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伝説の旅ベスト5

  • 第五位:第一次九州遠征(2号線の旅)
    1999年3月に国道2号線を使って、神戸から北九州まで旅をした伝説。帰りはフェリーで松山に上陸し、四国を横断して帰ってきた。
  • 第四位:ハワイのんびり旅行
    2005年12月。ホノルルマラソンに出走。人生を変えた旅。
  • 第三位:英国旅行
    飯は不味いが、とにかくお洒落な街と大英博物館、ストーンヘンジ、カンタベリー最高!
  • 第二位:中欧旅行
    ベルリン、プラハ、ブタペスト、ウィーン、ヴェネチア、アムステルダムと6カ国の都市を主に列車で巡った。飯が美味かった。
  • 第一位:北部インドの旅
    2007年2月。とにかくカルチャーショックの連続だった。

カテゴリー「香川県」の記事

2008年6月28日 (土)

金刀比羅リベンジ(その6:善通寺)

金刀比羅リベンジを無事に達成し、まだ時間があるので、四国霊場第75番札所善通寺にやってきた。

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南大門である。

真言宗善通寺派の総本山で、山号を五岳山という。なんとスーパースター生誕の地に建立された寺である。広大な境内を有しており、東院と西院からなる

まずは東院である。

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五重塔である。何度も倒壊したが、現在の塔は明治に再建されたものである。

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正面に金堂がある。本尊は薬師如来で、かなり立派な仏像であった。

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金堂前には子授修行大師像があった。なんかよくわからんが、また弘法大師の伝説がモチーフになっているのであろう。。。カリスマですからっ!

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金堂の右手には、常行堂がある。

そして・・・・

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!東院の周囲には、五百羅漢が並んでいるのだ!

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すげー!感動ものである。

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こんな人いそう・・・

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乙女チックですなぁ・・・

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敗訴っ!

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ジョジョ?

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そして、こちらが500番目の羅漢である。

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仁王門をくぐり、西院にいく。

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御影堂である。弘法大師生誕の佐伯家の宅地にあるお堂である。

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子供時代の弘法大師もいる。

さっそく御影堂を参拝する。

戒壇巡りがあった!早速巡る。暗い・・・

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ありがたい。。。

暗闇を抜けて、地上にでた。そのまま奥の敷地に進む。

産湯井なるものがあった。

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ここで弘法大師の産湯をとったということか?

他にも、

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聖霊殿や、

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護摩堂があった。

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再び東院に戻り、いよいよ日も暮れてきた。

善通寺参拝は以上で終わりだが、帰りのフェリーまで時間がある。

讃岐うどんを食べに行こう!

山田屋についた。

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食った。

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うまかった

フェリーに乗り、帰路につく。

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明石海峡大橋である。

おしまい。

2008年6月26日 (木)

金刀比羅リベンジ(その5:絵馬殿)

奥社から本宮に戻ってきた。

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本宮の裏手には、神庫や神輿庫がある。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

三穂津姫社である。

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さあ、今回の裏のメインである絵馬殿に赴く。

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ここの絵馬殿は、私のフェイバリットサイトである珍寺大道場で紹介されている。

ワンダーゾーンへようこそ!

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いつのバリカンやねん!

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ワニ~ どうやらガビアル系のようですな。

!?

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!!!!

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これですよ!噂の病気平癒記念の絵馬!こんぴらさんのおかげで九死に一生を得た図らしい。でもどう見ても、死・・・・

そのほかにも自衛隊の船やら海保の船やら淡路の漁師やら、某宇宙飛行士の絵馬が飾ってあった。

珍寺大道場で見た光景を目の当たりにし、に浸り、金刀比羅宮の階段を下っていった。

余談:

ワニの絵馬があったのは、こんぴらの語源がインドのサンスクリットでワニを意味するクンビーラに由来することからと思われる。クンビーラはガンジス川の神である。さらにガンガーの乗り物であることから、日本で水上交通の神となったようである。

2008年6月25日 (水)

金刀比羅リベンジ(その4:奥社)

奥社へ向けて、いよいよ出発する。

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じゃじゃじゃ~、、、行きますよぉ~!

しばらく歩くと、常盤神社があった。

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今度は、白峯神社である。白峯神社のご祭神は崇徳天皇である。京都にある白峯神宮は、幕末に孝明天皇が崇徳上皇の霊を鎮めるため、京都に神霊を呼ぼうとしたが、志半ばに崩御されたので、明治天皇が後を継ぎ、建立したものだ。

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他の末社と違って、ここはやはり垢抜けている。

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世紀の怨霊が祀られているということで、なんとなく厳かだ。

次は、菅原神社である。

讃岐は、菅原道真が最初に飛ばされた地である。その後、横暴を極めた藤原基経を文書で批判したことが、宇多天皇に気に入られ、帰京した後、大出世を遂げるのである。まー、その後、藤原時平&醍醐天皇にはめられ、大宰府に左遷・・・。

あっ、こっちも崇徳上皇に負けず劣らずの大怨霊やん!伝説では、清涼殿に落雷を落としたりしている。京都の北野天満宮は、道真の怨霊を鎮める神社なのである。

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まさか、日本怨霊史のツートップがここに鎮座しているとは・・・

・・・・・・・・・・・

それにしても、まだつかないのか・・・?

かなりしんどくなってきた。

さすが、奥社は侮れない。

まだかな?

!?

なんか見えてきた!奥社か?

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休憩所かい!

いいかげんにしなさいよ!

またまた階段を上るはめになった。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今度こそ見えてきた。

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ここまでに要した階段の数は1368段である。心臓に負担がかかる。全く私が偽の王子だったら今頃、心臓が割り避けていることだろう。。。

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奥社は巖魂神社というらしい。金刀比羅本教教祖を祭る神社とな。。。

戦国時代の別当であった宥盛が祀られているらしい。宥盛は、死の直前に天狗になったいう伝説もあるらしい。

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おっ!?なんかある。

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天狗やん!

