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    2007年2月。とにかくカルチャーショックの連続だった。

カテゴリー「神奈川県」の記事

2012年6月17日 (日)

関東文化的探求の旅Ⅲ(その17:宝戒寺)

  二階堂を延々と歩き、もうすぐ鶴岡八幡宮というときに、鎌倉大聖天の看板を見つけた。

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宝戒寺という天台宗のお寺である。私はそのまま引き寄せられるようにINした。

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境内はあまり大きくはない。本堂に行ってみたが、肝心の聖天が見られなかった。この仏像、秘仏であった。だったら、そこまで宣伝するなよ・・・

宝戒寺は、北条義時依頼、代々執権北条家の屋敷であったところに建てられたお寺である。北条家は新田義貞に滅ぼされるが、最後の執権高時の霊を慰めるために後醍醐天皇が建てたそうだ。

歴史有る寺であるが、聖天が見られないので、テンションが下がった。

聖天といえば、象さんが二頭でちょめちょめしているはずだ。残念・・・

宝戒寺の見学はそこそこに、この後、鎌倉国宝館に行った。意外と国宝が少なかったのは気のせいか・・・

鎌倉国宝館の見学を終えた私は、電車で横浜へ。これにて鎌倉は終了である。この後の文章は蛇足である。

私は中華街で麻婆豆腐を堪能したあと、しばし横浜をぶらついて、東京へ戻った。

東京では蒲田で途中下車し、前々から行ってみたかった、東京の温泉、黒湯を堪能することにした。

蒲田駅前から、怪しげな通りを進み、ゆ~シティ蒲田という銭湯にやってきた。この施設、地域住民のレクリエーションの場もかねているのか、入ると、カラオケで盛り上がる声が聞こえた。さて、風呂であるが、確かに黒い。珈琲に浸かっているような気分になる。面白いが、ジモティーたちが集う場なので、アウェー感が漂い、落ち着かなかった。

こうして、二日目を終えた。

2012年6月15日 (金)

関東文化的探求の旅Ⅲ(その16:源頼朝公の墓)

荏柄天神社の近くに白幡神社という神社がある。

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その傍らに石段が延びている。

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この石段を上れば、源頼朝公の墓がある。

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ほほう!これが頼朝公の墓かあ・・・

!?

何か違和感を感じる。。。

この妙な違和感に回答をくれたのが、しばらくしてやってきた集団であった。その中のガイド的な人が、先日、不審者が破壊したと言った。

そうか!先端がないんや!

何ちゅーことすんねん!怒りが巻き起こった。

さて、この石塔は江戸時代に島津が建てたものだそうだ。

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石塔の右奥に何やら道が続いていたので、行ってみた。

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おお!険しい!

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山道をしばし歩くと、前方が開けた。

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やぐらがあった。

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大江広元の墓だそうな。。。この奥は島津だそうだ。。。

この後、もと来た道を帰ったが、靴がすっかり泥だらけになった。

2012年6月14日 (木)

関東文化的探求の旅Ⅲ(その15:荏柄天神社)

雨もすっかり上がった。瑞泉寺をでた私はノリノリで二階堂を歩いていた。

・・・すぼっ!ごりっ!?

側溝の蓋が微妙に開いていた私はその隙間にはまった。しかも同時に踵を側溝の蓋で・・・

後で踵を見ると、肉的なものがえぐれていた。。。

気を取り直して、、、

荏柄天神社にやってきた。

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踵が痛むが、気のせいと言い聞かせ、階段を上った。

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朱色でコーティングされ、なかなかきれいにしている。

荏柄天神社の祭神は、当然、菅原道真である。日本三大天神を称しているが、日本三大天神をウィキペディアで調べると、その名がなかった。

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鎌倉幕府成立前からあるらしいが、源頼朝は幕府の鬼門を守るため、社殿を建てたそうだ。豊臣秀吉も徳川家康に社殿を建てさせたらしい。

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特にドラマティックなことはなかったが、梅?がきれいだった。

2012年6月13日 (水)

関東文化的探求の旅Ⅲ(その14:瑞泉寺)

鎌倉宮の南側に東へ向かう道がある。これをてくてくと歩いていくと、瑞泉寺がある。

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急に門が現れたが、瑞泉寺はもう少し先だ。

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受付で料金を払う。

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途中で夢窓国師古道場と書いた石碑があった。

そう!このお寺は夢窓疎石縁の寺である。

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受付を通過してから、しばらく歩いたが以前山道で、お堂が見えない。

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この階段は封鎖されている。崩落しそうだ。

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延々と歩いて、やっと見えてきた。

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門をくぐる。

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雑然とした庭が現れた。

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本堂である。

瑞泉寺は山号を錦屏山(きんぺいざん)といい、臨済宗円覚寺派のお寺である。本尊は釈迦如来だそうだ。

夢窓疎石を開山として、二階堂道蘊が建立した寺院である。鎌倉五山の下の十刹の筆頭として一時期は隆盛したそうだが、永享の乱で衰退したようだ。

夢窓疎石といえば、庭造りの名人!

