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    1999年3月に国道2号線を使って、神戸から北九州まで旅をした伝説。帰りはフェリーで松山に上陸し、四国を横断して帰ってきた。
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    2007年2月。とにかくカルチャーショックの連続だった。

カテゴリー「奈良県」の記事

2016年10月 1日 (土)

橿原神宮

平成27年の幕開けはいつもどおり、廣田神社でJIN氏と初詣であった。そして、1月3日。まだ正月ということで、両親と初詣?で橿原神宮へやってきた。

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さすが、奈良県屈指の初詣客数を誇る神社である。すごい人だ。

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どうやら表参道ではなく北参道から入った模様だが、それでもこの人の群れである。

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やがて、北神門が見えてきた。もともとは正門だったものが、移築されたそうで、かなり立派だ。

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本殿のあるエリアである。

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そろばん初め大会なるものが開催されていた。

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外拝殿である。昭和14年に建設された。

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外拝殿に入ると、正面に内拝殿が見える。

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こちらが内拝殿である。早速、参拝する。

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さて、橿原神宮であるが、その歴史は何と明治である。

神武天皇を祀るために、神武天皇の宮があったとされる地に明治天皇が明治23年に神社を創建したのだ。ちなみに官幣大社である。

このように、非常に新しい神社であるが、奈良県ではかなり知名度が高い。

以前からその存在は知っていたが、私も両親も訪れるのは初めてであった。

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さて、参拝も終わったし、帰るか・・・

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こちらが南神門で、本来はこちらが表になる。

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で、こちらが表参道。

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南神門の南には深田池という広い池が広がっている。周りには遊歩道が整備されており、市民の憩いの場となっているのであろう。

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池の畔にはお稲荷さんもあった。

2011年6月 7日 (火)

家族団欒。奈良ならではの遠足(その3:東大寺)

いよいよ最後の訪問地、東大寺である。東大寺も当ブログ二回目の登場である。

前回はこちら

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さすが、東大寺である。南大門前は大賑わいだ。

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南大門である。鎌倉時代のもので、日本最大の山門だそうだ。当然、国宝である。

そして、この門にはかの有名な仁王像がある。

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左側は阿形で、運慶・快慶が中心になって製作されたそうだ。

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右は吽形で、定覚と湛慶が中心になった製作されたそうだ。

いずれも国宝である。それにしてもでかい!その高さ、8.4m。ど迫力である。

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南大門を抜けると、中門が見えてくる。重要文化財の門であるが、大仏殿に行くには、この門をくぐるわけではない。この門から、左に少し進むと、入り口がある。

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さっそく、拝観しよう。。。

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チケットを買い、回廊を進むと、否が応でもテンションが高まる。

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見えた!大仏殿だ。

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華厳宗大本山の東大寺は、かの有名な聖武天皇が建立したお寺である。このへんは、あまりにも有名すぎて、特に説明も必要ないであろう。。。当然、世界遺産である。

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この金銅八角灯篭、国宝である。

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大仏殿は金堂である。この中に「奈良の大仏」が鎮座されているのである。ちなみに、この大仏殿、平安時代に平重衡に、戦国時代に松永弾正に焼かれている。したがって、現在の大仏殿は江戸時代の再建である。なお、今でも充分巨大な建築物であるが、東西の幅がかつての3分の2になっているという。。。

いよいよ大仏様にご対面である。

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う~ん、神々しい。。。

おとん曰く、「大仏を見んと、奈良に来た意味がない!」

奈良の大仏は、盧遮那仏である。

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ちなみに今までに燃えたりして、大部分が修復されているため、もともとのオリジナルの箇所は、ほんの一部分だけだそうだ。

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大仏の左手には、虚空蔵菩薩が脇侍としておられる。

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おお!この角度の大仏様は凛々しい!

