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伝説の旅ベスト5

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    1999年3月に国道2号線を使って、神戸から北九州まで旅をした伝説。帰りはフェリーで松山に上陸し、四国を横断して帰ってきた。
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    2005年12月。ホノルルマラソンに出走。人生を変えた旅。
  • 第三位:英国旅行
    飯は不味いが、とにかくお洒落な街と大英博物館、ストーンヘンジ、カンタベリー最高!
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  • 第一位:北部インドの旅
    2007年2月。とにかくカルチャーショックの連続だった。

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2016年10月

2016年10月29日 (土)

東京小散策(その1:豪徳寺)

平成27年2月20~21日。東京方面に行ったので、少し散策したときの話。

まずは、招き猫で有名な豪徳寺に行ってみた。

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豪徳寺の前身は、戦国時代北条勢力の吉良氏の居城であった世田谷城にあった弘徳院というお寺だそうだ。

その後、江戸時代に井伊直孝によって、井伊家の江戸の菩提寺になり、伽藍を整備し、豪徳寺となったのだ。

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山号は大谿山。曹洞宗のお寺である。

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仏殿である。

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三重塔

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こちらは招福殿?

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なにやらお堂があるね?

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お!招き猫!

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建物の側面にあるのは、ひょっとして?

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招き猫の数々・・・

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ひな壇にも招き猫

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前述したが、豪徳寺は招き猫で有名なお寺である。というか、招き猫発祥の地という説もある。

昔、井伊直孝が猫にこのお寺に招かれ、和尚の説法を聞き、井伊家の菩提寺としたという伝説がある。

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豪徳寺で販売されている招き猫は全て右手を挙げており、小判は持っていない。ちなみに招き猫ではなく、招福猫児(まねぎねこ)らしい。

なかなか可愛らしいではないか・・・

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こちらの近代的な建物が本堂である。

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納骨堂

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こちらは?

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墓地?

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井伊家の墓所である。

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井伊直弼のお墓。

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さて、堪能したし、招福猫児買って帰るか・・・

2016年10月26日 (水)

別府湯巡りⅤ

平成27年3月14~15日。別府に温泉修行に行った。確かに行ったのだ。

ちゃんと写真も撮ったはずなのに、画像が全く見つからない。ぼけて消去してしまったようだ。よって、今回は画像なしで、備忘録のための簡単なメモとしたい。

では浜脇温泉エリアから。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

東町温泉(No.29)

東別府の駅前にひっそりとある。なんともレトロな感じのお風呂である。ちょうど誰もいなかったので、くつろげた。

浜脇温泉(No.30)

別府独特の共同湯というよりは広めの銭湯といった感じ。あまりにも熱くてほとんど入れなかった。

湯都ピア浜脇(No.31)

浜脇温泉(No.30)のすぐ隣にある。スーパー銭湯といった感じのお風呂。あまりくつろげない。

東蓮田温泉(No.32)

典型的な共同湯。少し金気あり。

蓮田温泉(No.33)

東蓮田温泉のすぐ近く。

日の出温泉(No.34)

10号線沿いにある。かなり見つけやすい。

住吉温泉(No.35)

公民館の1階にある(別府に結構あるスタイル)。

松原温泉(No.36)

小判型の浴槽が真ん中で仕切られており、あつ湯と普通になっている。結構雰囲気ある。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

続いて、翌日の別府温泉エリアから。

海門寺温泉(No.37)

別府駅に近い。結構新しい建物。もっと古いかと思っていたので、意表を突かれた。

春日温泉(No.38)

ぱっと見、どこから入ったらか分からん。隣の建物との隙間に入り口があるので、見つけたときはちょっと嬉しい。結構レトロな感じの浴室。

今回は味気ないが許してたもれ。

画像なくて、ごめんなさい_| ̄|○

カナブンよりごめんなさい_/\○_   ε=\_○ノ イヤッホーゥ!