右が天狗で、左が烏天狗と看板に書いてあるが、左はイワオでは?

最後に、奥社から見下ろす大展望を、とくとご覧あれ!

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左の形のいい山は讃岐富士と思われる。

絶景に感激したところで、本宮に戻ることにした。

2008年6月24日 (火)

金刀比羅リベンジ(その3:旭社~本宮)

  書院を終え、再び金刀比羅制覇に向けて歩き出す。

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祓戸社なるものがある。ここで穢れを祓っていけというノリらしい。天皇陛下が幣帛(へいはく)されたらしい。

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旭社である。天保8年に建立されたもので、神仏分離前には寺の金堂だったらしい。なんでも、江戸時代に森の石松が本堂と間違って、ここを参拝したのみで帰ったという伝説があるらしい。

お賽銭箱には、餅が無理矢理ねじ込まれていた。いくらお正月といっても・・・。

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旭社から再び本宮に向けてGO!ここまでくればもうすぐである。

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賢木門をくぐる。

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やっと本宮に着いた。ここまでに785段の階段を上ったことになる。

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ご祭神は大物主神と崇徳天皇である。海上交通や漁業にご利益があるということで名高い。

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それにしても崇徳上皇といえば、稀代の怨霊として名高い。今際の際に呪いの言葉を吐いたという話を聞いたことがある。崇徳上皇はここ讃岐に流され、没している。。。

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この本宮前は、いろいろと見るところがあるが、とりあえず置いておいて、いよいよ奥社を制覇するため出発する。

2008年6月23日 (月)

金刀比羅リベンジ(その2:書院にて・・・)

いよいよ境内に突入である。

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むむむ。。。テンション上がってきた。

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普段非公開の奥書院公開され、伊藤若冲の絵が見学できる。若冲の絵を見ることが、今回の旅の目的であった。私も若冲は好きではあるが、JINはかなりの若冲好きである。私は蕭白とか芦雪の方がいいのだけどね。

芸術鑑賞の前に・・・

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船のペラのようだ。こんなの奉納してどうするのか?いくら金刀比羅が海上交通にご利益があるといっても・・・。

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アフリカ象・・・

では書院にGO!

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書院は、表書院、奥書院、白書院からなるようだ。

表書院には、丸山応挙の虎などの襖絵がある。さすがは応挙ではあるが、個人的には長沢芦雪の丸々した虎が好きである。

白書院には、現代画家が椿の障壁画を描いており、まだ製作中であった。あまり和な感じがせず、違和感があった。

奥書院は、岸岱や今回の目的である若冲の「花丸図」がある。

あいにく写真撮影禁止なので、お土産で買ったポスターで紹介する。

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ご覧のように、金色をバックにむやみやたらに花の絵が描いてある。何か法則性があるのかと注意深く見たが、まったく分からなかった。こういう自由なところがいかにも若冲である。たぶん、自分が書きたいものを手当たり次第に描いたのだろう。それにしても、この部屋で一日過ごしたら精神衛生上よくなさそうである。

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庭などをみて、書院を出てきた。

これでJINの目的は、八割がた達成されたが、私のリベンジは奥社制覇なのである。

戦いは、まだまだ続くのである。

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ひひ~~~ん!

2008年6月22日 (日)

金刀比羅リベンジ(その1:金刀比羅への道)

平成20年1月5日。

JINが行きたいというので、香川県の金刀比羅宮に行くことにした。

早朝に、神戸のポートアイランドからフェリーに乗り込んだ。

香川に着くまで、ぐーすか寝ることにした。

着いた。

琴平町までやってきたが、凄まじい車の数である。なんとか駐車場に止めて、いざ出じ~ん♪

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さあ、記念すべき一段目の階段である。あまりにも有名だが、金刀比羅宮にお参りに行くには、恐ろしいほどの階段を上らなくてはならない。本宮までが785段で、奥社まで行くと、1368段だそうだ。

以前、金刀比羅宮に行ったときは、九州一次遠征の帰りで寝不足ということもあり、体力的に本宮までしか行けなかった。親父様にそのことを告げると、

「なんや!?奥社まで行けへんかったんか?ワシはいったぞい!そんもんも行けへんのか?こわっぱがぁ~!」

と、馬鹿にされたものだ。

そういうこともあり、今回は絶対に奥社に行くことを誓ったのだ。

そう、私は、リベンジャー、否、Avengerとなったのだ。

まあ、そんな私の回想録はどうでもいい、、、

じゃじゃじゃ~、行きますよ!JINさん!

一歩目を踏み出した。

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参道には、お土産屋さんなどが、立ち並ぶ。

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おっ?100段目である。楽勝!

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なんか飽きてきた。むー、肉体的ダメージより前に精神的ダメージを受けるとは、マジックハンマーでMPを削られたような気分だ。このままでは、自爆もできないままストーリーが展開してしまう。。。

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なんじゃ?この親父は?

琴陵宥常という親父らしい。本地垂迹説により、神仏がぐちゃぐちゃになっていたのを、明治時代に神社に直したのだが、そのときの宮司さんらしい。

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大門が見えた。この門をくぐると、境内である。

???

まだ、境内じゃなかったのか

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もう、こんなに上ったのに・・・

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右手には、金刀比羅本教の本部がある。

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鼓楼である。中にある太鼓は、今も朝夕に鳴らされているとな。

さあ、大門である。

大門には、こんな人たちが鎮座されていた。

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誰ですかな?

いよいよ、やっと?境内に突入である。