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カテゴリー「長崎県」の記事

2012年4月30日 (月)

九州温泉修行Ⅶ(雲仙温泉、雲仙小地獄温泉、小浜温泉)

平成24年4月28日。島原半島までやってきた。今回の温泉修行は長崎県の温泉だ。

まずは雲仙温泉のいわき旅館にやってきた。

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早速入ろう・・・

えっ!?今日は緊急の工事で入れない?

・・・_| ̄|○

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仕切りなおしの一発目、同じく雲仙温泉の有明ホテル(No.20)にやってきた。

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このホテルの読み方は「ゆうめいホテル」だそうだ。「ありあけ」かと思っていた。

早速、入る。

お!一番乗り?

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誰も居ない風呂はいいですなあ・・・

ほんのり硫黄の臭いが立ち込める。

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とりあえず、露天からや!

ほぉおぉぉ・・・、ええ湯じゃ~

しばらくすると、お湯加減を気にして、ホテルの人がきた。

ええ湯ですよ!

なかなか感じがいい。

今思えば、ここが一番落ち着いて入れた気がする。やはり最後まで他に客が来ず、大浴場を独占できたのが大きい。何せ、気兼ねなく、放屁も、し放題なのだから・・・

雲仙温泉から少し離れたところにある、雲仙小地獄温泉館(No.21)にやってきた。

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周りは小さな旅館が数軒と国民宿舎がある。この温泉館は1919年に作られた共同浴場を1993年に国民宿舎青雲荘の外湯としてリニューアルしたものだ。

では早速中に入る。

お湯は白く濁っており、硫黄の臭いが充満していた。これはなかなか・・・

足を入れる。

・・・あちっ!?

湯船が二つあるのだが、一つは広く、もう一つは狭い。狭い方にばかり人がいるので、妙だと思ったのだが、要するに熱すぎたのだ。

ぬるい方に入る。

ぬるいといっても、そこそこ熱い。おまけにおっちゃんたちとの距離が近すぎて、芋洗い場の芋みたいだ。落ち着かないなあ。。。

そこそこ体が温まってきたので、熱いほうに挑戦する。

・・・おっ?意外と入れるねえ・・・

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

数分後、ゆでだこがそこにはいた。

死にそうや!

風呂場の注意書きを見ると、初めは3分くらいにしてくださいと書いてあった。

ぬるいほうとトータルで15分ほど入ったところでギブアップした。

休憩所で牛乳を飲んでると、尋常じゃない汗が額から流れた。私はあまり汗をかかない。サウナに入っても、こんな汗をかいたことはない。夏場に5キロくらい走ったときみたいだ。これにはかなりびっくらこいた。

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雲仙温泉を後にして、小浜温泉にやってきた。

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まずは、小浜荘という旅館が経営している、脇浜共同浴場(No.22)にやってきた。

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中に入ると、昭和初期がそこにはあった。

番台では、老夫人が爆睡中であった。睡眠中申し訳ないが、スタンプを押したいので、起こしてみた。耳が遠いのか、寝ぼけているのか、話がうまく通じない。スタンプを指差し、これ!と指差すとやっと理解してくれた。スタンプは自分で押して、料金150円を払い。いざ入る。

・・・熱ぅう~

尋常じゃない熱さだ。これは昔入った竹瓦温泉を彷彿とさせる。

数十秒でゆでだこになってしまった。しかも、タオルを車に忘れてきてるやん!

まあ、風呂上りに風で乾燥させるか・・・、等と考え、何気なく湯の湧き出し口に近付いて、手を触れようかとしたら、おっちゃんに危ないと注意された。確かにとてつもない高温であった。なんと、源泉の温度105℃で世界一の熱さらしい。

