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2012年8月17日 (金)

北インド旅行記(その14:アーグラ城塞)

アーグラ城塞は、アーグラにある世界遺産の双璧だ。しかし、どうしても、その知名度でタージマハルに軍配が挙がる。しかし、大変素晴らしい遺跡であるのは、間違いない。

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ご覧のように、赤い砂岩で建てられているので、とても赤い。タージマハルとあわせて見るならば、タージマハルチケットがお得だ。

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アーグラ城塞は、デリーからアーグラへの遷都により、ムガル帝国の三代目アクバルによって、1565年着工され、1573年に完成した。

第5代皇帝シャー・ジャハーンまで、皇帝の居城として使われた。このシャー・ジャハーン、タージマハルを建てた人物である。自分の愛妻のために豪華な墓を作ったが、息子のアウラングゼーブに王位を簒奪され、幽閉された。余生は、タージ・マハルを眺めながら、アーグラ場内の幽閉先の塔で過ごしたという。。。寂しすぎるな・・・。

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まず、見えてきたのは、ジャハーンギール宮殿である。ジャハーンギールは4代目であるが、これを建てたのは、3代目のアクバルだそうだ。跡継ぎの名前をあえてつけたようだ。

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見事な幾何学模様だ。美しい。

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シャハンギール宮殿の中だ。なかなか面白い造りだ。

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何か、装飾が剥がされてますな。。。

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アングリー庭園とやらを通過。

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寝殿だ。

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なかなか見事な内部装飾だ。

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おやおやこちらは、何をみておられるのか?

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美しいやんか!?

それもそのはず、これがムサンマン・ブルジュ(囚われの塔)である。そう!シャー・ジャハーンが幽閉されたところだ。

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お!微かに見えるのは、タージ・マハル!

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次はいよいよ憧れのタージ・マハルか・・・

密かにインド女性と一緒?に写真に写りこむ私。。。

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こちらは、一般謁見の間(ディーワーネ・アーム)だ。

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見事なり!ここで皇帝と謁見するわけだ。

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なかなか面白かったぞい!

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あ!猿や!

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