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カテゴリー「滋賀県」の記事

2014年11月 7日 (金)

園城寺(三井寺)Ⅱ

唐院にやってきた。

円珍が唐から帰り、大友氏の氏寺であった三井寺に唐院を設置し、修行の場とした他、唐から持ち帰った経典や法具を収蔵したところである。

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まず見えてきたのは三重塔である。室町時代のもので、元は他の寺のものであった。豊臣秀吉が伏見城に移築したものを徳川家康が寄進したそうだ。

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潅頂堂である。桃山時代のもので、大師堂の拝殿としての役割をもつ。

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正面から見たところ。この裏に大師堂がある。

唐院を過ぎて、さらに奥に進む。

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塔頭の一つ、微妙寺。十一面観音が有名だそうだ。

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道々の石仏が参拝客を楽しませる。

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毘沙門堂である。

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この先、観音堂だそうだ。

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観音堂である。江戸時代は元禄に建てられたもので、本尊は如意輪観音。西国三十三箇所観音霊場の十四番札所である。

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観音堂から下に降りると、

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水観寺。こちらは西国薬師霊場の札所・・・観音に薬師、なんか一杯あるな!?

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護法善神堂である。

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鬼子母神を祀るお堂だ。

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こうして、三井寺の参拝を終えた。

三井寺を出て、すぐに

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三尾神社なる神社があった。

廃仏毀釈により分離させられたが、元は三井寺の施設である。

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卯年生まれの守護神とな?

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おお!狛犬ではなく狛兎?

これにて三井寺の見学を終えた。

2014年10月31日 (金)

園城寺(三井寺)Ⅰ

平成25年12月12日。所用で滋賀を訪れた私は、帰りに三井寺こと園城寺にやってきた。

三井寺は、長等山園城寺というのが正式な名で、天台寺門宗の総本山である。天台宗は最澄が唐から持ち帰った宗派であるが、その後、円仁と円珍の登場で、叡山の円仁派(山門派)と三井寺の円珍派(寺門派)に分かれた。

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大門である。ここが表門となる。

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仁王様もばっちしである。

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大門をくぐりまっすぐ歩く。

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右手に釈迦堂(食堂)があった。室町時代の建物で、かつては食堂であったが、現在は釈迦如来が祀られている。

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こちらは弁財天社。

再び順路に戻る。

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金堂である。この建物は豊臣秀吉の正室、北政所による再建だ。国宝であり、本尊の弥勒菩薩が祀られている。

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こちらは鐘楼。

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近江八景の一つ、三井の晩鐘である。

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金堂の裏に建物がある。閼伽井屋である。

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中には、三井寺の由来となった霊泉が涌いている。天智、天武、持統三代の天皇の産湯になったことから、御井→三井となったそうだ。

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左甚五郎の龍がこの上にあるらしい。

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これかな?この龍が夜な夜な琵琶湖に出て暴れるので、甚五郎が目玉に釘を打って、鎮めたそうだ。

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あの近代的な建物は・・・

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奈良時代の鐘が展示されている。弁慶の引摺り鐘というのは、この鐘は鋳造が悪く、傷が多いことから、呼ばれている。一応、弁慶が引きずりまくったという伝説はあるが、後付けのような気がする。

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弁慶の汁鍋なる、とってつけたような大鍋も展示されていた。

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一切経蔵である。室町時代の建物だ。

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中には一切経を納める八角輪蔵があった。

続く。

2011年11月 6日 (日)

竹生島紀行(その4:国宝彦根城)

彦根港まで戻ってきた。竹生島はもう終わったが、もう少し時間がある。彦根城に行くことにした。

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彦根港から彦根城までは、期間限定で出現する、ご城下巡回バスを利用した。ボンネットバスというやつだ。これで懐かしいと感じる世代ではないので、ただ珍しいだけだった。

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座席にはひこにゃんが・・・

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バスで城下を巡回する間、ガイドさんがいろんな話をしてくれる。

・・・、おばちゃん、今セリフ忘れて、誤魔化したね。。。

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彦根城前に着いた。

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チケット売り場前にて、、、

雨が降ってきやがった。

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しばらくして、雨が小降りになったのを見計らい、決死のスタートだ。

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この通路は堀切と呼ばれる。右上に見えるのが、天秤櫓という櫓である。

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右手の石段を上れば、堀切の上に渡る橋にたどり着く。

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天秤櫓の正面である。戦のときは、この橋を落とせば、これ以上先には、堀切をよじ登るしか道がなくなる。堅牢な造りだ。

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天秤櫓を抜ける。

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鐘。

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天秤櫓を後ろから・・・

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いよいよ天守が見えたきた。

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天守だ。なんか思ったより小さい?