そこから、このおっちゃんと会話が始まった。

おっちゃんは地元の人で、30年ここに通っており、その間、風邪知らずらしい。

湯の湧き出し口からでるお湯を飲むために、プラスチックのカップが置いてある。おっちゃんに、飲んでみと薦められた。

・・・塩味やな。

この小浜温泉はナトリウム塩化物泉で、塩っぽいのが特徴だ。

しばらくすると、おっちゃんが出て行った。私もすっかりゆでだこなのでそろそろ出ることにした。脱衣場にて、おっちゃんが外から腰にタオル姿で入ってきた。何事かと思っていると、新品のタオルを貸してくれた。どうやら自分の車からタオルを持ってきてくれたらしい。まさか貸してくれるとは思っていなかったので、感動である。

おっちゃんはそのまま、再び浴場に入っていた。

男だぜ!おっちゃん・・・

すっかり火照った体を冷やすため、裸で脱衣場をうろうろしていると、妙な看板が目に入った。

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客の心得が書いてあるのだが、その歴史を感じさせるフォルムと内容が面白かった。

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こっちは効能がある病気一覧か・・・

なかなか面白い風呂であった。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

脇浜共同浴場から歩いていける距離に雲仙荘(No.23)はある。

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名前から小さな旅館を想像していたのが、ご覧の有様である。

遠くから見て、なんか凄い建物があるなあと思っていたが、まさかこれとは・・・

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こりゃ、何だ?

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こうやって、竹にお湯をかけることによって、適度に冷ますそうだ。

では中に入ろう・・・

浴場は2階らしい。

なんとも、妙な施設だ。

それにこの臭いは・・・

まるで大型研修施設だ。

風呂の中まで研修施設臭がしていた。

ここも塩化物泉であるが、何とも落ち着かない。そこそこ入ると、すぐに出てしまった。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

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最後は、春陽館(No.24)という旅館である。

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風呂には誰もいなかった。

・・・さて、上がるか・・・

何も言うまい

こうして、今回の修行を終えた。

2011年3月 8日 (火)

長崎ぶらり(その4:聖福寺)

福済寺から東に進むと聖福寺がある。

聖福寺は山号を万寿山といい、黄檗宗のお寺である。

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なかなか立派な山門だ。1703年に建立されたものだそうだ。

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山門には扁額がかかっているが、黄檗宗の祖、隠元さんの書だそうだ。

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山門をくぐると右手に階段があった。

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階段の踊り場?には妙な赤い物体が・・・

惜字亭(しゃくじてい)といい、経文とか不要な書類を処分するための焼却炉なのだそうだ。

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ふたたび階段があり、その上に、天王殿がある。

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1705年に建てられたものだそうだが、なんか山門がもう一個あるみたいだ。

ん?何か真ん中に収まっているな・・・?

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あれ?この人、見たことある!たしか・・・

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天王殿をくぐると、真正面に釈迦を祀る、大雄宝殿がある。1678年創建、1715年改築と大変歴史のある建物である。

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崇福寺興福寺と同じ中国発祥の黄檗宗のお寺であるが、細部に中国ナイズが見られるものの、比較的和風テイストが強く、落ち着いた造りである。

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雲版である。うおお~叩きてぇ~

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天王殿を大雄宝殿から見た。

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後ろにも仏像があった。

その他にも、境内には、

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鐘楼やら、

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廃仏毀釈で廃寺になった神宮寺から引き取った石門がある。

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なかなか立派なお寺であるが、私が行ったときには、老夫婦しか参拝客がいなかった。じっくり寺を巡るには、穴場なのかもしれない。

こうして、参拝を終え、長崎を去った。佐賀で佐賀錦が無性に食いたくなって、買ってしまったことも、ついでに書き加えておく。

2011年3月 1日 (火)

長崎ぶらり(その3:本蓮寺、福済寺)

日本十六聖人記念館がある丘を下り、先ほどの巨大建造物を求めて、南東に続く道を歩いていると、お寺が見えた。

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巨大建造物はもう少し先だが、

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ほほお!勝海舟が滞在した寺か・・・

見学しまひょ

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ここは、かつて教会とキリスト教系の病院が建っていたようだ。。。

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長崎の坂はきつい・・・

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あれれ、特に変わったところはないなあ。。。普通の寺だ。

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日蓮さんかな?

