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伝説の旅ベスト5

  • 第五位:第一次九州遠征(2号線の旅)
    1999年3月に国道2号線を使って、神戸から北九州まで旅をした伝説。帰りはフェリーで松山に上陸し、四国を横断して帰ってきた。
  • 第四位:ハワイのんびり旅行
    2005年12月。ホノルルマラソンに出走。人生を変えた旅。
  • 第三位:英国旅行
    飯は不味いが、とにかくお洒落な街と大英博物館、ストーンヘンジ、カンタベリー最高!
  • 第二位:中欧旅行
    ベルリン、プラハ、ブタペスト、ウィーン、ヴェネチア、アムステルダムと6カ国の都市を主に列車で巡った。飯が美味かった。
  • 第一位:北部インドの旅
    2007年2月。とにかくカルチャーショックの連続だった。

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2011年2月

2011年2月28日 (月)

長崎ぶらり(その2:日本二十六聖人記念館)

孔子廟を見学し終えた私は、長崎駅周辺を散策したことがないことに気がついた。意外な盲点である。早速、トラムを乗り継ぎ、長崎駅に戻ってきた。

長崎駅の西側に進む。いつもならついつい入ってしまう本だらけにも寄らず(後で寄ったが・・・)、坂道を上がる。ここいらは、西坂町というエリアだ。やがて、公園があった。その公園を奥に進むと、

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日本二十六聖人記念碑がある。日本二十六聖人というのは、豊臣秀吉によって、処刑されたキリスト教徒である。何故、キリスト教が迫害されたかという問題には、色々な見解があると思うので、言及を避けるが、悲惨な出来事である。殉教者の内訳は、日本人20名、スペイン人4名、メキシコ人1名、ポルトガル人1名である。後にカトリックにより列聖された。

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殉教者の中には、12歳の少年も含まれていた。

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この記念碑の右後方あたりには、

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殉教地を示す記念碑が立っていた。

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道路を挟んで向かいには、記念館を管理する教会がある。建築家がガウディを意識しちゃったようで、聖家族教会チックになっている。

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記念碑の裏側に記念館が建っている。折角なので、拝観した。

受付で入場料を払うと、荷物を預かってくれた。では、このカステラをよろしく。。。

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内部は、キリスト教に関する資料や、大航海時代の資料などが並んでいた。ちょうど、韓国からの団体観光客が来ていた。海外から来るほど、有名な施設なのかしら?

ヨーロッパのカトリック関係者には日本二十六聖人は有名という話を聞いたことはあるが・・・

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中庭には誰かの像が・・・

悲惨な歴史にちょいと気分が滅入ったところで、カステラを受け取り、見学を終えた。次はどこへ行こうか・・・

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あれは・・・?

2011年2月26日 (土)

長崎ぶらり(その1:長崎孔子廟)

平成23年2月某日。長崎市で会議があり、その後に時間があるので、長崎をぶらぶらしてみた。カステラをゲットした後、おそらく10年ぶりくらいになろう、孔子廟に行ってみた。

大浦天主堂下電停でトラムを降りる。大浦天主堂やグラバー園といった長崎観光の目玉とも言うべきエリアとは反対側に進み、大通りから少し中に入ると、中国チックな建物が現れる。

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孔子廟である。10年ほど前、当時大学生だった私は、毎年JIN、ぎーさん、くっぺちゃんの四人組で九州に遊びに来ていたのだが、そのうち1回の長崎観光で訪れて以来である。

長崎の孔子廟は、元々1647年に創建されたそうだ。その後、燃えたり、移転したりしたようだ。今の孔子廟は、1893年に建てられたそうだ。

早速、チケットを購入し、中に入った。

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まず儀門という名の門がある。

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その向かいには石橋があり、さらに石の門がある。すい星門というらしく、何でも鳥居の原型なのだとか・・・

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儀門の左右に、奇妙な動物が碑を背負っている石像があった。この動物は竜王の9番目の子で龍蝠というのだそうだ。背負っている碑文は孔子を讃える詩らしい。

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儀門をくぐる。

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大成殿、すなわち孔子廟の正殿である。

ちなみに大成殿を望む広場の左右には、回廊があるのだが、その軒先には、

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孔子の高弟72賢人が並ぶ。台座には一人一人名前が書いてあるが、誰一人分からん。

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回廊には、

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論語が彫られた石板が飾ってあった。

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では、大成殿を見学する。

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手前の階段の中央には龍が彫られた石板がある。

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孔子の高弟で翁仲(こうちゅう)はんと言うらしいが、全く分からない。

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げっ!?大成殿の横手にはまだまだ賢人が・・・

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右側も・・・

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大成殿に入ると、正面に早速孔子はんと思われる御仁がいた。

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なかなか厳ついな・・・

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こりゃ、麒麟かいな?

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おお!武器や!