ここで、彦根城について薀蓄を語る。

日本の城で天守が国宝に指定されているのは、4つしかない。姫路城松本城、犬山城とここ彦根城である。私は、いずれの城も見たことがあるが、中までしっかり見たのは、姫路城と松本城のみであった。今回、彦根城を見学することで、残りは犬山城のみだ。いずれ行きたいと思う。

言わずと知れた、名門、井伊家の居城として名高い。江戸初期の建物で、明治の廃城令を免れた。

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ちょっと違う角度から・・・

さて、天守の中を見学するか・・・

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む?

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何ですとーっ!?

入場規制が敷かれていた。

やがて、順番になり、入ることができた。

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やれやれ、雨でびしょ濡れになっちまったぜい。。。

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いよいよ天守見学スタートである。

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暗っ!悪天候のためか、かなり暗い。

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人だかりができているので、何かと思えば、井伊直弼の像であった。

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入場規制していた割には、人多いなあ。。。

そういや、雨降ってるから、係りの人が見かねて余計に人をいれてたっけ?

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ここから鉄砲を撃つのか?

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ここから矢を放つのか?

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この先、上に上がるらしい。

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予想通り、急な階段だった。城の階段って、たいてい急ですよね・・・?

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こわごわ上がってきた。

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天守の一番上だ。見晴らしは良かった。

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瓦。

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再び急な階段を下りる。

このまま、天守見学を終えるのだが、出口付近で野戦病院のように、人が座り込んでいた。どうやら皆雨宿りのようだ。かなり激しいからね。。。我々もしばし雨宿りした。

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雨があがったので、外に出た。あとは城を出るだけだ。途中に社があり、外国からの観光客が参拝していた。

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こうして、彦根城の見学並びに今回の散策を終えた。

2011年11月 2日 (水)

竹生島紀行(その3:竹生島Ⅲ)

唐門前まで戻ってきた。

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唐門前の石段を上る。

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石段の途中にも建物が・・・

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トカゲ・・・

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本堂である。

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本堂までには手水舎やら、

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石造五重塔やら、

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不動明王やら・・・。こりゃ、テンションが上がる。

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本堂に入る。

本尊の弁財天は、寺で最も古いものだそうだ。

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何じゃ?この小さい姫だるまは・・・?弁天様らしいが・・・

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なるほど!こういうふうに奉納するわけか・・・。なかなか壮絶な光景だ。

ところで、宝厳寺は、山号を巌金山といい、真言宗豊山派のお寺だ。

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本堂の参拝のあと、ふらついていると、観音堂を見つけた。

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金ぴか観音様がい~っぱい!

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いよいよ三重塔に近付いた。

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江戸時代に焼失したそうで、平成12年の再建だ。立派である。

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三重塔の近くには、宝物館がある。内部に寺宝が納められている。なかなかのお宝であったが、クーラーなしなので、結構暑かった。。。

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さて、降りようかね。。。

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唐門を上から見下ろした。いい苔むしかたしてますねえ。。。

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こうして、竹生島の散策を終えた。渡船に乗る前に、お土産屋で大して美味くないが、カキ氷を食った。だって、暑かったんだもん。。。

2011年11月 1日 (火)

竹生島紀行(その2:竹生島Ⅱ)

竹生島は信仰の島である。島の南部には都久夫須麻神社と宝厳寺があるが、神仏習合の名残か、どこからどこまでがどちらかの領域かといった厳密な区別はない。寺を見学していたら神社がでてきたといった感じだ。

神社には弁才天が祀られているが、これは広島の厳島神社、神奈川の江島神社と並んで、日本三大弁才天である。

古来から信仰の対象とされ、戦国時代には浅井氏との関係も深い、竹生島を散策してみよう。。。

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石段を上がると、鳥居があった。

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湖底からの湧き水だそうだ。。。

そういや、琵琶湖で調査していたときに、冗談で琵琶湖深層水を売ろうなんてこと言ってた人いたなあ。。。普通に大腸菌いると思うけど・・・

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鳥居から右に進むと、さっそく観音堂の入り口である唐門が見えた。

立派ですなあ。。。桃山様式のこの門は、豊臣秀頼が豊国廟から移築したものだそうだ。国宝である。

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何やら凄い彫刻だ。

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中に入ると、木のぼんさんがいた。

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右手を進むと、札所あり。奥には千手観音が祀られている。

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観音堂の奥に、渡り廊下がある。

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これは重要文化財だ。

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ここからが渡り廊下である、舟廊下だ。

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舟廊下を渡りきると、外にでて、いきなり建物が現れた。竹生島神社(都久夫須麻神社)だった。あまりに突然だったので、びっくらこいた。

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ともかくお参りする。

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後ろを向けば、正面に建物が見えた。竜神拝所である。

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下に下りて、本殿を見上げた。

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別角度からも・・・

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竜神拝所ではかわらけ投げをやっている。折角だからやってみた。

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願い事はいつも同じ。。。いいご縁がありますように・・・っと!

