて、神ノ島教会とマリア像が見えてきた。

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明治時代の教会ということだ。

やがて、船は長崎港についた。             

2009年7月27日 (月)

長崎珍道中(その3:軍艦島Ⅱ)

我々の班は、第2見学広場からのスタートである。移動開始である。

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赤レンガの建物が見えてきた。

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ここが第2見学広場である。早速ボランティアガイドさんが説明してくれた。

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赤レンガの建物は、総合事務所である。この中には、炭鉱夫が仕事上がりに入る、浴場があったそうだ。

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皆さん、真剣に聞いてますな。

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右に見えるタワーは、第二竪坑坑口桟橋跡である。かつて、竪坑に至る桟橋があったが、崩落し、桟橋に上がる階段部分のみが残っているのだ。

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海側の壁である。天川の護岸という。天川という接着剤を用いた石組みで護岸されている。

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隙間から海が見える。

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・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

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続いて、第3見学広場である。

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廃墟ですな。

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30号アパートである。1916年に建てられたもので、日本最古の鉄筋コンクリート造りの高層アパートということだ。

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おや?

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木が生えていますな。

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海側には、なんとプールがある。海水を引き込んでいたそうな。海で泳げばええやんと一瞬考えたが、こんな波の荒い中、泳げんわなと思い直した。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

第1見学広場に帰ってきた。

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上には、ライフラインの貯水槽などがある。

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奥の建物は小中学校である。

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あれ?これだけ?

島を一周できると思っていたが、実際は、ほんのちょっとだけである。まあ、崩落の危険があるのだから、仕方ないが、もっと近くで見たかった。

残りの場所は、船に戻り、船から見ることになる。

次回も続くが、第1広場で、屁ヒリ爺さんが出没したことを申し添えておく。

   

      

 

2009年7月24日 (金)

長崎珍道中(その2:軍艦島Ⅰ)

文明堂総本店でお菓子を買ったあと、波止場にやってきた。

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まずは、軍艦島ツアーの手続きを済ました。

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時間があるので、少し港を散策する。

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さて、時間になったことであるし、船に乗り込むことにする。

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いよいよ出港である。

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船内はほぼ満員。なかなかの盛況ぶりだ。

軍艦島までしばらくの船旅である。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

そろそろ近づいたので、二階に上がった。

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手前の島の奥に密かに軍艦島が見えてきた。

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軍艦島である。軍艦島の正式名称は、端島である。海底炭鉱があったことから、かつて炭鉱の島として栄えた。最盛期の1960年には、5,267人の人間がこの小さな島に住んでおり、人口密度は83,600人/平方キロメートルと、とんでもないことになっていた。ちなみにこれは当時世界一である。島の容量を明らかにオーバーした人口を保つため、当然、集合住宅は上に伸びた。その結果、島の外観が軍艦「土佐」に似ているということから軍艦島と呼ばれるようになったのだ。1974年に炭鉱が閉山して、以来、無人島である。

閉山後、立ち入り禁止であったが、2009年の4月より観光客の上陸が可能になったのだ。

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いよいよ上陸の時が近づいてきた。

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ドルフィン桟橋と呼ばれる浮桟橋に着岸する。

ドルフィン桟橋に着くと、厳重に係留される。

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ご覧のように、軍艦島そのものにもロープを張り巡らしている。ここまでせなあかんの?

いよいよ上陸であるが、沖合いであることから、結構波が高い。おまけに濡れているので、滑りやすそうだ。気をつけるべし。

無事、ドルフィン桟橋に降りたが、厳密にはまだ軍艦島には上陸していないなあ・・・

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この橋を渡れば、いよいよ上陸である。

上陸した。

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なかなかの廃墟っぷりですな。

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最近作ったらしいトンネルを抜ける。

ところで、船にいるときから、とんでもない間隔の短さでシャッターを押す人が・・・

ここまでくれば、結構うざいですな。。。

やがて、トンネルを抜けた。

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なんか出てきそうですな。

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ツアー客は、いったんこの広場で集合である。三班に別れ、ここを含めて、三箇所を見学する。

