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伝説の旅ベスト5

  • 第五位:第一次九州遠征(2号線の旅)
    1999年3月に国道2号線を使って、神戸から北九州まで旅をした伝説。帰りはフェリーで松山に上陸し、四国を横断して帰ってきた。
  • 第四位:ハワイのんびり旅行
    2005年12月。ホノルルマラソンに出走。人生を変えた旅。
  • 第三位:英国旅行
    飯は不味いが、とにかくお洒落な街と大英博物館、ストーンヘンジ、カンタベリー最高!
  • 第二位:中欧旅行
    ベルリン、プラハ、ブタペスト、ウィーン、ヴェネチア、アムステルダムと6カ国の都市を主に列車で巡った。飯が美味かった。
  • 第一位:北部インドの旅
    2007年2月。とにかくカルチャーショックの連続だった。

カテゴリー「イングランド」の記事

2008年3月13日 (木)

英国旅行記(その19:ロンドン塔~帰国)

セント・ポール大聖堂前からバスに乗った。

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目的地は、昨日入れなかったロンドン塔である。

JINは、先ほど買ったPaulのパンを頬張っている。

・・・・・・・・・・・・

着いた。

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ロンドン塔(Tower of London)は、1078年にウィリアム1世の命令により、施工され、20年で完成した。その後、リチャード1世からヘンリー3世にかけて、濠を作っている。

国王が居住する宮殿として使われただけでなく、身分の高い政治犯を幽閉したり、処刑したりする場でもあった。

エリザベス1世でさえ、即位前にメアリー1世によって、幽閉されているのだ。

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完全に要塞である。実際、中世の戦争では、ここは鉄壁であったろう。

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塔内には、こんな親父がいっぱいいる。ガイドツアーとかを行っているようである。JINは、うれしそうに親父と一緒に写真を撮った。少し羨ましかった・・・。

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塔内の建物の一つに入ると、英国王室の秘宝が展示されていた。豪華絢爛である。ダイヤモンドがつきまくった王冠とか、金製品の数々や宝石類など・・・。

そういったものにあまり興味のない私でも、あまりの凄さに呆然とする。

王冠類を展示しているブースは、真ん中に宝物があって、その周りを動く歩道でぐるぐる回る。私などは2周した。

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霞の向こうにアルゼンチン・バックブリーカータワーブリッジが見える。

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この小汚い塀がロンドン塔内に残るローマ時代の遺跡である。ワードローブタワーという。

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あるタワーに入ると、拷問部屋だった。

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うーむ、もっと凄いのを想像していたのだが・・・。

鉄の処女でもあれば、テンション上がっていただろう。

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他のタワーに入ると、幽閉部屋であった。今までに幽閉された人々が紹介されている。

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2階が幽閉に使われたようだ。

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壁には幽閉者が彫った落書きならぬ落彫りが残っていた。

まだまだ、見ていないところが数多く残っていたが、帰国のタイムリミットが近づいてきたので、涙を呑んで、帰路に着いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ヒースロー空港にやってきた。

いよいよ帰国である。

思えば、時差ぼけで苦労した旅であった。しかも、やっと本調子になったら帰国になってしまった。それにしても、少ない日程でよくもいろいろと行ったものだ。

今回行った世界遺産は、

  • ウェストミンスター寺院、ウェストミンスター宮殿
  • カンタベリー大聖堂
  • ストーンヘンジ
  • バース市街
  • マリタイム・グリニッジ
  • ロンドン塔

である。

どきどきの搭乗手続きや出国審査を受ける。

出国審査は、やる気なさそうにパスポート見るだけである。判子も押さない。

なんとか、別室に連れて行かれることもなく、通過。

空港にて軽食を取る。ここで、フライドポテトを食べた。

JINにも少しあげると、

「ここのポテトが一番美味い・・・。」

うーん、なんだかなあ・・・。

かわりにJINにPaulのミルフィーユをもらった。美味かった。

飛行機に乗り込む。今度は12時間のフライトだ。

なんだか、行きに比べて、随分楽だ。ごそごそババアもいない。

で、映画を見る。「エリザベス~ゴールデン・エイジ」を見る私。行きに見ろよ!

爆睡したら、あっという間に着いた。

今度はJINとどこに行こうか・・・。今回はJINに頼りきりだったので、今度は私も活躍しないと・・・。ってことは、ホームの東南アジアか?

P.S.