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先に神棚があった。

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白蛇

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あの鳥居の間を通ればいいらしい。。。

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どりゃ~~~~~~(*`ε´*)ノ

かわらけは猛スピードで鳥居の上を通過した。。。

JIN氏は、、、普通?微妙なところにいった。

ちなみに、竹生島神社のご祭神は、市杵島比売命(弁財天)(←宗像三女神の一人じゃなかったっけ?)と宇賀福神、浅井比売命(産土神)、龍神だそうだ。

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竜神配所の隣には弁才天のお堂があった。

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こんな感じで竹生島にはこのような弁才天像がいくつも奉納されている。

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あれ?五弁天になってる・・・?

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舟廊下の下の道を歩く。。。

散策は次回も続く。

2011年10月31日 (月)

竹生島紀行(その1:竹生島Ⅰ)

平成23年8月16日。

時は来た、それだけだ!

今回訪問する竹生島は、かねてよりJIN氏と訪問を企画していたにも関わらず、実現しなかったところである。1回目はJIN氏の急な仕事、2回目はJIN氏インフルエンザで倒れる。。。3回目でいよいよ・・・。旅の同行人は当然、JIN氏である。

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というわけで、滋賀県は彦根にやってきた。ひこにゃんで有名な彦根である。駅前には武士の銅像があったが、その足元には彦根城が聳え立っていた。

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武将は誰かと思えば、徳川四天王の一人、井伊直政であった。

駅前からバスに乗り、彦根港までやってきた。

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ここから渡船に乗船する。

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チケットを購入すると、後は乗るだけだ。

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お江で町興しか・・・。

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おちゃちゃちゃんで記念撮影した後、いよいよ乗船する。

やがて、出港した。

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岸がどんどん離れていくよ。。。

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そして、、、

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見えた~~~~~

竹生島にある、宝厳寺や都久夫須麻神社の建築物が微妙に見えて、テンションが上がる。んん?木の上に白いが見えるなあ。。。

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あっ!鳥である。これはおそらくアオサギだろう。。。

ちなみにここ竹生島では、近年、カワウが大量に住み着き、糞害で困ったことになっている。

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そんなこんなで、上陸した。

実をいうと私は、大学時代、琵琶湖で調査を行っていたのだが、そのフィールドがこの島の周辺だったのである。調査船からは何回も島を見ていたが、実際に上陸するのは、これが初めてだ。

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ええがな!

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寺社に参る前には、お土産通りを抜けなければならない。

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拝観料を払うと、いざ参拝だ。

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次回より、いよいよ見学である。

2008年1月21日 (月)

比叡山探検記(その3:横川)

横川に着いた。

横川はよかわと読む。

明らかに人が少ない。


途中、比叡山ドライブウェイから奥比叡ドライブウェイに変わり、

また料金を取られた。

割高感は否めない。


駐車場から横川中堂までは、

東塔と同じように、劇画パネルにより、

日蓮上人などの伝記が勉強できる。

横川は源信、親鸞、日蓮、道元などの

仏教界のスターたちが修行した場所なのである。


竜が池という全く竜のすんでいなさそうな

小さな池を過ぎると、

横川中堂が見えてきた。

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こういった舞台作りは、清水寺や円教寺に通ずる。

ただし、現在のお堂は昭和46年建立とかなり新しい。

中に入り、お参りし、ぐるぐる見回っていると、

既にJINはご朱印をもらっていた。

これで延暦寺三堂完全制覇である。

続いて、元三大師堂に行った。

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良源(元三大師)の住居跡と伝えられている。

ここには、角大師の護符があり、魔よけとなるのだ。

昔、疫病がはやったとき、

元三大師は座禅しまくった。

やがて、やせ細り、夜叉のようになった。

この姿が角大師であり、この姿を写しとり、

お札としたところ、病魔退散となったとな。

ところで、元三大師はおみくじの祖でもあるらしい。

今の神社などのおみくじとは異なり、

悩み事を言い、坊さんが祈祷しながら、くじを引くと、

答えが出るというものらしい。

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画像の右側は角大師である。

この後、定光院という日蓮ゆかりの寺に行ったが、

山道を延々と歩かされたあげく、

日蓮上人の石像がある以外、たいして面白みのない寺であった。

日蓮上人像なら博多の東公園に馬鹿でかいのがあるのである。

来た道を延々と歩かされて、疲れ果てて帰ってきた。

車に乗り込み、帰路につく。

途中ドライブインでこんなものを見つけた。

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暗いが、伝教大師像である。

でかい。

延暦寺全行程を終えると、すぐに日没となった。

京都で観光&甘いものでも食べようと思っていたが、

予想以上に時間がかかり、断念した。

恐るべし、比叡山であった。

余談:比叡山は山号、延暦寺は寺号です。

比叡山探検記(その2:西塔エリア)