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班はこのタグの色で分けられている。

ボランティアガイドの紹介がされ、いよいよ出発である。

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次回へ続く。      

 

    

2009年7月23日 (木)

長崎珍道中(その1:導入)

平成21年6月12日から13日にかけて、長崎まで行った。今回の旅のお供は、遠路はるばる神戸からいらしたくっぺちゃんとJINである。

でははじまり、はじまり~note

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

博多駅で待っていると、くっぺちゃんとJINがやってきた。早速、電車に乗りましょう。。。

というわけで、長崎までやってきた。

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今回の旅は、軍艦島と長崎周辺を観光する。

まずは、軍艦島であるが、その前にお昼ご飯をたべることにする。

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とりあえず、ちんちん電車に乗る。

くっぺちゃんが車内広告を見て、何やら騒いでいるので、よく見ると・・・

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くっぺちゃん:箱をそのまま吊っとるなんて、初めて見たわ・・・。

右に同じである。

大波止で降りると、文明堂総本店があった。

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今はとりあえず、飯である。

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しばらく歩くと、目的のお店があった。桃華園というお店である。店に入ると、実に狭い!そして、実に複雑な構造をしている。言葉では表現しづらいので、実際行ってみてほしい。とにかく、長崎といえば、ちゃんぽんである。

ということで、ちゃんぽん!

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実に美味かった。

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食事後といえば、お菓子ですな。。。

さ、波止場に行きますかね。

次回は軍艦島である。   

2008年7月18日 (金)

ハウステンボス地獄

平成19年10月某日。ハウステンボスで会議があった。この記事は、仕事の合間にハウステンボスを見学した記録である。

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博多駅から特急に乗り込み、ハウステンボスにやってきた。会議中はここで宿泊する。

宿泊先は、ホテルデンハーグである。

既に日没コールドが近い。上司に夕食を食べにいくから、何時にロビーで集合との指令を受ける。集合時間まで散歩することにした。

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ホテルデンハーグである。なかなか立派である。

中央に向かって歩く。なんかでっかい塔が見える。

そういえば、言葉の違う女学生たちが戯れている。どうも韓国の女学生らしい。修学旅行かな?それにしても前髪を一直線にするのは、韓国で流行っているのかしらsign02

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ホテルヨーロッパである。どうせならここに宿泊したかった。ここは船でホテルにチェックインできるそうだ。。。

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ドムトールンである。中には、ショップが入っていたりする。展望台に上れるようだ。

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アレキサンダー広場である。建物は教会なのかな?

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おっと、時間がない!

上司と夕食をとる。結局、中華系のファウストフード・・・。

飯を終えると、既に暗かった。

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美しいですな。

・・・・部屋飲み。。。

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さあ、寝よう。。。

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二日目は、懇親会等で死んだ。。。

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三日目に上司が先に帰ったので、晩からようやく自由な時間がやってきた。

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うひょ~♪自由っていいなあhappy01

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花火が始まった。

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レーザー照射も美しい。

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終わった。本日の提供は九電だったようだ。

自由を謳歌する。

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美しいね。

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晩飯を食って、既に満腹なのに、佐世保バーガーを食す。生涯初めての佐世保バーガーであった。

自由を楽しみ、満足のままホテルへ帰った。

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最終日。帰る前にもっと散策しなきゃ。。。早朝に探検に出発する。

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パレスハウステンボスである。これぞハウステンボスの象徴である。オランダの宮殿を再現した建物で、美術館と裏庭が素晴らしいらしい。早朝なので、中に入れずshock

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お花に囲まれ、そこに痺れる、憧れる~

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人通りが少なくてよいが、店も当然開いていない。

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わ~い。風車だぁheart04

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そろそろ時間がやばい。ホテルに戻ろう。

途中、さっきのドムトールンの見える花畑にくると、妙な木枠がある。何かな?と覗くと・・・

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おぉ!絵画みたいだ!

くだらん!

で、ホテルに戻り、ハウステンボスを後にした。

やっぱプライベートで来ないと・・・。

仕事できても、蛇の生殺しですわ。。。

2008年3月14日 (金)

佐世保食い倒れ!

