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    1999年3月に国道2号線を使って、神戸から北九州まで旅をした伝説。帰りはフェリーで松山に上陸し、四国を横断して帰ってきた。
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  • 第三位:英国旅行
    飯は不味いが、とにかくお洒落な街と大英博物館、ストーンヘンジ、カンタベリー最高!
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    ベルリン、プラハ、ブタペスト、ウィーン、ヴェネチア、アムステルダムと6カ国の都市を主に列車で巡った。飯が美味かった。
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    2007年2月。とにかくカルチャーショックの連続だった。

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2011年5月

2011年5月30日 (月)

家族団欒。奈良ならではの遠足(その1:興福寺)

平成23年5月4日。

本当ならば、JINと滋賀でも行こうかという話になっていたが、某組織の陰謀か?JINが大変なことになってしまった。そう季節外れのインフルだ。仕方ないので、急遽キャンセルとなってしまった。ということで、おとんとおかんと外出することにした。

丹波でも行こうかと車を走らせたが、大渋滞だ。ええ~い、電車で行ける所にしよう!と私が提案すると、おとんが奈良でも行くか?と言い出した。

行きましょう!

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数年前の関西私鉄革命によって、今は阪神電車に近鉄が乗り入れ、奈良まで行けるのだ。とは言うものの、かなり時間がかかる。私的にはJRの大和路快速のほうが楽だと思うのだよ。

まあ、とにかく遠路遥遥、近鉄奈良駅に降り立った。

とりあえず、興福寺を目指す。

・・・その前に、飯を食った。もろ観光客相手の店で高い割りに美味しくなかった。しかも、中途半端に私の大好物である柿の葉寿司がついていた。この柿の葉寿司、美味しくない上に、一番人気の鯖がなく、サーモンと何故かさんまだった。がっかりだよ・・・

昼食後、奈良漬を購入。これで、うっちょへの土産は完璧版マッスルスパークだ。

道路標識のとおり、興福寺に向かうと、何故か猿沢の池にでてしまった。おかげで裏口のようなところから興福寺に入る羽目になった。いよいよ興福寺、当ブログでは二回目の紹介である。前回はこちら

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階段を上ると、左手に南円堂があった。かる~く、重要文化財の建物だ。

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境内のほぼ真ん中には中金堂が再建中であった。平成27年完成予定とのことだ。その頃にもう一度来たいものである。

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境内の東には、五重塔と東金堂が並ぶ、現在の興福寺のメインともいえるエリアがある。

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五重塔である。もちろん国宝だ。もはや、奈良のシンボル的塔なのでは・・・?

猿沢の池越しに見る塔はなかなか乙なものである。

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東金堂である。ここも普通に国宝である。興福寺自体は、開けっぴろげなので、無料で境内を散策できるが、この東金堂に入るには拝観料を支払う必要がある。せっかくなので、中に入る。

入る前に、東金堂の北にある国宝館をふと見やると、

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長蛇の列が出来ていた。

これも一昨年の阿修羅展の影響か?まあ、国宝館は何回か見たことがあるので、今回はいいか・・・

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中に入ると、素晴らしい仏像が祀られていた。国宝がオンパレードである。こちらの仏像を眺めるにも、少し列が出来ていた。後から、おばはんとおっさんがきたが、並んで見ようとするおばはんをおっさんが制止する。「はよ次行くで!」こんなんしょーもないとでも言いたげだ。残念な人だなあと感じた。

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東金堂を見た後、特別拝観中の北円堂にやってきた。

建物も国宝、中の仏像も国宝と重要文化財のオンパレードであった。中でも無著、世親像はド迫力であった。おとんと二人、感心しきりだった。

こうして、興福寺散策を終えた。この間、私は興奮しぱなしで、両親をほっぽって、見物する有様だった。

2011年5月20日 (金)

鹿児島珍道中(その10:仙巌園)

