プチ奥の細道の旅(その14:御釜神社)
鹽竈神社から駅に戻る途中、御釜神社という看板を見た。折角だから行ってみよう。。。
商店街の一角に小さめの神社がある。
鹽竈神社の場外末社になるが、ここには塩竈の地名の由来になった神竈がある。
まずはお参りだ。
本堂の手前左手に
意味深な所があった。この扉の奥に神竈があるのだ。
希望すれば中を見学できるそうだ。早速、社務所の呼び鈴を鳴らす。すると、女の人が出て来られた。世間話をしながら、いよいよ扉が開く。
中には神竈が4つある。神竈には水が満たされていた。この水は塩水なのであるが、どんなに旱魃のときでも、枯れることはないそうだ。鹽土老翁神がかつてこの竈で製塩技法を伝えたそうだ。
松尾芭蕉も見学したという、神竈を見ることができ、大変満足であった。ちなみに写真撮影はできない。
もう少し周囲を見ていく。境内の奥に牛石藤鞭社がある。
鹽土老翁神が塩を運ばせた牛が石になったという伝説がある。
その牛石がこの池の中にあるそうだ。今は見えない。この水溜り、何と塩水だそうで、どこか地下で海とつながっていると言われているそうだ。
和賀佐彦という神が7歳の子供となり、牛に塩をひかせたら石になったという異説もあるそうで、 このとき使った藤の枝を逆さまに立てると根付いてという。。。
そんな謂れのある神社である。
こちらには鹽竈神社の例大祭藻塩焼神事に使う竈がある。
この竈で神職がホンダワラを広げて、潮水をかけて煮詰めることで製塩を行うのだ。かなり大変な作業ではないかと思う。
最後に、神社の手前にある手水鉢である。この手水鉢、なかなか古いそうだ。
こうして、御釜神社の見学を終えた。
本塩釜から電車に乗り、仙台まで帰ってきたが、まだ時間に余裕がある。
ということで、建築的に有名なせんだいメディアテークを見学した後、牛タンを食った。 美味かった。こうして、しばし仙台をぶらついた後、新幹線で東京に戻ったのだった。