平成20年2月23日。

洋行帰りの記念すべき一発の旅は、佐世保である。

このシーズンに佐世保で牡蠣祭りが行われるので、

「食いにいくぞ、こらっ!」

という、うっちょの提案である。

うっちょは、阿蘇LOVEであるが、佐世保LOVEでもある。

初めの旅は、私とうっちょだけであったが、阿蘇からきゃぷてんが参戦し、今回の旅は、新たにヨゴレの球児が参戦した。

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では、始まりである。

うっちょが、きゃぷてんと球児を車に乗せて、私を迎えに来た。少し遅れると連絡があり、思わず、二度寝していたので、あせったsweat01

楽しい旅の始まりである。今回のテーマは、食である。

早速、休憩で寄ったコンビニできゃぷてんが、がっつりティラミスを買っていた。今から食いまくるのに、ええんかいな!?

いよいよ佐世保にやってきた。

佐世保と言えば、佐世保バーガーである。うっちょ推奨のお店にやってきた。

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ハンバーガーショップ・ヒカリというお店である。

隣もバーガー屋さんで、どちらにするか迷ったが、結局、じゃんけんという合理的かつ幼稚な方法により、ヒカリに決定した。

注文は、

「当然ジャンボスペシャルバーガーでしょ!?何しに佐世保きたんすか!」

という、うっちょのメタボな意見により、ジャンボスペシャルに決定した。

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一応、サイズ比較のため携帯を置いた。でかいと言えばでかいが、本場欧米の馬鹿サイズを見たことがあるだけに、可愛らしく感じる。

では、食す!美味い!肉も鶏肉なので、あっさりしてて食べやすい。

あっという間に、完食した。

隣で、球児が爪楊枝をばら撒いた。

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何をやってるんだか・・・despair

佐世保には、米海軍基地が古くからあり、そのせいで、バーガー屋さんが古くから存在したらしい。ちなみに認定制度があり、この認定証があると、正真正銘の佐世保バーガーなのだ。

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バーガーで軽く腹を満たした。続いて、佐世保と言えば・・・。

・・・・・・・・

そう!城島健司である。

と言うわけで、城島健司ベースボール記念館にいくことにした。

途中で、うっちょが右折しそこねたので、米軍基地の前でUターンしようとした。

すると、米軍基地から一般道に出る側の停止線からトゲトゲが出ている。

「こんなの、どうやって、出るの?」

と、躊躇していると、警察がやってきた。

警「どうしましたか?」

う「道を間違えました。」

警「ちょっと、免許証を見せてください。」

うっちょが免許証を提出する。

警「福岡の方ですか・・・。ご職業は?」

う「○○○○です。」

警「今日は観光ですか?」

う「はい。今日は牡蠣祭りに来ました。」

警「へー、そうですか。どこでやってるんですか?」

?佐世保の人やのに知らんのか?

う「西海シーパールリゾートです。」

うっちょが職務質問をされている間、別の警官が、何かメモっていた。

私は、笑いを堪えるのに必死だった。

この男、職質されてやがる!happy01

職質が終わり、開放される。

警「このまま左折したら、西海シーパールリゾートです。」

いや、その前に城島に行くんだが・・・。まあ、いいか。

う「コレどうやって出るんすか?」

警「そのまま、お行きなさい。」

このトゲトゲ、大丈夫かいな?と半信半疑で進むと、大丈夫だった。

通常は、引っ込む仕掛けのようだ。

さて、城島健司ベースボール記念館にやってきた。

近所の神社が祭りで、かなり遠くの駐車場に止めるはめになった。

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城島記念館には、城島に関するお宝が展示されている。私は城島が好きだが、そこまでファンではない。。。

正直、割高感は否めない。

2階に上がったところには、城島のユニフォームやマスク、バットなどが置いてある。ユニフォームなどは試着ができるのだ。

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ちなみにその他のフロアは写真撮影禁止である。

城島のことをよく勉強して、腹が減ったので、いよいよ牡蠣を食べに行くことにした。

牡蠣祭りの会場である、西海シーパールリゾートにやってきた。

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こんなところで、牡蠣を焼いて食べるのだ。

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牡蠣と炭はここで購入する。

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焼いてみた。

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殻が開いたら、食べごろだ。では食す!