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おお!先ほどの巨大建造物が見える。早速、移動しよう・・・

本蓮寺のことを何の変哲もない寺と思ったのは、間違いであった。

後で調べると、何とこの寺、恐怖の伝説があるのだ。

先ほど紹介した教会の跡地と紹介したが、それがミソだった。

何でも教会が立っていたのは、安土桃山時代である。豊臣秀吉の伴天連追放令が出た後、地元住民から焼き討ちを食らったのだ。キリスト教徒たちは教会の井戸に身投げしたという。この教会の跡地に寺が建ったのだが、この井戸からは毎夜うめき声が聞こえたという。。。この井戸は南蛮井戸といい、現存しているようだ。是非見ればよかったと後悔したが、事前にお寺に交渉しないと見れないようなので、今回はどっちにしろ無理だった。

さて、本題に戻す。先ほどの建造物であるが、福済寺という寺にある。

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何とも摩訶不思議な山門が出迎えてくれた。

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入場料を払わなければならないのだが、受付が閉まっている。今日は無料かな?

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いきなり現れた。

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万国霊廟長崎観音である。1979年に建立された、亀型の台座は霊廟である。

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高さは18m、地上からは34mもあるのに、この亀のおかげで、間近で見ると、観音様が全く目立たない。

こんな珍寺風味なお寺であるが、1628年創建の黄檗宗の寺院で、長崎では「崇福寺」、「興福寺」と並び称される(長崎三福寺)、お寺である。元の本堂は国宝に指定されていたが、原爆で焼失してしまったのだ。

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霊廟の中は普通にお寺のお堂であった。

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お堂から出ると、妙な看板が立っていた。フーコーの振り子?

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どうやら霊廟の下に、フーコーの振り子があるらしい。それは楽しみだ。降りてみた。扉は閉まっていた。だから、今日は無料なのか・・・(´・ω・`)ショボーン

残念じゃ~、無念じゃ~

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フーコーの振り子は見れなかったが、何故か戦艦陸奥の砲台の一部があったり、微妙に変わった寺であった。

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一応普通っぽい建物もあったので・・・

2011年2月28日 (月)

長崎ぶらり(その2:日本二十六聖人記念館)

孔子廟を見学し終えた私は、長崎駅周辺を散策したことがないことに気がついた。意外な盲点である。早速、トラムを乗り継ぎ、長崎駅に戻ってきた。

長崎駅の西側に進む。いつもならついつい入ってしまう本だらけにも寄らず(後で寄ったが・・・)、坂道を上がる。ここいらは、西坂町というエリアだ。やがて、公園があった。その公園を奥に進むと、

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日本二十六聖人記念碑がある。日本二十六聖人というのは、豊臣秀吉によって、処刑されたキリスト教徒である。何故、キリスト教が迫害されたかという問題には、色々な見解があると思うので、言及を避けるが、悲惨な出来事である。殉教者の内訳は、日本人20名、スペイン人4名、メキシコ人1名、ポルトガル人1名である。後にカトリックにより列聖された。

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殉教者の中には、12歳の少年も含まれていた。

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この記念碑の右後方あたりには、

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殉教地を示す記念碑が立っていた。

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道路を挟んで向かいには、記念館を管理する教会がある。建築家がガウディを意識しちゃったようで、聖家族教会チックになっている。

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記念碑の裏側に記念館が建っている。折角なので、拝観した。

受付で入場料を払うと、荷物を預かってくれた。では、このカステラをよろしく。。。

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内部は、キリスト教に関する資料や、大航海時代の資料などが並んでいた。ちょうど、韓国からの団体観光客が来ていた。海外から来るほど、有名な施設なのかしら?

ヨーロッパのカトリック関係者には日本二十六聖人は有名という話を聞いたことはあるが・・・

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中庭には誰かの像が・・・

悲惨な歴史にちょいと気分が滅入ったところで、カステラを受け取り、見学を終えた。次はどこへ行こうか・・・

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あれは・・・?