今ブログを書きながら、イングランドで購入した紅茶でロイヤルミルクティーを作り、インドで購入したマサラを入れて、飲んでいる。マサラティーというやつだ。インド的に思いっきり甘めに作った。実に美味い!

2008年3月12日 (水)

英国旅行記(その18:セント・ポール大聖堂)

平成20年2月11日。五日目開幕である。

今日も、早朝から行動である。まずは、District LineでTempleまで行くことにする。ダヴィンチ・コードで登場するテンプル教会を見学したいからである。ところが、電車がTempleを通過。私は、意味が分からず、パニックである。近くの人が、次の駅で逆方向の電車に乗ればと止まると教えてくれた。で、実際その通りであった。うーむ、ロンドンの鉄道ルールは訳が分からない。

Templeで降りると、テンプル教会の場所が分からない。

しばらくすると、こんな建物を発見した。

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初めは、Temple教会かと思ったが、どうやら裁判所のようだ。

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今日は、なにか重大な法廷があるのか、報道陣が集まっていた。

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裁判所には、こんな親父たちが陳列されている。どちら様かは分からない。

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近くには、こんなモニュメントが・・・。

ドラゴンですやん!

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で、こっちが本当のテンプル教会(Temple Church)である。あいにく、今日は、内部が見学できなかった。ダヴィンチ・コードによると、この中には、テンプル騎士団有力者のお墓が並び、かなり怪しい・・・。

テンプル教会は秘密結社?テンプル騎士団のロンドンにおける拠点であり、1185年に建てられたロンドンで最も古い建物の一つである。

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テンプル教会前には、テンプル騎士団のモニュメントがあった。

内部の見学は、今後の課題となった。テンプル教会を後にした。

てくてく歩きの末、セント・ポール大聖堂(St. Paul's Cathedral)にやってきた。

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1666年のロンドン火災により、旧セント・ポール大聖堂は灰燼に帰した。現在のものは、チャールズ2世の以来によりクリストファー・レンが設計したものである。1675年から35年で完成させたのである。

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でっかいドームが被さった形で、相当でかい。高さは、111メートルあるらしい。

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早速、中に入る。あいにく、内部は写真撮影禁止であった。

どの大聖堂でも同じだが、ここも必然的にお墓めぐりになってしまう。しかし、ここのすごいところは、超ビッグネームが眠っていることだ。

中に入ると、身廊がまっすぐ伸びている。厳かな雰囲気である。ドームの下まで、やってきた。天井高っ!!!

ドームの上にも上れるので、後で行くことにした。

1階の展示を見て、地下室に下りた。

ここに、超ビッグネームが眠っているのだ。

ビッグ・ネームの前に、何の変哲もない石が置いてある。実は、これが、設計者クリストファー・レンの墓なのである。墓石には、ラテン語で、

「彼の記念碑を見たい者は、周りを見よ!」

と書いてあるらしい。

この大聖堂こそが、レンの記念碑というわけだ。

さて、ビッグネームであるが、まずは、ウェリントンの墓である。

でかいっ!

ワーテルローの戦いで、プロイセンと協力の上、ナポレオンに引導を渡した大英雄である。

そして、ネルソン提督である。彼の墓はでかい上に、きれいである。

ネルソン提督については、以前に記述したが、トラファルガー海戦の大英雄である。

そして、最後に、チャーチルの墓である。

チャーチルと言えば、第二次世界大戦でドイツの猛攻(バトル・オブ・ブリテン)に耐え抜き、勝利に導いた、ハッタリ屋大政治家である。

ドイツの空爆でロンドンが灰燼に帰しても、民衆を鼓舞し、アメリカが真珠湾攻撃を期に参戦するまで、耐え抜いたのだ。ちなみに、真珠湾攻撃の一報を聞いたとき、チャーチルは、

「これで我々の勝ちだ・・・。」

と、小躍りしたらしい。

また、勝利のVサインが彼の考案によるという説もある。

なぜ、ここまで、彼のことを詳細に書くかというと、まあ、敵ながらあっぱれというやつだ。

それにしても、当初、墓が分からなかった。

もらったガイドマップのところに行っても、何もない。

JINも訳が分からない様子である。

JIN「どこにあるんや?」

・・・・・・・・

!?

!!!!