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四天王より廣目天。堂の北西にある。

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背後からの大仏様。おとん曰く、「奈良の大仏は、気配を感じる。普通の仏像ではない。」

確かに何か気配を感じる。生きているかのようだ。大仏、背中で語りき。

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この穴。昔、通ったなあ。。。何でも大仏の鼻の穴と同じサイズで、これをくぐれば無病息災だとか・・・。生憎、この日は混雑していたので、見物だけした。前来たときは、おそらく台湾人のおばはんが詰まっていた。

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北東には多聞天。持国天と増長天がいない?

何でも未完成のまま終わったそうだ。

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大仏様の右には脇侍の如意輪観音がおられた。

大仏様があまりにも巨大すぎて、そんなに思わないが、脇侍にしろ、四天王にしろ、単体で見れば、充分巨大である。スケールが違う!

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大仏殿を出て、すぐ左側に「おびんずるさま」がおられた。何か、怖いぞ!?

ま、折角だから撫でていこう。

東大寺はこのほかにも二月堂やら三月堂など見所があるが、そろそろおとんとおかんの体力も限界である。今回は断念した。この後、東大寺から駅までの間の喫茶店で蜜豆を食い、近鉄~阪神で帰路についた。途中、西大寺で乗ってきたおじんが感じ悪かった。優先座席に居座る子供の足を杖でばしばし叩いた後、それにもめげずに座り続ける子供に、何やらろれつの回っていない罵詈雑言を吐いていた。結局、おじんは生駒で降りたため、子供の粘り勝ちであった。子供も子供やけど、おじんも最低である。非常に不快な思いをしてしまった。

その後、地元に帰り、石屋川の洋食屋でビーフシチューを堪能したため、再び幸せな気分になったのは幸いであった。

おしまい。

2011年6月 1日 (水)

家族団欒。奈良ならではの遠足(その2:春日大社)

興福寺のあとは、春日大社を目指す。ここも当ブログ二回目の紹介である。

前回はこちら

興福寺から春日大社へは奈良公園を通ることになる。まあ、もともと奈良公園も春日大社も興福寺の境内なので、当たり前なのだが。。。

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奈良といったら鹿である。

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さすが奈良である。道路標識も鹿の飛び出し注意である。

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一の鳥居をくぐる。

しばらくすると、おとんがバテた。急ぐ旅でもない。茶屋で休憩だ。ソフトクリームを頬張るおとんとおかんと私。

休憩が終わったところで再スタートだ。

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何やら洋館があった。奈良国立博物館の仏教美術資料研究センターである。明治時代の建物で重要文化財であった。

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参道脇に並ぶ灯篭を見ると、春日大社に来たという感じがする。小学校の遠足のときのこの光景がよほど強く残っているらしい。

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いよいよまもなく本殿のようである。

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そうそう世界遺産ね。。。

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最後の石段を上る。

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立派な楼門だ。南門である。

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石が埋まっていた。何でもこの石は、昔の「磐座」、或いは神がこの上に現れた「出現石」、または落下した社額を祀った「額塚」らしい。「或いは」「または」ねえ・・・

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幣殿でお参りを果たす。藤原氏の守護神だが、家族の健康を祈っておこう。。。できれば私の良縁も・・・

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幣殿の奥も、拝観料を払えば見学できるが、前回行ったから今回はいいや。。。

2011年5月30日 (月)

家族団欒。奈良ならではの遠足(その1:興福寺)

平成23年5月4日。

本当ならば、JINと滋賀でも行こうかという話になっていたが、某組織の陰謀か?JINが大変なことになってしまった。そう季節外れのインフルだ。仕方ないので、急遽キャンセルとなってしまった。ということで、おとんとおかんと外出することにした。

丹波でも行こうかと車を走らせたが、大渋滞だ。ええ~い、電車で行ける所にしよう!と私が提案すると、おとんが奈良でも行くか?と言い出した。

行きましょう!