鹿児島市まで戻ってきた。

仙巌園は、島津家別邸跡と庭園を公園としたもので、別名磯庭園ともいう。

1658年に島津光久が造園したのが始まりだそうで、その後、歴代当主が増改築を繰り返している。駐車場に車を停め、北に歩くと、左手に尚古集成館、右手に仙巌園入り口があり、正面が鶴峯神社である。

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島津家の先祖を祀る神社で、かつてはかなりの文化財を保有していたそうだが、西南戦争の折、略奪行為にあってしまったそうで、鹿児島県の文化財保有数が少ない一因になっているそうだ。

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なかなか厳かな雰囲気である。

さて、いよいよ仙巌園に入る。

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入ってすぐに「近代薩摩焼発祥の地」の記念碑があった。

左手には反射炉跡があったり、ちょっとした工業地帯跡だ。幕末に島津斉彬がこの地に、ガラス工場や製鉄所などを造り、工業化を目指した名残だ。この斉彬の近代化事業については、高校日本史で習ったような気がする。歴史の舞台に立ち、ややテンション上がる

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水天渕発電所記念碑である。別のところにあった発電所の建物の一部をここに移し、記念碑としたそうだ。

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いよいよ本格的に庭園が始まる。

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桜島が見える。何でも桜島を築山に、鹿児島湾を池に見立てているそうだ。

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けったいな灯篭があった。鶴灯篭というらしい。何でもガスを使って灯を灯したそうで、本邦初のガス灯なのである。

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奥に進むと、石の壁に囲まれた狭い通路が続いていた。

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発電用ダム跡とある。水力発電を行っていたようだ。

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かなり広い庭園である。まだ見落としてそうだが、そろそろ散策を終える。

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最後に、中に入ってないが、尚古集成館を一枚。中は薩摩の近代化事業に関する資料館である。

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このあと、天文館で白熊を食し、

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福岡の黒木町でうなぎを食い、この旅を終えた。

おしまい

2011年5月16日 (月)

鹿児島珍道中(その9:枚聞神社)

枚聞神社は指宿市にある、薩摩国一宮の神社である。読み方は「ひらききじんじゃ」という。まいききではない。大阪周辺の人ならば枚方に何となく似ているので、受け入れやすいのではなかろうか?

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一宮という割にはこじんまりしている。しかし、何となくいい雰囲気である。

主祭神は「オオヒルメノムチ」である。漢字にするとやたら難しいので、ここでは避けるが、何のことはない、「天照大神」の別名なのである。

注)オオヒルメノムチとアマテラスは別の神であるという説もある。

ところで、薩摩国一宮は実は、もう一つある。川内の新田神社である。鎌倉時代以降、両社はライバル関係で一宮を巡って激しい争いをしていたそうだ。戦国までは島津の庇護の下、隆盛を極めたようだが、江戸時代で逆転し、明治時代には新田神社のほうが格上にされてしまうという悲しい過去がある。

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もうすぐ、この旅も終わりである。最後までの無事を祈り、神社を後にした。

2011年5月13日 (金)

鹿児島珍道中(その8:西大山駅)

西大山駅はJR指宿枕崎線の駅である。

嘉例川駅のようにとってもレトロな駅舎があるわけではない。

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ご覧のように無人駅だ。

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この何の変哲もない、無人駅が何故有名か?

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そう!JR日本最南端の駅なのである。

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駅の周りは本当に何もない。おかげで、開聞岳が一望できる。

特に見所がある訳ではない。ここは来ることに意義がある駅なのである。

そして、一度くれば、どうでもいい。

ところで、かつては日本最南端の駅だったのだが、今は沖縄にモノレールがあるため、日本最南端の座は赤嶺駅に譲っている。

折角なので、じゅんちゃんが最南端で舞を踊った。

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踊る○○に、撮る○○~

2011年5月11日 (水)

鹿児島珍道中(その7:長崎鼻)

薩摩半島を南下する。

長崎鼻は薩摩半島最南端の岬である。

手前に駐車場があり、そこからは徒歩である。

てくてくと歩いていくと、寂れた神社が現れた。

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この総コンクリート造りのちゃちー神社は竜宮神社という。

何でもこの長崎鼻から浦島太郎が竜宮に旅立ったという言い伝えがあるそうだ。

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とりあえず、お参りせな。僕ちんの乙姫はいずこ?