2016年10月23日 (日)

山口市散策(その5:龍福寺、山口サビエル記念聖堂)

大内氏館跡に建つ龍福寺にやってきた。

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もともとは別のところにあった龍福寺であったが、陶晴賢が主君大内義隆に対して起こした謀反、大寧寺の変で焼失してしまった。その後、毛利隆元により、現在の場所に建てられたのだ。

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さて、龍福寺であるが、山号は瑞雲山、曹洞宗のお寺で、本尊は釈迦如来である。

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大内義隆の供養塔

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こちらの本堂は室町時代に建てられたもので、重要文化財である。

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こちらは資料館

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

続いて、訪れたのは、山口サビエル記念聖堂である。

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なんとも前衛的な教会である。

かの有名なフランシスコ・ザビエル来日400周年を記念して1952年に建てられたが、1991年に焼失。1998年に現在の建物が再建された。

なお、この教会の名は、ザビエルではなく、サビエルである。濁らないそうだ。

内部は撮影禁止である。

中も斬新な感じである。

2階は聖堂である。メタリックなぼてっとした十字架吊り下げられている以外は、特に凝ったインテリアもなく、どこか無機質な印象すら受ける。しかし、単純に祈りということに特化しているのであれば、余計なものはいらないということなのだろうか?

1階は資料館となっており、キリスト教やザビエルについて学べるようになっている。

こうして、今回の山口の散策は終わりである。空いた時間に行った割りには、充実した時間を過ごせた。

2016年10月21日 (金)

山口市散策(その4:菜香亭)

菜香亭は明治10年ごろから平成8年まで営業していた料亭「菜香亭」を移築した施設である。

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ここ自体が歴史的建造物というだけでなく、明治維新からの歴代の政治家が訪れており、書を残おり、歴史ファン垂涎の施設である。

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入ると、すぐにある大広間には、著名人の扁額が数多く展示されている。

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たとえば、伊藤博文である。神戸出身の私としては、初代兵庫県知事も勤めた伊藤博文は尊敬する人であり、感慨深いものがある。

他にも、木戸孝允、井上馨、三条実美、後藤象二郎、山県有朋、寺内正毅、田中義一、松岡洋右、岸信介、佐藤栄作、田中角栄、竹下登、安倍晋三といったビッグネームの扁額が展示されている。

そもそも「菜香亭」という名前は、井上馨が命名したものだそうだ。

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こちらは食器などが展示されている。

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こちらの北客間は佐藤栄作がよく使っていたそうだ。

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後藤象二郎の額

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2階から中庭と大広間が見える。

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中庭。

ところで、大広間で扁額をしげしげと眺めていると、施設の係員が説明してくれた。

伊藤博文は好きだが、井上馨は好かんというと苦笑いしていた。

そして、松岡洋右に大いに反応すると、ちょっとびっくりされた。松岡洋右といえば、国際連盟脱退で、私の中ではかなり有名なのだ( ̄ー ̄)ニヤリ

近代から現代史に興味のある人は、結構テンションがあがる施設だと思われる。

さて、もう少し散策してみようか・・・

2016年10月19日 (水)

山口市散策(その3:常栄寺)

香山常栄寺は臨済宗東福寺派のお寺である。

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このお寺で有名なのは、

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この人!

雪舟の庭があるのだ。

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早速見学するで

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地蔵堂

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鐘楼門

鐘楼門前で拝観の受付を行い、いざ見学だ。

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左手に微かに見えているのは、本堂である。

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元々、常栄寺は毛利元就が長男隆元の菩提を弔うために安芸吉田郡山城内に建立された。その後、毛利家が萩、山口と本拠を移したのに伴い、現在の地に移った。

なお、鐘楼門と宝蔵以外は、大正時代に焼失しており、本堂は昭和8年の再建である。

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これはなかなか雰囲気のある庭ですなぁと、さすが雪舟と思いきや、

かの有名な重森三玲の作庭であった。南溟庭という。

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昭和天皇?

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本堂の北側が雪舟庭である。

雪舟庭は常栄寺の歴史より古く、大内政弘が別邸を建て、雪舟に作庭させたものだ。

あいにくお手入れ中であり、あまりいい絵が撮れなかった。

東西北が山林、南が開けており、中央に池という池泉廻遊式庭園というらしい。

庭園をぐるっと廻ってみると、

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大師堂があったり、

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薬師堂があったり、

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毘沙門天堂があったりした。

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大内政弘の母君の墓と雪舟の筆塚があった。

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広大な庭であった。

2016年10月18日 (火)

山口市散策(その2:洞春寺)

瑠璃光寺のすぐ近くに洞春寺はある。

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山号を正宗山。臨済宗建仁寺派のお寺であり、毛利元就の菩提寺である。

元就の孫、輝元が安芸にある城の中に建立したのが始まりで、その後、山口、萩、山口と移転している。

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こちら本堂。元の本堂は江戸時代に焼失したそうだ。

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観音堂は室町時代のものだそうで、その当時の特徴をよく表しているそうだ。国の重要文化財である。