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

数年前の関西私鉄革命によって、今は阪神電車に近鉄が乗り入れ、奈良まで行けるのだ。とは言うものの、かなり時間がかかる。私的にはJRの大和路快速のほうが楽だと思うのだよ。

まあ、とにかく遠路遥遥、近鉄奈良駅に降り立った。

とりあえず、興福寺を目指す。

・・・その前に、飯を食った。もろ観光客相手の店で高い割りに美味しくなかった。しかも、中途半端に私の大好物である柿の葉寿司がついていた。この柿の葉寿司、美味しくない上に、一番人気の鯖がなく、サーモンと何故かさんまだった。がっかりだよ・・・

昼食後、奈良漬を購入。これで、うっちょへの土産は完璧版マッスルスパークだ。

道路標識のとおり、興福寺に向かうと、何故か猿沢の池にでてしまった。おかげで裏口のようなところから興福寺に入る羽目になった。いよいよ興福寺、当ブログでは二回目の紹介である。前回はこちら

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階段を上ると、左手に南円堂があった。かる~く、重要文化財の建物だ。

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境内のほぼ真ん中には中金堂が再建中であった。平成27年完成予定とのことだ。その頃にもう一度来たいものである。

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境内の東には、五重塔と東金堂が並ぶ、現在の興福寺のメインともいえるエリアがある。

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五重塔である。もちろん国宝だ。もはや、奈良のシンボル的塔なのでは・・・?

猿沢の池越しに見る塔はなかなか乙なものである。

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東金堂である。ここも普通に国宝である。興福寺自体は、開けっぴろげなので、無料で境内を散策できるが、この東金堂に入るには拝観料を支払う必要がある。せっかくなので、中に入る。

入る前に、東金堂の北にある国宝館をふと見やると、

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長蛇の列が出来ていた。

これも一昨年の阿修羅展の影響か?まあ、国宝館は何回か見たことがあるので、今回はいいか・・・

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中に入ると、素晴らしい仏像が祀られていた。国宝がオンパレードである。こちらの仏像を眺めるにも、少し列が出来ていた。後から、おばはんとおっさんがきたが、並んで見ようとするおばはんをおっさんが制止する。「はよ次行くで!」こんなんしょーもないとでも言いたげだ。残念な人だなあと感じた。

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東金堂を見た後、特別拝観中の北円堂にやってきた。

建物も国宝、中の仏像も国宝と重要文化財のオンパレードであった。中でも無著、世親像はド迫力であった。おとんと二人、感心しきりだった。

こうして、興福寺散策を終えた。この間、私は興奮しぱなしで、両親をほっぽって、見物する有様だった。

2009年6月29日 (月)

飛鳥歴史探訪(その11:飛鳥板蓋宮跡)

飛鳥寺の前の売店でアイスクリームを買う。

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赤米アイス・・・

私的には、ササニシキアイスの方が・・・

さて、日没コールドが近づいてきた。帰るとしよう・・・

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せ~かいじゅうをぼ~くらの~なみ~だで・・・

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飛鳥寺が見える。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

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飛鳥板蓋宮跡にやってきた。

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板蓋宮というと、前回でも紹介したが、中大兄皇子+中臣鎌足が蘇我入鹿をぶっ殺した場所である。ご覧のように、石組だけが残っている。

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何の穴かな?

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随分小さいと思ったら、まだまだ発掘が進んでおらず、遺跡の全体像は不明とのことだ。

それにしても、こういった基礎しか残っていない遺跡というのは、素人の私には退屈だ。ビジュアル的に分かるようにしてほしいものだ。吉野ヶ里遺跡のように・・・

すっかり堪能したので、板蓋宮跡を出発した。

駅でレンタサイクルを返した。少し遅刻したにもかかわらず、快く応対してくれた、自転車屋のおっちゃんに感謝し、神戸に帰った。

おしまい。

   

2009年6月28日 (日)

飛鳥歴史探訪(その10:飛鳥寺)

飛鳥寺にやってきた。

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蘇我氏の氏寺である「法興寺」の後身である。法興寺は、平城京に移り、元興寺になっている。

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山門前に表札のように、「飛鳥大佛」の石碑がある。飛鳥大仏とは、この寺の本尊である「釈迦如来像」のことである。