私「あんた、踏みつけとーやん!?」

そう、地面に埋まっていたのだ。

JINは、恐れ多くも大政治家の上に立っていた。

そんなことがあって、いよいよドームを上ることになった。

階段の入り口に行くと、列が並んでいた。

しばらくすると、開門時間になった。ドームは三層構造?になっており、下から、囁きの回廊、石の回廊、金の回廊と登れるのである。

囁きの回廊までは、163段の階段を登る。前に、遅いのがいて、いらいらしたが、余裕でゴールした。一月前に金比羅を攻めたときに比べれば、楽勝である。

囁きの回廊からは、下の様子が丸見えである。おー、高い!

何故、囁きの回廊かと言うと、反対側でのこそこそ話でも、聞こえてしまう構造になっているということだ。で、実際は・・・。

聞こえん!

で、次は石の回廊である。

119段上る。結構きつい。せまい。

外に出た。

周りが石造りだから、石の回廊?

うーん・・・

くだらないので、先を急いだ。金の回廊である。

152段である。最初からすると、434段である。さすがに乳酸が溜まるが、それより、ここの階段は、いわゆる金属製の階段で、下が見えている。

私は、プチ高所恐怖症なので、やめてほしい・・・

恐怖の末、着いた。

金の回廊も外である。何故金かは分からない。

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金の回廊からの風景である。何やら、霞んでいる。これが霧のロンドンというやつか!?

うーむ、光化学スモッグ?

まあ、どおりで、喉はヒリヒリするし、鼻は黒くなるはずである。

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この橋は、ミレニアム・ブリッジ(Millennium Bridge)という。文字通り、2000年に開通したが、すぐに人が通ると、橋が揺れすぎるという理由で閉鎖された。

んな、アホな!

2002年から、再び利用できるようになっている。

高所に恐怖しながら、ロンドンの風景を堪能したので、降りることした。

急な階段でびびる私を置き去りにし、JINはもくもく降りる。

JINさん、俺を置いていけ!とは、言ったものの、少し寂しい・・・。

どんなけ急かというと、こんな感じである。

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画像は、イメージです。

やっとのことで、降りる。セント・ポール大聖堂を出ると、JINはポール大聖堂前のPaulでパンとミルフィーユを買っていた。

俺を踏み台にした!?

後で、ミルフィーユのおすそ分けをもらったが、非常に美味であった。

2008年3月11日 (火)

英国旅行記(その17:ロンドン街巡りⅡ)

  Paul Smithのロンドン1号店にやってきた。Covent Gardenにある。

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Paulが初めて出した店は、Nottinghamにあるらしい。

まあ、私は興味がないのだが、JINのお付き合いである。JINが物色している間、私も見物していた。

おっ!このセーターええな・・・。

値札を見る。

元に戻す。

見なかったことにする。

後で、JINに聞いたが、値段的には日本とほとんど変わらないらしい。ロンドンの物価の高さを考えれば、日本はどうなっているのか?関税なのか?

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まあ、結局、何も買わず、退散である。

Piccadily Circusまで戻り、Savile Rowに行った。Savile Rowは仕立て屋さんが多い通りであり、背広の語源になったというもっぱらの噂がある。

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あいにく、日曜日のため、どこの店も閉店している。エビスジーンズもあった。

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そのまま、てくてく歩き、Burberryにやってきた。まだ開いていたので、入った。Paul Smithはいまいちだが、Burberryのほうが、私としても興味がある。だが、結局買わなかった。JINはネクタイを購入したようだが・・・。

やっとブランド巡りを終え、Piccadily Circusまで戻ってきた。

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ちなみに途中でこんなものを発見した。

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がんばっとるな!

続いて、B.A. London Eyeにやってきた。

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BAとはスポンサーのブリティッシュ・エアウェイズの略らしい。1999年末開業した高さ135メートルの大観覧車で、25人収容可能のカプセルに乗り込み、ロンドンを一望できるのだ。135メートル、25人収容とも世界一であったが、今はシンガポールにその座を奪われたようだ。

とにかく、いままで、何度も外観を見てきたロンドン・アイにいよいよ乗り込むときがやってきたのだ。

高めの料金を払い、いざ乗り込む。

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カプセル内部はこんな感じである。

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どんどん上がっていく。かなり興奮する。

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おっ!ウェストミンスター宮殿である。

やがて、観覧車は頂点へ・・・。

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観覧車が下降に転じた途端、飽きた。

ぼけっーと、夜景を眺める私。

やがて、ゴールに近づいた。ゴール付近では、写真サービスがあり、カプセル内を外から撮影してくれる。存在は知っていたが、とくに撮ってもらおうとは考えなかった。

観覧車を降りると、たった今撮った写真が画面にでている。

???