2011年2月26日 (土)

長崎ぶらり(その1:長崎孔子廟)

平成23年2月某日。長崎市で会議があり、その後に時間があるので、長崎をぶらぶらしてみた。カステラをゲットした後、おそらく10年ぶりくらいになろう、孔子廟に行ってみた。

大浦天主堂下電停でトラムを降りる。大浦天主堂やグラバー園といった長崎観光の目玉とも言うべきエリアとは反対側に進み、大通りから少し中に入ると、中国チックな建物が現れる。

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孔子廟である。10年ほど前、当時大学生だった私は、毎年JIN、ぎーさん、くっぺちゃんの四人組で九州に遊びに来ていたのだが、そのうち1回の長崎観光で訪れて以来である。

長崎の孔子廟は、元々1647年に創建されたそうだ。その後、燃えたり、移転したりしたようだ。今の孔子廟は、1893年に建てられたそうだ。

早速、チケットを購入し、中に入った。

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まず儀門という名の門がある。

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その向かいには石橋があり、さらに石の門がある。すい星門というらしく、何でも鳥居の原型なのだとか・・・

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儀門の左右に、奇妙な動物が碑を背負っている石像があった。この動物は竜王の9番目の子で龍蝠というのだそうだ。背負っている碑文は孔子を讃える詩らしい。

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儀門をくぐる。

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大成殿、すなわち孔子廟の正殿である。

ちなみに大成殿を望む広場の左右には、回廊があるのだが、その軒先には、

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孔子の高弟72賢人が並ぶ。台座には一人一人名前が書いてあるが、誰一人分からん。

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回廊には、

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論語が彫られた石板が飾ってあった。

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では、大成殿を見学する。

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手前の階段の中央には龍が彫られた石板がある。

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孔子の高弟で翁仲(こうちゅう)はんと言うらしいが、全く分からない。

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げっ!?大成殿の横手にはまだまだ賢人が・・・

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右側も・・・

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大成殿に入ると、正面に早速孔子はんと思われる御仁がいた。

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なかなか厳ついな・・・

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こりゃ、麒麟かいな?

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おお!武器や!

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お偉い方々の位牌が並んでいるが、孟子しか分からん。儒教の勉強をせんといかんと思った。

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おやおや?これは湯島聖堂で見たぞ!宙吊りの器は空の状態では傾いているが、水を入れると真っ直ぐになっていく。しかし、入れすぎると、器がひっくり返って空になるという。何事もやり過ぎはあきまへんという、説教道具だ。

やってみよう・・・

柄杓で水を入れる。

おお!?まっすぐになってきた。

柄杓で水を入れる。

おお!ひっくり返った!!(゚ロ゚屮)屮

ああ、勉強になった

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大成殿の裏手には近代的なビルディングがある。これは中国歴代博物館という。北京の故宮博物院と提携しており、その収蔵品をいくつか借りて展示しているのだ。中に入ると、判子ばかりだった。その他、中国の焼き物なども展示されており、なかなか面白かった。

さて、次はどこ行こう・・・

2010年10月 6日 (水)

雲仙家族旅行

平成22年6月12日から14日まで、両親が神戸から柳川にやってきた。一日は柳川で鰻のせいろ蒸しを食したり、有明海を見せたり、久留米ラーメンを食わせたりした。

翌日、熊本城を見学した後、熊本港からフェリーに乗り、島原半島へ。雲仙で一泊する。今回は、その雲仙の話をば・・・

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フェリーで島原半島に着いた。

このまま、宿に行くには早いので、雲仙岳を見に行くことになった。

雲仙岳といえば、我々の世代には、90年代の噴火があまりにも衝撃的だった。あのショッキングな火砕流の映像は今でもはっきり記憶に残っている。

車で山を登っていると、やがて、火砕流だか土石流の跡らしきものが見えた。20年ほどたっても、まだ災害の傷跡が残っているとは・・・。

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平成新山ネイチャーセンターへやってきた。平成新山とは、平成の噴火の際、新しく出来た山で島原半島最高峰でもある。このネイチャーセンターでは、平成新山の生い立ちだけでなく、雲仙の自然についても学習できるようになっている。

森のコーナーでボタンがあったので、押してみた。鳥のさえずりが聞こえる。粋な演出だ。おかんがにやにやしているので、聞いてみると、メジロの鳴き声は、「サッポロラーメン、ミソラーメン」と聞こえると書いてある。

いや、聞こえへんやろ?