さっそく門から入る。

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現在の飛鳥寺は、非常にこじんまりしている。本堂である。飛鳥寺には、かつて立派な伽藍があった。当時の伽藍は塔を中心に三つも金堂があるという、かなり特殊なものであった。

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この地下3メートルに塔の心礎があるらしい。

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こちらのお堂には、聖観音がある。

いよいよ本堂に入る。

本堂の中では、見学に当たって、飛鳥寺の説明があった。一通り聞き、勉強をした。

寺男:では、写真撮影されるかたはどうぞ!

写真撮影してええの?

海外では普通だが、日本のお寺では珍しい。では、早速・・・

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飛鳥大仏は、鞍作鳥の作といわれている。鞍作鳥の仏像がこんなに撮れるなんて、幸せだ。

飛鳥大仏以外にも・・・

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藤原時代の阿弥陀如来やら、

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室町時代の聖徳太子像などが普通に祀られていた。

最後に、もう一枚別角度から、飛鳥大仏を・・・

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本堂の裏は庭になっている。

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出口付近は、境内の発掘品が展示されている。

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ちょっとした博物館レベルの内容だ。すごい。。。

一度、飛鳥寺を出て、裏の田んぼに向かうと、入鹿の首塚がある。

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中大兄皇子と中臣鎌足は、板蓋宮で蘇我入鹿の首を刎ねるというクーデターを起こした。ここから歴史に名高い「大化の改新」が始まるのだ。このとき刎ねられた首は飛んで、この場所で落ちたいう伝説がある。恐ろしい話ですな。

それにしても、何気ないところにポツンとあるので、看板が無ければ見逃すところだ。諸行無常ですなあ。。。    

     

    

2009年6月26日 (金)

飛鳥歴史探訪(その9:酒船石遺跡)

酒船石遺跡というと、私はとてつもなく聞きなれない。この遺跡は、従来からよく知られている酒船石と、平成12年に発見された小判形石造物と亀形石造物を加えたものである。

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

岡寺から、自転車で駆け下りると、再びJINが胸騒ぎに導かれ、最短コースを割り出した。

以前、酒船石を訪れたときは通らなかったような怪しい道を進む。やがて、山道に・・・

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突如として、酒船石が現れた。以前は、確か、麓に自転車を置いて、徒歩で上がってきたような・・・

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ご覧のように謎の溝が彫られており、酒を絞るのに使ったとかいう説がかつてあったが、実際のところ、謎である。この石の近くから土管等が発掘されていることから、石に水を引いていたことは確かなようだ。

古代のロマンに触れ、不思議な感覚に捕らわれるが、特に面白いことはない。JINができるだけ上から写真を撮ろうと、必死に自転車に登って、キャメラを構えていたくらいである。落ちるなよ~

酒船石から山道を下る。途中の観光客が不思議そうに見ていく。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

それもそのはず、急に階段になった。昔の記憶は正しかった。普通は、自転車を停めて、階段を上がるのだが、我々は逆打ちをしてしまったため、自転車を抱え、階段を下りるはめに・・・

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

階段を下ると、最近発見されたばかりの小判形石造物と亀形石造物が見学できる。何故か有料である。

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上部が小判型石造物で、下部が亀形石造物である。

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このように使われていただろうと再現されている。その説が間違っていれば、赤っ恥である。

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亀ですな。

 

2009年6月25日 (木)

飛鳥歴史探訪(その8:岡寺)

JINが胸騒ぎに導かれ、マラ石から岡寺の最短ルートを割り出した。その結果、自転車で一山越える羽目になった。確かに、最短だけど・・・

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岡寺は文字通り、山に建っている。そのせいか、レンタサイクルで果敢に攻めた者は、私たち意外におらず、我々以外で唯一の自転車といえば、いかにもという感じの自転車であった。

自転車を停め、無人販売中の苺に後ろ髪を惹かれつつ、仁王門へ向かう。

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どすこい!