どアップで、微笑むJINがいた。

いつの間に!?

ロンドン・アイを後にして、いよいよ夕食である。

実はロンドンに来て以来、ほとんどろくなものを食べていないのだ。

今思えば、初日のハードロックカフェで食べたハンバーガーくらいで、後は、パブでフィッシュアンドチップスをつまんだ他は、サンドイッチとかパンばかり食べている。

そこで、ちょっとしっかりしたものを食べることにした。

Notting Hill Gate駅で下車し、しばらく歩く。迷った!

数人の英国人に聞き、なんとかたどり着いた。

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Notting Grillというお店である。英国料理のお店である。これで、噂どおり英国料理がまずいのか実証できるのだ。

お店に入る。

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私はシーザーサラダとミックスグリルなるものを頼んだ。

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まずは、シーザーサラダである。美味い!

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いよいよメインのミックスグリルである。少しグロテスクだ。トマトとか椎茸がそのまま焼いていた。

では、食す。

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?味がない?素材の味を生かしているのか?固形のソースのようなものがある。これをつけるのか?つける。レーズンみたいな味がする。肉には合わないような・・・。

そして、やたら、レバーが多かった。中でも不思議なものがあった。丸っこい、袋のようなもので包まれた黒い物体である。レバーフレークをまずくしたような味がした。

JINが、

「牛の睾丸ちゃうか?」

それは、さすがの私も嫌やな・・・。もーもーさんのお股にぶらさがるアレを想像して、少し気持ち悪くなったが、しっかり完食した。

本当に睾丸だったのだろうか?

私の食べた料理は美味しくなかったが、JINの食べたステーキは美味かったらしい。私もそれにすればよかった。とにかく、英国料理は必ずしも不味いわけではないらしい。

満腹というより、脂っこさに軽く胃もたれをし、帰路に着いた。

帰りのNotttig Hill Gateのホームがなかなか面白いつくりだった。

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ホテルに戻り、いつものように、私は泥のように眠った。

JINもいつもどおりであった。

2008年3月10日 (月)

英国旅行記(その16:ロンドン街巡りⅠ)

グリニッジからロンドンに戻ってきた。

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この後は、ロンドンのいろんな所を巡る。

まずは、Knightsbridge駅近くのデパートHarrodsである。主にお土産を見に行ったので、1階の食料品を見て回った。

入り口から入ると、途中にエジプトっぽい装飾がしてあるフロアがあった。ブランド物を取り扱っていたようだが、どうゆう意味があるのかは分からない。

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店内の風景である。チョコレートやビスケットなどを物色した。帰国後、お土産を渡したら、英国に行ったことが、すぐばれた。私の思っている以上にHarrodsの知名度は高いらしい。

次にFortnum & Masonという紅茶屋に行った。ここでは、アフタヌーンティーもどきを体験した。

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調子に乗って、シャンパンなどを飲んでしまったので、赤ら顔になった。JIN曰く、疲れ顔と合わさって、怒ってるみたいだったらしい。下からサンドイッチ、スコーン、ケーキの順に食べていく。アフタヌーンティーと言えば、英国紳士・淑女の嗜みである。どうやら、私は英国紳士ではないらしい。どうも居心地が悪い。

まったりと時間を過ごし、外に出た。

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Piccadily Circus前にはエロスの像がある。

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エロスとは、ギリシア神話において、アフロディーテの息子で、人を矢で射っては、恋心を弄ぶ最低な神である。ローマ神話のキューピッドと同一視される。

私の恋心を弄ぶつもりか?と、周りを見回し、可愛い子はいねーがぁーと探したが、ロマンスはなかった。

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Piccadily Circusから地下鉄に乗り、Tower Hillで下車し、ロンドン塔にやってきた。意気揚々とロンドン塔に入ろうとすると、Closeだった。どうやら、のんびりし過ぎて、閉館したらしい。大ショックだが、とりあえず、外観だけ見学する。

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それにしても、どう見ても、城なのに、何故ロンドン塔というのだろう。意味不明である。

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すぐ近くに、ロンドン名物Tower Bridgeがある。タワーブリッジと言えば、私の世代では、ものすごい有名な橋である。何しろ、ロビン・マスクの必殺技なのだから・・・。そう、キン肉マンをあと一歩まで追い詰め、ダイナマイトパイパーを葬り、マンモスマンさえ屈服したあの技である。

ロビンの聖地を堪能したところで、JINが急にいなくなるという、ちょっとしたアクシデント(JINからすると、私が消えた。)があって、Tower Hillを後にした。

ちなみにこの辺は、妙なビルがある。

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ロンドン市庁舎である。こんなところで働くとき、精神に異常をきたさないのだろうか?

