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    1999年3月に国道2号線を使って、神戸から北九州まで旅をした伝説。帰りはフェリーで松山に上陸し、四国を横断して帰ってきた。
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    2007年2月。初めて一人で行った海外。カルチャーショックの連続だった。

カテゴリー「滋賀県」の記事

2008年1月21日 (月)

比叡山探検記(その3:横川)

横川に着いた。

横川はよかわと読む。

明らかに人が少ない。


途中、比叡山ドライブウェイから奥比叡ドライブウェイに変わり、

また料金を取られた。

割高感は否めない。


駐車場から横川中堂までは、

東塔と同じように、劇画パネルにより、

日蓮上人などの伝記が勉強できる。

横川は源信、親鸞、日蓮、道元などの

仏教界のスターたちが修行した場所なのである。


竜が池という全く竜のすんでいなさそうな

小さな池を過ぎると、

横川中堂が見えてきた。

Img_2931

こういった舞台作りは、清水寺や円教寺に通ずる。

ただし、現在のお堂は昭和46年建立とかなり新しい。

中に入り、お参りし、ぐるぐる見回っていると、

既にJINはご朱印をもらっていた。

これで延暦寺三堂完全制覇である。

続いて、元三大師堂に行った。

Img_2934

P1020665_2

良源(元三大師)の住居跡と伝えられている。

ここには、角大師の護符があり、魔よけとなるのだ。

昔、疫病がはやったとき、

元三大師は座禅しまくった。

やがて、やせ細り、夜叉のようになった。

この姿が角大師であり、この姿を写しとり、

お札としたところ、病魔退散となったとな。

ところで、元三大師はおみくじの祖でもあるらしい。

今の神社などのおみくじとは異なり、

悩み事を言い、坊さんが祈祷しながら、くじを引くと、

答えが出るというものらしい。

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画像の右側は角大師である。

この後、定光院という日蓮ゆかりの寺に行ったが、

山道を延々と歩かされたあげく、

日蓮上人の石像がある以外、たいして面白みのない寺であった。

日蓮上人像なら博多の東公園に馬鹿でかいのがあるのである。

来た道を延々と歩かされて、疲れ果てて帰ってきた。

車に乗り込み、帰路につく。

途中ドライブインでこんなものを見つけた。

Img_2939

暗いが、伝教大師像である。

でかい。

延暦寺全行程を終えると、すぐに日没となった。

京都で観光&甘いものでも食べようと思っていたが、

予想以上に時間がかかり、断念した。

恐るべし、比叡山であった。

余談:比叡山は山号、延暦寺は寺号です。

比叡山探検記(その2:西塔エリア)

車に乗り込み、西塔エリアにやってきた。

東塔エリアに比べ、明らかに観光客が少ない。

かくいう、私も東塔エリア以外は初めてだ。


はじめに見えてきたのは、苔むした大地である。

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浄土真宗の祖親鸞聖人が修行した場らしい。

ここ延暦寺は数々の経文を所蔵していることから、

仏教界のビッグネームたちが修行の場としたのである。

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一番上が常行堂で二番目が法華堂である。

この二つのお堂は、渡り廊下でつながれており(一番下)、

弁慶がその廊下に肩を入れて担ったという伝説から、

”にない堂”と呼ばれる。

さすが弁慶である。

Img_2929

西塔エリアの中心的お堂の転法輪堂である。

延暦寺に現存する建物では最古のもので、

桃山時代の建物だそうだ。

三井寺の金堂だったそうだが、豊臣秀吉が

この地に移したらしい。

本尊の釈迦如来にちなみ、釈迦堂とも呼ばれる。

ところでJINはここでもご朱印をもらっていた。

本当は、伝教大師様の廟のある浄土院に行かなければならないのだが、

場所がよくわからず、時間も押していたので、

あきらめた。

車に乗り込み、横川に向かった。

2008年1月19日 (土)

比叡山探検記(その1:東塔エリア)

平成19年9月25日


友人のJINと比叡山に行った。


比叡山には車で行った。

名神高速で京都まで行き、比叡山ドライブウェイで上るわけだが、

JINが大津に用事があると言うので、まず大津に行った。


大津で大雨が降り、今日はだめかと思ったが、

なんとか雨が上がった。


大津まわりで比叡山ドライブウェイを走り、

延暦寺までやってきた。

延暦寺はかなり広大な敷地で、

東塔エリア、西塔エリア、横川に分けられる。


まずは東塔エリアである。


エリアに入ると、しばらく歩くが、通路に面して、

比叡山の歴史が昔チックな絵のパネルで楽しめる。

最後のほうに弁慶がどうのこうのというパネルがあった。


最初にでてくる建物は、大講堂である。

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あいにく改修中で、中には入れなかった。

昔行った記憶では、ここも坊さんの劇画チックなパネルが

かかっていたような・・・。

次にいよいよ根本中堂である。

その名の通り、延暦寺の中心的なお堂である。

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あいにくこの中は、撮影禁止エリアである。

というわけで、入り口から堂々と中を撮ってみました。

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では入る。

中堂まで続く回廊には、何故か地元滋賀の小学生の習字が展示してあった。

いよいよお堂に入る。

薄暗い。

若手の坊さんが解説をしていたので、聞いた。

このお堂はかなり面白い。

仏さんは、さらに薄暗いところにいらっしゃるのだが、

仏さんのいるスペースは参拝者から一段下がっているのである。

仏さんは高いところにいるので、結果的に、

参拝者と仏さんの目線が合うのである。

またここには不滅の法灯というものがあり、

延暦寺創建以来1200年間消えていないらしい。

坊さん、がんばりよるな・・・。

妙に観光客慣れした坊さんの解説をありがたく聞いた。

この怪しげな光景を写真撮影できないのは口惜しい。

根本中堂を出ると、こんなのがあった。

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伝教大師様の童子姿らしい。

しかし、なぜ最澄の子供時代が関係あるのだろう?

その頃、JINはご朱印をもらっていた。

JINはご朱印コレクターなのである。

少しコレクションを見たが、有名どころがわんさかあった。

根本中堂の前には急な階段がある。

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これを上ると、文殊楼である。

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本来これが、根本中堂の正門らしい。

楼に登ったが、階段がせまく急で怖かった。

上には仏像があった。

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戒壇院である。

天台宗では、住職になる際、ここで、

大乗戒という名の規律を受けなければならないらしい。

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阿弥陀堂である。颯爽と歩くお坊様がいけてます。

昭和12年建立らしい。

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東塔である。

東塔などは織田信長に焼き討ちにあっているのだ。

そのためもあり、かなり新しく、昭和52年建立らしい。

東塔エリアを見学し終え、西塔エリアに向かった。

おしらせ

まーくんのつぶやき

  • 最近のアクセス・・・
    最近、アクセス地域のランキングを見ていると、やたら東京が伸びている。検索フレーズを見ると、もろに「天使と悪魔」の影響のようで、ローマネタが多い。東京に知人は少ないし、誰にもブログのことは知らせてないので、検索して迷いこんでくるんでしょうな。東京だけでなく、人口の多い大阪もきてます。滋賀県がんばれ!