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観音堂の中。

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こちらは鐘楼門。

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こちらは山門。何気ないが、これも室町時代のもので重要文化財である。

なかなか歴史を感じさせる、よい雰囲気のお寺であった。

2016年10月16日 (日)

山口市散策(その1:瑠璃光寺)

平成27年1月15日。所用で山口市に行ったので、余った時間で市内を散策してみた。

まずは山口市を代表する観光名所、瑠璃光寺である。山口駅の観光案内所で行き方を教わり、バスで訪れた。

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さて、行くか・・・

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門をくぐり、右手を眺めてみれば、いきなりクライマックスだった。

国宝の五重塔である。

いきなりのことでやや驚いた。五重塔はじっくり見学するとして、先に本堂に行こう。

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瑠璃光寺の前身は、室町時代に大内義弘が建立した香積寺である。その後、江戸時代に毛利輝元が香積寺を萩に移し、山口市仁保高野にあった瑠璃光寺をこの地に移転したのだ。

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門をくぐると、本堂が見えた。

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瑠璃光寺は山号を保寧山といい、薬師如来を本尊とする曹洞宗のお寺である。

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仏足石?

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こちらには金比羅さんがあるらしい

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あれか?

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こんなところで金比羅さんに出会うとは・・・

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こちらは鎮守石殿というそうだ。かつて瑠璃光寺が仁保にあったときに、時の和尚が寺の鎮守として建立したものをここへ持ってきたそうだ。

ひととおり、本堂を見学したので、メイン?の五重塔をじっくりねっとり見学する。

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うむ、かっこいい!

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この角度はどうだろうか?

さて、五重塔であるが、

大内文化の最高傑作といわれ、室町時代に建てられた。

屋外にある五重塔として10番目の古さだそうで、法隆寺、醍醐寺と並ぶ、日本三名塔の一つだそうだ。・・・でたよ!日本三大○○・・・

私的には、三名塔は、太陽の塔、PL塔、舞洲スラッジセンターの煙突なんですけどねぇ・・・

あれっ!?全部、大阪や!!!(゚ロ゚屮)屮

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さて、境内のその他のエリアを散策してみよう。。。

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境内のど真ん中のあたりには大内弘世公像。

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この小道を行けば、

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露山堂という茶室。

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その前にある池。

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こちらは枕流亭。ここの2階で西郷隆盛ら薩摩勢が長州勢と薩長連合について密談したらしい。なお、この建物は移築されたもので、元々は別の場所にあったようだ。

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折角だから、入ってみた。

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1階は明治維新で活躍した人物の資料室になっている。

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2階。

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ここで、歴史的な企みが・・・

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こちらが香山墓所。毛利家の墓だ。

なお、ここの石畳であるが、鴬張りになっている。

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ここで、足踏みすりゃええのかな?ほなするで!

・・・

何となくぎゅっぎゅっと鳴っているような気がする。

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こちらが墓所。

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柵でよく見えないなあ。。。

毛利家13代か15代と先祖代々の墓があるようだ。

さて、そろそろ移動するか・・・

2016年10月 1日 (土)

橿原神宮

平成27年の幕開けはいつもどおり、廣田神社でJIN氏と初詣であった。そして、1月3日。まだ正月ということで、両親と初詣?で橿原神宮へやってきた。

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さすが、奈良県屈指の初詣客数を誇る神社である。すごい人だ。

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どうやら表参道ではなく北参道から入った模様だが、それでもこの人の群れである。

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やがて、北神門が見えてきた。もともとは正門だったものが、移築されたそうで、かなり立派だ。

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本殿のあるエリアである。

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そろばん初め大会なるものが開催されていた。

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外拝殿である。昭和14年に建設された。

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外拝殿に入ると、正面に内拝殿が見える。

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こちらが内拝殿である。早速、参拝する。

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さて、橿原神宮であるが、その歴史は何と明治である。

神武天皇を祀るために、神武天皇の宮があったとされる地に明治天皇が明治23年に神社を創建したのだ。ちなみに官幣大社である。

このように、非常に新しい神社であるが、奈良県ではかなり知名度が高い。

以前からその存在は知っていたが、私も両親も訪れるのは初めてであった。

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さて、参拝も終わったし、帰るか・・・

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こちらが南神門で、本来はこちらが表になる。

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で、こちらが表参道。

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南神門の南には深田池という広い池が広がっている。周りには遊歩道が整備されており、市民の憩いの場となっているのであろう。

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池の畔にはお稲荷さんもあった。

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