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ふむ!よく分からん!時期が悪かったのか?

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結局、よく分からんまま見学を終えた。

後で知ったが、夢窓疎石が作庭した石庭が本堂の裏にあったそうな。。。見逃してしまった・・・(´・ω・`)ショボーン

2012年6月11日 (月)

関東文化的探求の旅Ⅲ(その13:覚園寺)

鎌倉宮の北方、約600mのところに覚園寺という寺がある。ここの見学は、時間が決められている。次の見学時間まで時間がだいぶある。近くの喫茶店で時間を潰した。なかなか落ち着いて、いい喫茶店であった。

喫茶店から出ると、覚園寺に向かう。

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それでも結構早くついてしまった。

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この愛染堂までは見ることができるが、このお寺はこの裏に広大な敷地が広がっている。その領域が拝観時間で決まっており、お寺のかたの案内でしかいけない仕組みになっているのだ。

拝観受付に声をかけると、時間まで待ってくださいとのことだ。待ちますよ~( ̄▽ ̄)

覚園寺は真言宗泉涌寺派のお寺で、山号を鷲峰山(じゅぶせん)という。北条家から厚く信仰された寺である。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

時間になった。あれ?私だけ?

拝観ツアーの開始は先ほどの愛染堂からである。

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お寺の案内人が戸をあけてくれるので、中を見ることができる。その名の通り、愛染明王を祀っているのだ。

ここの見学を終えると、いよいよツアーが先ほど見れなかった領域に移る。

愛染堂の左手にある受付を過ぎると、北に向かって歩いていく。

ここからは撮影禁止エリアなので、言葉だけである。

しばらく歩くと、やたらインパクトのある茅葺の建物が見える。これが本堂である、薬師堂だ。

そもそも覚園寺は、北条義時が薬師堂を建てたのが始まりだそうだ。現在の薬師堂は足利尊氏が建てたものだそうで、堂内の梁の部分に、尊氏の自筆の銘がある。案内人さんが懐中電灯で照らしながら説明してくれた。

薬師堂の中には当然、薬師如来が祀られているが、他にも御馴染みの眷属の十二神将が祀られている。

将軍実朝が鶴岡八幡宮に参拝した夜、義時の夢に戌神(伐折羅大将)が現れて、来年の将軍参拝に同行するなと注意した。びびった義時は薬師堂を建て、守ってもらおうとした。翌年の将軍参拝の日、義時は気分が悪くなって途中退席したそうだ。その後、将軍暗殺が起こったのだ。義時にとっては危機一髪であった。十二神将のおかげと、お礼参りをすると、暗殺があったとき、何故か戌神像が行方不明になっていたそうな。。。

不思議なこともあるもんだ。

覚園寺はその後隆盛を極めるが、江戸時代の大火災で伽藍の大部分をなくし、衰退したそうだ。

薬師堂を見学した後は、六地蔵と黒地蔵の見学があった。黒地蔵は、地獄に落ちた亡者の苦しみが少しでも和らぐようにと、獄卒に代わって、地獄の釜の火加減をしたために、煤けてしまったという伝説がある。

その後、十三仏やぐらの見学を行う。やぐらの奥に十三仏が彫られており、ある種のアメージングゾーンを形成している。これにはとてもテンションが上がった。

最後に千躰地蔵堂を見て、見学コースを見て終わりである。

1時間ほどの見学であるが、案内人の嫌味のない、軽快な関東弁トークで全く時間の経過を感じさせない。人気も少なく、ゆっくりお寺見学ができる。お薦めの寺である。

こうして、見学を終えた。

2012年6月 9日 (土)

関東文化的探求の旅Ⅲ(その12:鎌倉宮)

鎌倉宮にやってきた。

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鎌倉宮は、後醍醐天皇の皇子、護良親王を祭神とする神社である。建武中興十五社の一つだ。

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護良親王は、建武中興達成後、足利と対立したため、この地に幽閉された後、殺害された。護良親王を祭るために神社を建てたのは、明治天皇だ。建武中興で活躍した人たちは永らく、不遇であったが、明治維新で名誉を回復した。建武中興十五社は名誉回復のため、明治時代に建てられたものだ。

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この神社は有料エリアを見ないと面白くない。

土牢というのが、護良親王が幽閉されていたと伝えられる洞穴である。

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右手に本殿が見えた。

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本殿の裏側に土牢がある。

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こんな所にプリンスが閉じ込められていたのか・・・?

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う~ん、奥は深いぞ!下に広がっている模様だ。

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土牢を見学し、本殿の右手にきた。

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ここに親王の首を置いたそうだ。

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いよいよ有料エリアも終わりというところに、宝物館があった。

・・・と言っても、品々が縁側に置かれているような感じだった。

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有料エリアを抜け、次に行こうかとしたとき、かわらけ投げを見つけた。

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こいつを・・・

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この石に投げつけて割るのか・・・

ストレス発散に良さそうだが、今回は挑戦しなかった。

さて、次行こうっと!

