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2013年2月22日 (金)

マチュピチュへの誘い(その37:サクサイワマン)

ケンコーからそのまま徒歩でサクサイワマンへ向かう。

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おお!橋やで!

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城壁らしきものが見えてきた。

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サクサイワマンまでやってきた。

サクサイワマンとは、満腹の隼を意味する遺跡である。城塞、宗教的施設等の諸説があるが、何の施設だったかは、よく分かっていない。インカ帝国第9代皇帝パチャクティの命で建設が始まり、第11代ワイナカパックの時代に完成したといわれている。

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緻密に組み上げられた石積みが続く。

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これは自然石を利用しているのかな?

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どう見ても、堅固な城塞だ。実際にスペイン占領後のマンコ・インカ・ユパンキによる反乱の際には、インカ軍の本拠地になったそうだ。

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ここの遺跡は、3段の階段状の石積みが組んである。これは、天上、地上、地下を意識して造られているそうだ。

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この角の石はべらぼうにでかい!

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こんな石、どうやって持ってきたんだろう。。。

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こちらは11角の石だ。こうなるとパズルである。

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遺跡にいた小鳥を追っ駆ける私。相当、変な日本人である。ガイドさんにも笑われた。

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石積みの反対側も何かの遺跡のようだ。

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天気はいいし、素晴らしい文化財を見て、清清しい気分になる。空気が薄いので、息は弾むが・・・

こんな晴れ晴れした私に対し、吐き気と必死に格闘する侠(おとこ)がそこにはいた!

有事のときに備えたポリ袋(私が脱いだ衣服入れに持参していたレジ袋)を片手に、ふらふらと歩くその姿は、どこか哀愁を帯びていて、見る人の心を打った。

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出口の付近にあった上空からの写真である。こんな風になっていたのか・・・

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この看板には、歴代のインカ皇帝の名が記されていた。

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出口、というより別方向の入り口が出た。

ここから車に乗って、クスコの市街へ戻る。

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