そこおとんがやってきた。

「メジロの声っちゅーんは、聞く人がそういう風に聞こえると思えば、そういう風に聞こえるもんや。」

それって、なんの声でもそうなんちゃうん?

まあ、なんにしても大変勉強になったと思う。

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あれが平成新山か・・・

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ガスって、頂上が見えん!

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雲仙温泉にやってきた。今夜の宿泊先は、九州ホテルだ。

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早速、風呂に入った。露天を見ると、みな立ち上がって、柵の外を見ている。なんだろうと見ると、すぐそこに雲仙地獄があった。かなり立地条件のいいホテルだ。

突然、見知らぬ親父から

「木の化石です!」

と声をかけられた。

はあ?

ふと後ろを見ると、エクステリアとして石が置いてあった。その石が木の化石ということらしい。はあ、そうですか・・・。こっちが何の石やろうね?とかいう会話をしていたんなら、分かるが、、、

最近、こういう変な人によく声をかけられるような気がする。

風呂から出ると、飯である。

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ああ、美味かった。

部屋に戻ると、ワールドカップをやっていた。なんとも眠たい試合で、本当に寝そうになってきたので、風呂に入った。風呂から上がると、まだ試合をやっていた。最後まで眠たい試合だった。

こうして、夜は更けていった。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

翌朝、14日である。

朝飯を食った後、風呂に入り、チェックアウトを済ます。ロビーで荷物を預かったもらい、散歩することにした。

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ホテルの前が雲仙地獄の入り口である。

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いかにも暑そうなお湯がぽこぽこ湧いている。

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おう!眼鏡が曇るぜよ。

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この川も温泉ですじゃ。

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九州ホテルが見えた。

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真知子岩なるものがあった。雲仙は映画「君の名は」のロケ地なのだが、ヒロイン真知子役の岸恵子が手を着いた岩だそうだ。おめでたい話だ。

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岩に温泉成分がこびりついとお。

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この石は鏡石という。

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鏡石の上には婆石がある。婆石は閻魔様が座る石で、亡者の善悪を見分けるのに、鏡石に写して判断するらしい。てっきり脱衣婆の石かと思った。思えのような婆はいない・・・

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温泉が滝になっている。素晴らしい。

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泥火山とな?

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ぽこぽと泥の塊が湧き上がっている。別府の坊主地獄のスケールを小さくしたみたいな感じだ。

こうして、地獄見学を終えた。

ホテルで荷物を受け取ると、出発した。両親に有田焼を見せて、柿右衛門にうなり(見てるだけで買えなかったが・・・)、博多まで送った。両親が神戸に帰り、今回の旅も終わった。

2009年9月 1日 (火)

長崎珍道中(その14:眼鏡橋)

長崎といえば、眼鏡橋っしょ?ということで、やってきた。

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日本最古の石造りアーチ橋といわれている。一番初めの橋は、1634年に架けられた。その後、1648年の洪水で流れて以来、なんとか耐えてきたが、1682年の長崎大洪水で半壊してしまった。その後、復元されている。

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雰囲気がありますな。。。

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紫陽花が美しい季節だ。

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橋の向こう岸に岩永梅寿軒というお菓子屋がある。ここでお菓子を買い求める、JINとくっぺちゃん。しっかり予約していたようだ。

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こちらは匠寛堂というお菓子屋である。「しょうかんどう」と呼ぶが、JINが「たくみひろしどう」と言うので、本当にそういう名前かと思って、でかでかと店の前で、「たくみひろし」を連呼してしまった。ここでも、高級カステラを買い求めるJINとくっぺちゃん。本当に甘いものがすきなんやね