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美味い!

牡蠣を焼いていると、何かが熱で弾けて、ヨゴレに当たった。

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ヒオウギガイが売っていたので、焼いてみた。

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初めてのヒオウギだ。食す!

大したことはなかった。

牡蠣を堪能した後は、何故か、芝生でキャッチボールをする。

周りから見ると痛い子である。

私とうっちょと球児は、グローブ持参だったが、きゃぷてんは忘れたので、牡蠣用の軍手を何重かつけてグローブの代わりにした。手が骨折したかのように腫れて見えた。

腹ごなしがすんで、佐世保の風景を見ようと、うっちょお奨めの展望台に行った。石岳展望台というところである。

駐車場に止めると、展望台まで徒歩なのであるが、何故か競争が始まった。きゃぷてんがクールに駆ける。

そのとき、球児の髪の毛が金色に逆立った。。。

「クリリンのことかーーーーーーっ!!!」

ものすごいダッシュである。

だが、すぐばてた。

で、結局、スタミナ勝ちで、私が一位であった。そもそもポール間ダッシュで私にスタミナ負けする球児が、坂道ダッシュで私に勝てるわけがないのだ。

あえて言おう!ゲスであるとっ!

うっちょは、初めからやる気Nothingであった。

目の前に絶景が広がる。

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九十九島である。

うっちょは、ここで愛について語り合ったのだろうか・・・?

別方向では、

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佐世保港である。

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何やらミリタリーな船がとまっている。

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私「キャプテン、この海の向こうに何があると思う?」

K「何すか?」

私「この向こうには、インドがあるのだよ。」

K「・・・・。」

私「いつかインドでサドゥになって、世界一の悟りを開こうと思うのだよ。」

K「マジすか?超クールっす!」

という、会話はなかった。

・・・・・・・・・・・・

すっかり、腹ごなしをしたので、ジャンボシュークリームを食べることにした。

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お店は佐世保商店街の近くにある。

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蜂の屋というお店である。突き出ている謎の物体は、ヨゴレの球児は興奮していたが、決してお尻ではない。そういや、高校の体育教師(男)でこんなプリケツいたな・・・。

たぶん、シュークリームかな?

中に入り、シュークリームを注文した。

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シュークリームの大きさを比較するため、携帯を置いた。まあ、大きい。

このシュークリームは好みに合わせて、茶色い謎の甘いソースをつけて食べる。中にはフルーツも入っている。

では、食す!

・・・・・・

シュークリームではない。また違う食べ物と考えたほうがよいだろう。

味は賛否両論である。

すっかり食いつかれて、帰路に着いた。

博多に着いて、実家に用事があるという球児を見送った後、私とうっちょときゃぷてんでラーメンを食べた。きゃぷてん推奨のお店で、いわゆる博多ラーメンではない。

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結構、穴場っぽいところであった。甘屋というお店である。

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醤油ラーメンを頼んだ。では食す!

美味い!絶品である。

しかも、ここのサイドメニューで芋パンなるものがある。

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芋パンである。フランスパンの上にスィートポテトが乗っている。では食す!

美味い!絶品である。

この店は私の中で福岡最高のラーメン屋となった。

ちなみにうっちょは、チャーシュー麺のチャー丼セットを頼んでいた。高脂血症にならないか、心配である。

今回は、最後まで、食いまくって、旅を終了した。

おしらせ

まーくんのつぶやき

  • 最近のアクセス・・・
    最近、アクセス地域のランキングを見ていると、やたら東京が伸びている。検索フレーズを見ると、もろに「天使と悪魔」の影響のようで、ローマネタが多い。東京に知人は少ないし、誰にもブログのことは知らせてないので、検索して迷いこんでくるんでしょうな。東京だけでなく、人口の多い大阪もきてます。滋賀県がんばれ!