車に乗り込み、西塔エリアにやってきた。

東塔エリアに比べ、明らかに観光客が少ない。

かくいう、私も東塔エリア以外は初めてだ。


はじめに見えてきたのは、苔むした大地である。

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浄土真宗の祖親鸞聖人が修行した場らしい。

ここ延暦寺は数々の経文を所蔵していることから、

仏教界のビッグネームたちが修行の場としたのである。

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一番上が常行堂で二番目が法華堂である。

この二つのお堂は、渡り廊下でつながれており(一番下)、

弁慶がその廊下に肩を入れて担ったという伝説から、

”にない堂”と呼ばれる。

さすが弁慶である。

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西塔エリアの中心的お堂の転法輪堂である。

延暦寺に現存する建物では最古のもので、

桃山時代の建物だそうだ。

三井寺の金堂だったそうだが、豊臣秀吉が

この地に移したらしい。

本尊の釈迦如来にちなみ、釈迦堂とも呼ばれる。

ところでJINはここでもご朱印をもらっていた。

本当は、伝教大師様の廟のある浄土院に行かなければならないのだが、

場所がよくわからず、時間も押していたので、

あきらめた。

車に乗り込み、横川に向かった。

2008年1月19日 (土)

比叡山探検記(その1:東塔エリア)

平成19年9月25日


友人のJINと比叡山に行った。


比叡山には車で行った。

名神高速で京都まで行き、比叡山ドライブウェイで上るわけだが、

JINが大津に用事があると言うので、まず大津に行った。


大津で大雨が降り、今日はだめかと思ったが、

なんとか雨が上がった。


大津まわりで比叡山ドライブウェイを走り、

延暦寺までやってきた。

延暦寺はかなり広大な敷地で、

東塔エリア、西塔エリア、横川に分けられる。


まずは東塔エリアである。


エリアに入ると、しばらく歩くが、通路に面して、

比叡山の歴史が昔チックな絵のパネルで楽しめる。

最後のほうに弁慶がどうのこうのというパネルがあった。


最初にでてくる建物は、大講堂である。

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あいにく改修中で、中には入れなかった。

昔行った記憶では、ここも坊さんの劇画チックなパネルが

かかっていたような・・・。

次にいよいよ根本中堂である。

その名の通り、延暦寺の中心的なお堂である。

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あいにくこの中は、撮影禁止エリアである。

というわけで、入り口から堂々と中を撮ってみました。

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では入る。

中堂まで続く回廊には、何故か地元滋賀の小学生の習字が展示してあった。

いよいよお堂に入る。

薄暗い。

若手の坊さんが解説をしていたので、聞いた。

このお堂はかなり面白い。

仏さんは、さらに薄暗いところにいらっしゃるのだが、

仏さんのいるスペースは参拝者から一段下がっているのである。

仏さんは高いところにいるので、結果的に、

参拝者と仏さんの目線が合うのである。

またここには不滅の法灯というものがあり、

延暦寺創建以来1200年間消えていないらしい。

坊さん、がんばりよるな・・・。

妙に観光客慣れした坊さんの解説をありがたく聞いた。

この怪しげな光景を写真撮影できないのは口惜しい。

根本中堂を出ると、こんなのがあった。

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伝教大師様の童子姿らしい。

しかし、なぜ最澄の子供時代が関係あるのだろう?

その頃、JINはご朱印をもらっていた。

JINはご朱印コレクターなのである。

少しコレクションを見たが、有名どころがわんさかあった。

根本中堂の前には急な階段がある。

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これを上ると、文殊楼である。

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本来これが、根本中堂の正門らしい。

楼に登ったが、階段がせまく急で怖かった。

上には仏像があった。

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戒壇院である。

天台宗では、住職になる際、ここで、

大乗戒という名の規律を受けなければならないらしい。

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阿弥陀堂である。颯爽と歩くお坊様がいけてます。

昭和12年建立らしい。

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東塔である。

東塔などは織田信長に焼き討ちにあっているのだ。

そのためもあり、かなり新しく、昭和52年建立らしい。

東塔エリアを見学し終え、西塔エリアに向かった。