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奥にある葉巻のようなビルは、セントメリーアクスという正式名称がある。しかし、ロンドン市民には、きゅうり(ガーキン)とか、エロいきゅうり(エロティックガーキン)とか呼ばれてるらしい。ひどい話だ。ちなみに保険会社のビルらしい。

ロンドン街巡りⅡに続く。

2008年3月 9日 (日)

英国旅行記(その15:グリニッジ)

London Bridgeから鉄道に乗った。

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鉄道の車窓を眺めながら、旅の雰囲気を楽しむ間もなく(もっとも、時間があっても、そんなものは楽しまないが・・・)、目的地に着いた。

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グリニッジ(Greenwich)である。そのまま読んだら、グリーンウィッチとしか読めない。

グリニッジといえば、本初子午線(経度が0度)が旧天文台を通っていることで有名だ。また、この天文台を基準に、かつて世界標準時が決められていたのだ。

こういう天文学的な話は難しいので、自分で勉強しよう!

また、グリニッジは、海事都市グリニッジとして、世界遺産に登録されている。

さて、駅を降りて、旧天文台(Old Royal Observatory)を目指す。

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旧天文台までの道のりは、公園を通る。

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クック船長である。クック船長と言えば、大冒険家として名高い。ハワイ島など数多くの島や海岸線を発見した。そして、最後は、ハワイ島において、原住民との争いにより殺害された。

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国立海洋博物館である。今回は見学しなかった。英国海軍史に係る資料が展示されているらしい。

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公園を抜けると、小高い丘を登る。

すると、旧天文台が現れた。

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ウルフ将軍の像があった。七年戦争の際、カナダでフランスに勝利したことで名高い。しかし、ウルフはその戦闘で戦死している。それにしても、海軍の街で、何故陸軍のウルフ像があるのか・・・?

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天文台前で標準時を挿す時計の前にて・・・。

それでは、中に入る。ちなみにJINは、私がうろうろしている隙に、さっさと中に入ってしまった。

中に入ると、おばちゃんがいたので、入場料を払おうとすると、無料だった。恥ずかしい思いを隠して、進む。

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旧天文台には、天文観測で使用する器具が展示されていた。知識がないので、全く意味が分からない。

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この場所に昔、望遠鏡があったそうだ。

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これが本初子午線である。

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世界の主要都市の緯度が通る線が書いてあった。

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反対側を見ると、世界標準時をカウントする時計が合った。

JINがいきなり時計を合わせだす。

「なるほど、賢いな、君!」

と、感心し、私も時計を合わした。

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世界標準時の証明書が自動販売機で買えたので、購入し、にんまり・・・。

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グリニッジの丘からの風景である。

いまいち、世界遺産の価値はよくわからないが、よい景色である。

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英国人が野生のリスを手なずけていた。この後、リスは急に逃げ出した。JINもリスの手なずけに挑戦したが、失敗した。リスは木に登り、頭を掻いていた。

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再び、鉄道でロンドンに帰った。

2008年3月 8日 (土)

英国旅行記(その14:トラファルガー広場)

平成20年2月10日。四日目開幕である。

今日は、日曜日である。ヨーロッパ全般に言えることだが、18時にはお店が閉まるので、今日は、ばたばたと巡らないといけない。ちゃんと仕事せえよと思ったが、キリスト教国としては、日曜日は安息日なので、お店を出しているだけマシと言うものだろう。

Piccadily LineでLeicester Squareで降りる。

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エスカレーター、長っ!

ここで、一言。しばらく前から気づいていたが、ロンドンの空気は悪い。喉がピリピリするのだ。帰って、鼻をかむと、黒かった。さすが、産業革命以降、公害先進国を代表してきただけのことはある。最近では、北京やデリーのほうが大気汚染が深刻のようだが、デリーに行ったことのある私は断言する。デリーと同程度か、若しくは以上であると!