2012年6月 8日 (金)

関東文化的探求の旅Ⅲ(その11:杉本寺)

杉本寺にやってきた。

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杉本寺は天台宗のお寺で、山号は大蔵山である。

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やたら十一面観音ののぼりが立っている。

本尊はその通り、十一面観音である。

行基が十一面観音を安置したのが縁起という、大変歴史の有る寺である。本尊の十一面観音は行基作と言われる観音のほか、円仁作、源心作と三体がある。他にも運慶作のものなどいくつかあるのだ。

本尊の三体の観音様であるが、かつて火事があったとき、庭の大杉の下に自ら非難したそうだ。このため、杉の本の観音と呼ばれたと「吾妻鏡」に書いてあるそうだ。三体並んで、歩いて非難する観音さま、、、シュールだ。

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仁王門があった。

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うむ、力強い。

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仁王門を抜けると、有名な苔の階段がある。

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あれ?通せんぼ?

てっきりこの階段上れるのかと・・・

脇の新しそうな階段を行かなければならないらしい。。。

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カメラを突き出して、撮影してみた。階段を歩いているように見えないかなあ・・・?

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諦めて、傍らの階段を行く。

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上ると、本道がある。

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中は生憎の撮影禁止である。本尊も秘仏なので見れない。残念だが仕方ない。ただ、もの凄く雰囲気のある寺であった。

2012年6月 7日 (木)

関東文化的探求の旅Ⅲ(その10:報国寺)

報国寺にやってきた。

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臨済宗建長寺派のお寺で、山号は功臣山という。

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なかなか面白いものが置いてあるな。

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本堂が見えてきた。

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左手には苔むした鐘楼。

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右手には迦葉堂という名の座禅場。

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本堂にお参りする。本尊は釈迦如来だ。

ここまでだと、さして面白いというわけではない寺だ。

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本堂の左手に竹の庭への入り口がある。そう!このお寺は、この竹の庭がいいのだ。

受付で拝観料を払う。庭の拝観のみと抹茶付きがある。ここは抹茶付きだ。

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いよいよ・・・

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ええがな!

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竹の庭の奥に建物がある。ここで抹茶を飲めるのだ。

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ほなもらいまひょ!

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前方は一面、青々した竹である。

雨がしとしと降っているが、それもなかなか乙なもので、竹が濡れて微妙に光沢があり、美しい。最高にちょうどいい!

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左手に岩が見えた。天岸の岩とかいうらしい。

しばし休憩し、すっかり元気になったところで再び散策する。

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あの穴っぽこは?

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墓が見えるぞ!

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これはやぐらというやつだ。鎌倉は平地が少ない。よって、墓地を岩肌をくりぬいた洞窟にしたのだ。ここは足利一族の墓地だそうだ。

こうして、報国寺の散策を終えた。なかなか面白い寺であった。

2012年6月 5日 (火)

関東文化的探求の旅Ⅲ(その9:浄妙寺)

光触寺から金沢街道を歩き、明王院に行こうとしていたが、すんなり見逃してしまった。

面倒くさいので、そのまま鎌倉五山の第五位、浄妙寺にやってきた。

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山号は稲荷山という。もともと密教系であったが、蘭渓道隆の弟子月峯了然が禅寺に改めたそうだ。

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かつては広大な敷地を所有し、塔頭も多かったが、火災などにより規模が著しく縮小した。

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足利貞氏の墓である。誰やねん!?っと思ったが、調べると、足利尊氏の父であった。

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希望者はここの茶室から、庭を眺めながら茶が飲める。

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こんな庭だ。風流である。でも抹茶は飲まなかった。

2012年6月 1日 (金)

関東文化的探求の旅Ⅲ(その8:光触寺)

平成24年2月25日。ちょいと鎌倉に行ってみた。

今までメジャーどころは比較的押さえたので、今回は金沢街道、二階堂エリアに行ってみることにした。鎌倉駅前からバスに乗り込む。バスはやがて坂道を上がりだした。そして、十二所で降りた。

まずは光触寺に行ってみることに・・・

・・・あれ?迷った。

しかも、雨はざあーざあー降ってて、寒いし・・・

しばらくうろたえていると、ご夫人が通りかかり、親切にも道を教えていただいた。

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仕切りなおしで、光触寺である。時宗のお寺だ。

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1279年創建と大変歴史有るお寺だそうだ。

こちらの本尊は頬焼阿弥陀と呼ばれる、運慶作の仏様だそうだ。盗みの嫌疑をかけられた坊さんが焼印を頬に押されたが、この本尊が身代わりになったという伝説がある。

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こちらが本堂のようだ。。。

ん?これだけ?頬焼阿弥陀は?

よくよく調べれば、本堂の見学は事前予約が必要だった。。。

残念である。

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塩嘗地蔵?

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塩売りが塩を毎朝供えると、帰りには必ず塩が無くなっていたという・・・

故に塩嘗地蔵だそうだ。

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これ以上おっても、しゃーなしだ。次行こうっと・・・