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そんなの○○ねぇ~

。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚

この仁王門は明日香唯一、建物で重要文化財になっている。

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岡寺は真言宗のお寺で、山号は東光山だが、寺号はなんと二つある。一つは岡寺、もう一つは龍蓋寺である。岡寺は地名に由来するが、龍蓋寺の名は、1,300年ほど昔、義淵僧正という坊さんが、農民に悪さする龍を封じ込めたという伝説に由来するらしい。

さて、境内を散策するか。。。

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楼門である。

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開山堂である。

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本堂である。

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福々しいですな。

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本尊は、如意輪観音である。奈良時代の仏像が普通に祀られている。冷静に考えると、凄いことだ。

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本堂の隣は、書院になっている。この書院は、仁王門と同じく、明日香で唯一建物として重要文化財になっている。

このとき、普段は東博にある釈迦涅槃像が里帰り中で公開されていた。かなりお得な感じがした。

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書院の前は、先ほどの楼門である。

境内を散策していると山のほうに、鳥居が建っている。

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祠があった。

右手にまだ階段が続いている。

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洞窟が・・・

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これはありがたい。

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これだけ、上に上がると、本堂付近の全景がばっちり把握できる。

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本堂に・・・

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右が開山堂で、左が楼門、奥が書院である。

丘を下る。

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三重塔である。

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やっぱ最後はスーパースターですな。弘法大師様。

さて、山を下りますか!            

    

      

2009年6月22日 (月)

飛鳥歴史探訪(その7:石舞台古墳、マラ石)

川原寺跡から自転車を走らせる。坂を上ると、石舞台古墳に着いた。

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盛り土が無くなり、玄室がむき出しになった、そのフォルムはあまりにも有名だ。教科書でおなじみである。

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石舞台古墳は蘇我馬子の墓と言われている。盛り土を剥がれたのは、蘇我氏に対する懲罰という説もある。

石舞台の名の由来は、そのフォルムにある。昔、古墳の上で狐が踊ったという伝説もあるが、これは近年作られた話という説もある。

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石と石の間は、結構隙間がある。

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この穴に首を突っ込む者が続出していた。かく言う私もそのくちなのだが・・・

何故首を突っ込むのか?そこに穴があるから・・・

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反対側に廻る。やはり印象が全然違う。何故か、花が供えられていた。

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ここから玄室内に入ることができる。

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玄室内は、隙間が多いせいか、意外に明るかった。

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さっきの穴を玄室内より仰ぎ見る。

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天井である。

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雨水が溜まらないように、溝があった。

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さて、石舞台古墳をでた。

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石舞台古墳の近くの売店で軽食をとり、再び自転車を漕ぐ。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

私がどうしても見たかったものを、見にやってきた。名前を聞いて、一度は見てみたかったものだ。かつて、飛鳥を訪れた際、場所が分からず、見逃していたものだ。

その名を、マラ石という。

これだっ!

1,2,3・・・

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この縦スジがといい、微妙に斜めに立つ姿といい・・・

立派でした(≧∇≦)

JINと二人、騒いでいると、親子連れの自転車が・・・

親子の間で微妙な空気が流れていた。。。

さて、次に行きますか・・・

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2009年6月19日 (金)

飛鳥歴史探訪(その6:川原寺跡)

橘寺の向かいには、川原寺跡がある。

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川原寺は、かつて、飛鳥寺、薬師寺、大官大寺と並ぶ、飛鳥四大寺に数えられていたほどの大寺院であった。天智天皇の治世に建てられたとの説がある。

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1191年、炎上し、その後、数度焼失している。現在の川原寺は、この川原寺跡地の一角にある、真言宗のとても小さな寺である。

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跡地の中心には、お堂の跡であろうか、礎石が残っている。

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こちらにも遺跡が・・・

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現在の川原寺(弘福寺)である。

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本堂であろうか?ミニマムである。

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レストランを経営しているようだ。そういや腹が減った・・・