Leicester SquareからはCharing Cross駅まで歩く。そこから鉄道に乗る予定である。その途中で、トラファルガー広場を見学した。

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今日は、何かイベントがあるらしく、警備員とかイベントのスタッフとか大勢いた。

トラファルガー広場(Trafalgar Square)は文字通り、トラファルガーの海戦を記念して造られた。トラファルガーの海戦といえば、ナポレオン戦争最大の海戦で英国に勝利をもたらした戦いである。

余談であるが、トラファルガー海戦、レパント海戦、日本海海戦で世界三大海戦である。

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ネルソン記念柱である。ネルソン提督は、トラファルガーの海戦の大英雄である。そして、その戦いで戦死したのである。

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塔のてっぺんで、クールにその姿をさらしている。

何もこんな高いところに飾らなくとも・・・。高すぎて、広場から少し離れないと、はっきり見えない。

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柱の台座には、ネルソン提督の4つの戦いの様子が彫られている。

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記念柱を守るように、ライオンがいる。

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こちらの建物は、ナショナル・ギャラリーである。西洋絵画のコレクションとしては、世界最高ランクということだ。ここも見学できなかったので、今後の課題である。

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噴水には、人魚のようなものが・・・。

では、彫像シリーズである。何者かはよくわからない。

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トラファルガー広場を出発し、Charing Crossに着いた。

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妙な塔が立っている。

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Charing Crossから鉄道に乗ろうとすると、様子がおかしい。

工事なのか、この駅は、本日休業であった。うーむ、意味が分からん。

こういうことは、日本の尺度で考えては駄目なのである。

仕方ないので、駅員さん聞くと、別の駅では鉄道が生きていることが分かった。

ということで、London Bridgeまで移動することになった。

そういえば、そんな童謡があったな・・・。

2008年3月 7日 (金)

英国旅行記(その13:バース市街)

ローマン・バスをでて、バース市街を散策することになった。ここバース市街は世界遺産でもあるのだ。

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さすが世界遺産である。お洒落な中でも歴史の重みを感じる。

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バース・アビー(Bath Abbey)である。

史上初のイングランド統一王であるエドガー王が戴冠した由緒正しい教会であるが、現在の建物は、ヘンリー8世の修道院解散直前に建てられた。

ヘンリー8世といえば、妃と離婚したいがために、宗教改革を行った伝説の親父である。

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ここにも妙な親父がいる。

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街を歩いていると、馬車が通った。なんだかしらんが、街の雰囲気と妙に合っている。あまりにお洒落でむかつくので、馬糞を探したが、見当たらなかった。

草千里のように馬糞に注意をしなければいけないということも、インドのように牛糞に注意しなければならないということもないらしい。

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これぞ、バース名物である。ロイヤル・クレッセント(Royal Crescent)である。

18世紀に建てられた建物で、ジョン・ウッドという建築家による。現在でも一部はアパートメントやホテルとして使われている。

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浮かれて舞い踊っていると、JINが、

「疲れとるな・・・。」

何故、分かった!?

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日が暮れてきたので、バースを後にすることにした。

バース!美しすぎるぜ!

そんなバースにこの歌を捧げよう・・・。

「バース、かっとばーせ、バース、ライトへ、レフトへ、ホームラン」

ところで、普通なら、このままロンドンに帰るのだが、このJINという御仁は、サプライズを用意するのである。

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ウィンザー城である。

元々は、ウィリアム1世により築城されたが、エドワード3世によりほとんど建替えされた。

とにかく900年もの間、英国王室の居城として使用されているのだ。今回は、暗い中を外観だけ見た。内部の見学は、今後の課題ということになった。

ウィンザーからロンドンに帰る途中、少しうとうとした。10分寝てしまった!

と、思ったら、40分ほど寝ていた。もうロンドン近郊ですやん!

JINさん、ごめんなさい

Hendon Centralで車を返し、バスと地下鉄を乗り継いで、ホテルに無事帰った。例のごとく、私は泥のように眠ったが、JINは、しばらく起きて、計画を立てていたようだ。

ちなみに今回の走行距離は400キロメートル超である。

それと最後にもう一つ。ホテルで、部屋の鍵を受け取るときに、いつもは私が受け取っていたのだが、今回はJINが受け取った。

私のときは、

「Your name?」

と聞かれていたのだが、

JINのときは、何もなし。何故???

訳が分からない。私は不審人物か?