さて、長崎編はこれにて終了である。

この後、福岡に戻り、岩戸屋で水炊きをつつきながら、お疲れ会をやったのだが、あまりのはしゃぎように、JINとくっぺちゃんが最終の新幹線に乗り遅れたことをここに記す。

   

2009年8月31日 (月)

長崎珍道中(その13:興福寺)

興福寺といっても、今阿修羅ブームを起こしている寺ではない。あっちは奈良である。

ちなみに奈良の興福寺はこちら

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興福寺の山号は、東明山である。日本最古の黄檗宗のお寺で、山門が赤いところから、「あか寺」と呼ばれるらしい。

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1624年に創建されたもので、インゲン豆の隠元さん縁の寺でもある。

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山門をくぐると、斎藤茂吉の歌碑があった。

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本堂の大雄宝殿である。まったく日本のお寺の雰囲気はない。さすが黄檗宗だ。

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こちらは鐘鼓楼である。

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早速本殿を拝観する。

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天井から釣り下がっている瑠璃燈は上海から運ばれたものらしい。

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本殿の左手には、媽祖堂がある。

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媽祖とは航海の神様である。その前には、二つの鬼神がいる。今まで散々揶揄してきたが、「順風耳」と「千里眼」である。順風耳は千里先の風向きを感じ取り、千里眼は千里先を見通し、媽祖を守る役割を持つ。

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やっぱ何かアフレコしたくなるなあ。。。

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他にもいろんな方がいらっしゃる。

再び本殿へ・・・

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いろんな方がおりますえ。。。

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魚~

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三江会所門である。

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門の向こうは、庭だった。

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ちなみに門の敷居が高いのは、豚が入らないようにするための中国の様式だとか・・・

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なかなかエキゾチックなお寺であった。

                

 

 

2009年8月30日 (日)

長崎珍道中(その12:亀山社中資料展示場~若宮稲荷神社)

風頭公園から龍馬通りを歩く。

しばらく歩くと、亀山社中資料展示場が見えた。

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亀山社中とは坂本龍馬が結成した貿易結社であり、海援隊の前身である。この資料展示場は、坂本龍馬に関する資料をいろいろと展示している。せっかくだから見学した。

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龍馬と撮ろうと、勢いがつきすぎて、戸にぶつかった。あわや大惨事であった。

坂本龍馬先生、ごめんなさ~い

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資料展示場のすぐ近くには若宮稲荷神社がある。社中のメンバーがよく訪れたという。

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拝殿の脇には、怪しげな空間が・・・

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でっかい岩の上に祠があった。

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若宮稲荷神社をあとにし、しばらく歩く。

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龍馬のぶーつの像である。このブーツに足を入れ、記念撮影する観光客が後を絶たない。そういう私も・・・

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こちらが亀山社中の跡地である。復元工事の途中であった。

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復元後が楽しみだ。   

         

2009年8月27日 (木)

長崎珍道中(その11:幣振坂~風頭公園)

JINが「ヘイヘイ坂」を歩きたいと言った。

ヘイヘイ坂?

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幣振坂だった・・・

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ただの路地にしか見えない。とりあえず、上って、高台にいきますかね。。。

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なんとなく雰囲気がでてきた。

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坂はやがて階段になった。そろそろ息があがってきた。

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しばらく上ると、ちょうど座りによいサイズの石があった。その名も休み石という。長崎はとても坂の多い街であるが、その坂にはよくこういった石がある。ま、ちょっと休憩ですな。

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ふたたび歩く。

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また休み石があった。

延々と上ると、またまた休み石。

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かなり高いところまできた。

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完全にグロッキーで最後の休み石に到着。

そこからしばらくすると、やっと坂を上り終えた。すっかり汗ミドロになったので、着替えた。

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風頭公園にやってきた。

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坂本龍馬像がでかでかと立っていた。高知の桂浜のやつに比べれば可愛いものか・・・?

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何やら「竜馬が行く」の一説が書いてあった。

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竜馬像のあるところから一谷?向こうに展望がある。なかなか絶景だ。

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さて、下山っと・・・