仏をめぐる冒険in国東(その1:両子寺)
大分県国東半島は数々の寺が点在する、知る人ぞ知る、地域である。元々国東半島は山岳信仰の霊場であったが、これに天台宗や宇佐八幡の影響が加わり、独特の宗教文化が形成された。これを六郷満山という。
そろそろネタが切れてきたなあと考えた私は、これらの寺をいくつか訪問することにした。
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平成23年7月16日。九州道からサガンクロスを経て、大分道をドライブし、国東半島までやってきた。今日のお寺めぐりは、両子寺からスタートすることにした。
両子寺といったら、この仁王さんである。石造りの仁王さんから石段が続き、山門につながる、このあまりにも有名?な構図は、我々寺マニアにとっては、最初からクライマックス状態なのである。ちなみにこの仁王さんは、駐車場より幾分下ったところにあるが、当然、この仁王さんを拝むため、石段をひたすら降りる努力を厭わない私であった。
立派な仁王さんである。19世紀初期のものらしい。
石段を上る。一度下ってきた石段を、さも今はじめて上るかのように感動する私であった。いい石段だ!
山門をくぐるとしばらく平坦な道が続く。
再び石段になる。
この石段の踊り場に受付がある。そこで入場料を払うと、いよいよ・・・
時間がまだ早いせいか?この糞暑い中、国東半島で寺めぐりしようなんて人がいないのか?人が少ない。ラッキーである。
向かって正面に護摩堂がある。ここの見学は後回しにする。
左手の書院の手前から参拝順路が続いている。
しばらく歩くと、稲荷堂が見えてきた。
橋を渡る。
石段を上った先は、大講堂がある。明治の廃仏毀釈のときに焼失したそうで、平成3年の再建である。
釈迦三尊が祀られている。
その後ろは何やら楽しげな障壁画が・・・
奥の院に向けて、歩く。
途中に脇道があり、先に松平侯内室の墓とやらがあるらしい。
この国東塔がそうらしい。国東塔とは宝塔の一種で、台座を持つのが特徴らしい。この地方独特なので、昔、京都帝大の先生が名づけたそうだ。
再び奥の院を目指す。
上を見上げると、崖っぷちに国東塔が・・・
後ろの岩山にも文字が彫っているそうだが、よく分からない。
奥の院である。でっかい岩山にへばりつくように建てられている。何とも迫力がある。
千手観音のようだ。
奥の院の左手に不思議な入り口がある。
おお!奥の院の建物と岩山の隙間にいけるようだ。
奥には、何とも神秘的なゾーンが広がっていた。
神水が湧いていた。当然、いただきましょう!
おお!喉が渇いているせいか、結構美味いで!
これで、ご利益あるかなあ・・・?
奥の院から戻ってきた。またまた国東塔があった。
先ほどの稲荷堂の前までやってきた。
おお!?
これは橋?
そうです!橋なんです!それも鬼橋という名の・・・
昔、力持ちの坊さんが山から大石を引き摺り下ろして橋にしたそうな・・・
![]()
鬼関係あらへんやん![]()
あれ?ちっこい仁王さんがおる!
最後に川のせせらぎを・・・
最後に護摩堂である。
ここは靴を脱ぐ必要がある。
観音さんやら阿弥陀如来やら色んな仏さんを祀っているらしく、ここが根本道場となるそうだ。
最後に両子寺について今更ながら、説明する。
天台宗別格本山で、山号は足曳山である。六郷満山は65の寺院があったとされ、本山、中山、末山と三つに分かれている。その中でも本寺と末寺に細分化されている。両子寺は、中山本寺の一つである。江戸時代には隆盛を極め、六郷満山を統括するほどになったという。今でも、国東半島のお寺めぐりと言えば、ここが真っ先に思い浮かぶのではなかろうか・・・
両子寺の見学を終え、熱いなあと書院をうろついていると、魅力的なものを見つけた。
早速いただきましょう・・・
・・・豆腐味のアイスやな!?
さて、次行くか・・・
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