結論を出そうとしても出せないので、考えるのをやめた。

2008年3月 6日 (木)

英国旅行記(その12:ローマン・バス)

ソールズベリーからバースにやってきた。

イングランドはかつてローマ帝国の支配下であったのだが、バースはその時代に温泉の街として栄えた。ちなみにバースBathという地名から英語のお風呂bathの語源になったという俗説がある。実際は温泉があるから、Bathという地名のようだ。ガセやな。

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ローマン・バス(The Roman Baths)である。紀元前1世紀にローマ人によって建てれた大浴場があるのだ。

では、入る。入場料を払うのに、かなり込んでいる。列で待っていると、前の英国カップルがブッチュブッチュしてやがる。

しかも、女の子は可愛かったが、男は貧相であった。

けっ!・・・

悪夢の時間が過ぎて、入場料を払った。

気を取り直して、見学である。

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大浴場の復元ミニチュアのようだ。ここには、発掘品など、様々な展示物がある。

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このような人形があり、当時を再現しているのだが、微妙に気色悪い。

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かつての建物の屋根の正面に着いていたもののようだ。ゴーゴンの首らしい。

???

ゴーゴンって、女の怪物じゃなかったっけ?どうみても親父である。

サンテレビのおっサン!に見えなくもない。

http://www.sun-tv.co.jp/oh/index.html

ゴーゴン三姉妹じゃなかったっけ?

謎である。

このあたりは、ローマ神話の知識がいるようだ。

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温泉が見える。

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親父がいる。風貌から王様っぽい。どうやら王様のお風呂らしい。

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建設当時の基礎である。

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ミネルヴァの首である。知恵と工芸の女神で、ローマ人に大人気の神だったようだ。

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出土品の数々を見ていると、無性にローマに行きたくなった。

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温泉が出ている。石が茶色に変色しているところを見ると、鉄分が多そうだ。

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棺か?

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大浴場に出た。手をつけたが、かなりぬるかった。

日本人感覚では、かなり物足りないであろう。

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暗い建物内に入ると、穴っぽこがあった。ここに水を張り、飛び込んでいたらしい。

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なにやら、柱のようなものが立っている。この上に床を敷き、下から湯気をだしていたらしい。つまり、スチールサウナである。サウナでほてった体を、さっきの水風呂で冷やすのだ。表の浴場よりもこちらのサウナ式浴場のほうが古いようだ。

ちなみに、日本においても、最初は風呂といえば、スチームサウナである。日本最古の風呂は、東福寺にある。

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こちらも水風呂である。

ちなみにアホの一つ覚えのように、コインが投入されていた。

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当時の復元図である。楽しそうに親父が泳いでいる。右手前の親父はもろ見えである。

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2階に上がってみた。

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2階にも謎の石造群がある。

そのとき、

「すみませ~ん。写真のシャッター押してください。」

女性二人組みに呼び止められた。母娘のようである。

それにしても、イントネーションがどう聞いても関西人である。

外国まで来て、日本人観光客に会うだけで萎えるのに、関西人とは、普段と変わらん!

と思いながら、写真を撮ってあげた。

さて、でるか・・・。

2008年3月 5日 (水)

英国旅行記(その11:ソールズベリー大聖堂)

ストーンヘンジを出発した。

当初には予定していなかったが、ソールズベリーによって、ソールズベリー大聖堂を見学することにした。

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町並みはこんな感じである。田舎町っぽくて、よい。

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ソールズベリー大聖堂(Salisbury Cathedral)である。こちらは裏側なので、表側に回った。

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天高く伸びる塔の高さは123mで、英国最高で、建物全体は、イングランド初期ゴシック様式である。

写真ではよくわからないが、かなりのでかさである。

近づくと、数々の彫刻群・・・。

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なんか英国の教会って、親父を掲げるのが、好きやな。教会って、こういうもの?

とにかく中に入る。

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なんじゃ、こりゃ!?

珍寺っぽい!

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このデク人形の前で何を真剣に語っているのか?

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大聖堂のミニチュアにようである。

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中世の時計らしい。14世紀のもので英国最古のものらしい。

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掲げられた旗が風化している。

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やはりここもお墓ダラケである。

英国の教会に行くと、必然的にお墓訪問になってしまう。

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ここもステンドガラスが美しい。

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聖歌隊席である。

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パイプオルガンもある。

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中に誰か寝てはります。

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トリニティチャペルである。大聖堂の最奥部である。

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ここにあるステンドガラスの一部は、「良心の囚人」という作品である。

1980年製作だが、なんとも気色悪い

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美しい!