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いよいよ長崎鼻はすぐそこである。

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おお!開聞岳が一望できる。雄大だ。

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灯台目指して、歩く。

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灯台まできた。

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灯台の先も磯が続いている。せっかくだから先端まで行くか・・・

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う~ん、ダイナミック!

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ほな帰ろ。。。

2011年5月 9日 (月)

鹿児島珍道中(その6:指宿白水館)

今夜の宿は、指宿で有名な白水館だ。なかなかリッチな気分にさせてくれる旅館だが、今回はその中でも離宮と呼ばれるエリアに泊まることが出来た。これも手配したJINのおかげである。

ロビーに入ると、数人の仲居さんが待ち構えていた。一瞬で選別作業を終えた彼は、一人の仲居さんのもとへ、進んだ。私とじゅんちゃん的には、かなりの美人さんだ。Good job!である。

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部屋に案内される前に、ウェルカム抹茶がでた。このときお茶菓子として、白水館オリジナルのかるかんがでたが、とっても美味かった。以後、こんな美味いかるかんは食ったことがない。

やがて、部屋に案内された。

エレベータを降りる。何か違和感を感じる。

その違和感の正体は、部屋に入るときに発覚した。なんと、自動扉だったのである。あまりのことに、びびる。

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どえらいきれいな部屋ですやん!寝るときは、和室で布団とベッドの2組分かれるとのこと。ベッド嫌いの私と腰痛のJINが布団に決定した。

仲居さんに部屋の説明を一通りしてもらった後、お茶を入れてもらい、一息入れる。通常、この後、風呂に入って飯という流れだと思うが、このときは違った。

仲居さんが一時的に部屋を出た際、じゅんちゃんが「仲居さんと一緒に写真を撮りたい。」とつぶやいた。

激しく同意する私・・・

そのとき、まきが、、、

「俺に任せろ!」

漢(おとこ)である。

仲居さんが部屋に戻ってくると、まきの秘伝の話術が炸裂した。

世間話から、あれよ、あれよと写真の同意をとってしまった。。。

じゅんちゃんと私は至福の時間を味わった。。。

そして、まきの話術は伝説となった。なんと、2時間くらいもの間、仲居さんを引き止めることに成功したのだ。なんでもこの仲居さん、もうすぐ旅館をやめるらしく、今を楽しんでいるんですといったノリだった。おかげで、風呂に入る時間がなくなり、そのまま、仲居さんと一緒にご飯の会場に行った。

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さあ、飯である。

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かんぱ~い!

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うまうま・・・

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飯のあとは風呂じゃ~

風呂までには、薩摩焼のギャラリーがある。

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美しい!

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素敵やん!

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西郷ど~ん!   

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こりゃ、酒屋か・・・

見所いっぱいのエリアを抜け、大浴場に着いた。大浴場は本当にでかかった。そして、思わずはしゃいでしまう造りだった。HP等で元禄風呂を見てくだちい。

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風呂のあと、涼みに外に出ると、プールがあった。ちょっと入りたかったが、大人の事情でやめた。

こうして、狂喜の夜は更けていった。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

翌朝、指宿名物の砂風呂が、この旅館で楽しめるということなので、行ってみた。

・・・暑苦しいわ!

実は私、砂風呂苦手なのである。

ま、とにかくすっかり温まり、部屋に戻る。

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う~ん、いい景色だ!

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ふと、隣を見ると、エマニエル夫人のようにあられもない姿で歯を磨く者がいた。

こうして、白水館をあとにする。

ロビーでは、昨日の仲居さんが待っていた。当然、旅館の記念撮影をして、仲居さんと別れた。そして、ロマンスはなかった。

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