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ウィリアム・ロンゲペーの墓である。

ヘンリー2世の庶子で、リチャード1世やジョン王の異母兄で、ソールズベリー伯である。イングランドで最初に紋章を使用した人らしい。

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うむ。シュールな絵だ。

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うむ。凛々しい!

そして、何と言っても、ここソールズベリー大聖堂の最大の見ものは、チャプターハウスである。しかし、残念なことに撮影禁止エリアであった。

何が見ものかというと、マグナ・カルタが保存されているのだ。これが、阿呆のジョンが飲まされた大憲章(マグナ・カルタ)か!

JINと二人で興奮しまくりである。実際見ると、字細かっ!

ものすごく小さな字で細かく書いてある。

不思議に思っていると、JINがある見解を発表した。

「この当時の紙は貴重品だったので、紙の節約のために小さな字になったのであろう!」

ところで、ここには、旧約聖書の伝説がレリーフになって、部屋の周囲に飾ってある。

アダムとイブから、カインとアベル、ノアの箱舟、アブラハムなど、まさに宗教を世俗に教える装置が施されているのだ。レリーフを追いながら、無性に興奮する痛い子二人がそこにはいた。

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ソールズベリーを出発した。

2008年3月 4日 (火)

英国旅行記(その10:ストーンヘンジ)

平成20年2月9日。三日目開幕である。

本日は、レンタカーを借りて、冒険することになった。

手配は前日のJCBプラザである。日系企業だったので、手続きはすんなりいった。

レンタカーショップは、地下鉄のHendon Centralである。初めてのゾーン3であった。

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駅に着くと、電話し、迎えが来ることになっていた。

しかし、全然でない。こちらの公衆電話は相手がでなくても、金をとるらしく、どんどん50ペンスが吸い込まれる。

諦めかけたとき、やっとつながった。

しばらくすると、迎えがやってきた。日本人なのだが、長いロンドンぐらしがそうさせるのか、妙に違和感を感じた。たぶんイングランドナイズ?されている。

手続きをすます。イングランドの道路事情はややこしいので、カーナビを借りることにしたが、なんというか、携帯可能なのである。

カーナビ画面をフロントガラスに吸盤でガポっとつけるのである。

なんじゃ、こりゃ?と思っていると、

「車を離れるときは、はずして、持ち歩いてください。盗難に会います。」

との、説明である。

かなり治安がいいと思っていたが、ショックな発言である。

とにかく、スタートである。行き先は、ストーンヘンジである。

しばらくして、隣を走っていた車を見ると、やはりガポっと式のカーナビであった。

日本人感覚では不思議だが、世界ではこれが常識なのかもしれない。

さて、こちらの道路は、信号機があまりない。

かわりにロータリーがある。交差点を曲がるときは、ロータリーに突入し、目的のロータリー出口に走り抜けるのである。今回は、JINがずっと、運転したが、初めは相当戸惑っていた。

ロータリーについては、言葉で説明するのが、難しいので、知りたい人は自分でぐぐろう!

そうこうしていると、突然それは現れた!

ストーンヘンジである。

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何もない平野にあると思っていたが、実際は道路の中州のようなところにあった。

ストーンヘンジといえば、我々オカルトファンにとっては、聖地中の聖地である。

小学校の頃に、オカルト本で読んで憧れていた場所にいるのである。大興奮である。

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感動で顔がにやける私。

ストーンヘンジは、紀元前2500年前から紀元前2000年前に立てられたと考えられている。しかし、もっと古い時代から存在するとの見解もある。また、何千年もの間に、何段階にもわたって建設されている。まったくミステリーである。

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ヒールストーンである。

環状列石の外側にポツンとある。夏至の日には、太陽がこの石付近からあがり、環状列石の中心に太陽光が注ぐ。このことから、天文学的な目的のため作られてとする説がある。

また、中心近くに立つブルーストーンは、ウェールズ原産らしい。どのような経緯でここにあるかは、謎である。

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別角度から。この角度からは、中心近くにの石の間から、ヒールストーンが見える。

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拡大すると、何か模様のようなものが見える。

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ぽつんとある石はステーションストーンと呼ばれる。

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この埋まっている石は虐殺の石と呼ばれる。

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ヒールストーンを別角度から・・・。

オカルトスポットに浸っていると、羊の軍団が現れた。

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うむ。牧歌的である。イングランドを堪能しているなあ・・・

この写真を撮るために、ストーンヘンジを駆け回り、羊を追いまくったので、英国人の失笑をかった。こういうパターン多いな・・・