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お偉い方々の位牌が並んでいるが、孟子しか分からん。儒教の勉強をせんといかんと思った。

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おやおや?これは湯島聖堂で見たぞ!宙吊りの器は空の状態では傾いているが、水を入れると真っ直ぐになっていく。しかし、入れすぎると、器がひっくり返って空になるという。何事もやり過ぎはあきまへんという、説教道具だ。

やってみよう・・・

柄杓で水を入れる。

おお!?まっすぐになってきた。

柄杓で水を入れる。

おお!ひっくり返った!!(゚ロ゚屮)屮

ああ、勉強になった

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大成殿の裏手には近代的なビルディングがある。これは中国歴代博物館という。北京の故宮博物院と提携しており、その収蔵品をいくつか借りて展示しているのだ。中に入ると、判子ばかりだった。その他、中国の焼き物なども展示されており、なかなか面白かった。

さて、次はどこ行こう・・・

2011年2月 6日 (日)

2011年初夢シリーズ(その2:六篠八幡神社)

平成22年1月1日。まだ元日である。叔母の家に来たついでに、近くにある六篠八幡へ詣でることにした。

神戸市北区山田町。ここは、叔母の家があることもあり、子供の頃からよく遊びに来たところでもあり、震災後2年ほど住んだ疎開先でもある。単に思い出深い土地というだけでなく、ここに住むことがなかったら、JINやぎーさん、くっぺちゃん等のさんぽ会メンバーとも出会わなかったところで、わが人生の中で非常に重要な土地なのである。

年寄りの昔話は置いておいて、、、

初詣にはおとんとおかんの家族で参った。

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参拝客がずいぶん並んでいる。こんなに人多かったっけ?

六篠八幡神社の周辺は、とっても田舎で過疎地域なのだが、近場に新興住宅地ができているので、参拝客は多いのだろう。

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六篠八幡神社は旧山田村13箇村の総鎮守である。社伝によると、平安時代中期に創建らしいが、どうも鎌倉時代くらいに創建というのが妥当らしい。確かに歴史はあるが、これだけでは単なる村の神社である。この神社、何が普通じゃないかというと、本殿の右奥に見えるのだが、神社なのに三重塔があるのだ。要するに、明治時代の廃仏毀釈を経験しつつも、三重塔を死守した、珍しい神社なのである。

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三重塔は置いておいて、参拝、参拝。。。

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なんか違和感が・・・

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参拝を終え、少し周囲を散策する。一番奥が本殿、手前が拝殿、その手前が・・・?

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なんとさっき参拝したのは、拝殿ではなかったようだ。神楽殿のようである。普通は、神楽殿がもっと手前にあって、参拝は拝殿にすると思うのだが、不思議な造りをしている。

しかも拝殿と本殿の周囲には、回廊が巻いている。この回廊と神楽殿、おとんが子供の頃はちゃんばらの舞台だったそうだ。子供は怖い。文化財なんて、お構いなしだ。

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こちらにあるのは、薬師堂である。神宮寺の名残がここにもあった。おとんの話では物置だそうだ。

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いよいよ三重塔である。

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この三重塔、室町時代のものである。屋根が反り返って、かなり格好がいい。国の重要文化財である。

実は、六篠八幡神社、ちょっと怖い話がある。かつて、境内に生えていた松だったと思うが、木を切り、薪にしたそうな。それを村人で分けて使ったところ、村人の大多数が原因不明の病気になったそうだ。それで、八幡さんの祟りだということになったらしい。もっともおとんの家族には、被害なしだったそうだ。おとん曰く、「あまりに貧乏で八幡さんも勘弁してくらたんちゃうか?」

その他にも人魂の目撃談もある。おとんが子供の頃、この神社は神主が不在になった。村人の話では八幡さんの祟りにびびって逃げたというのだが・・・

一番聞いて恐ろしかったのが、

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三重塔の扉が風もないのに勝手に開くということだ。おとんが友達と遊んでいると、ギギーと定期的に開いていたそうな。あまりにも頻繁に開くので、特に怖いとかはなかったそうだが、よっぽどインパクトがあったのか、おとんの兄弟が一同にそろうとき、この話が必ずといっていいほど出てくる。みな同じ証言をしているのだ。この扉、閉まっているときに開けようとしても、びくともしないらしい。

ちなみに扉が開いているときに、おとんは中に入ったことがあるそうだ。中には仏像が並んでいるんだそうだ。

ちょっと怖い話も、最近はまったく怪談を聞かない。八幡さんのお怒りも鎮まったのだろうか。

こんな話をしてしまったが、歴史的に素晴らしい神社である。とくに造りは面白い。

参拝を済ました後、叔母の家に行き、私のお土産の豊前海一粒かきを皆で食い、元日が終わった。

2011年2月 4日 (金)

2011年初夢シリーズ(その1:廣田神社Ⅱ)

平成23年1月1日。例年通り、行く年来る年で今年はどこの寺が紹介されているか見届けると、恒例の初詣に出かけることになった。

一緒に行く仲間は、くっぺちゃんとJIN(よく嫁の許可が出るものだ)とぎーさんが一緒だ。ぎーさんは家族と一緒に新年を祝うことに重点を置いているので、一緒に初詣に行くなんて珍しい。

さて、場所であるが、昨年度と一緒の廣田神社になった。前回も書いたが、廣田神社は明神大社にして、二十二社、旧官幣大社ととんでもなく格式の高い神社である。

しかし、

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昨年と同様に人気がない。

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まあ、こちらとしてはじっくり参拝できるので、大変結構なのだが、これでいいのか?

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おお!今年も焚き火がある。

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暖か~い

昨年は確か水場に氷が張るほど寒かったが、今年はそんなに寒くない。今年の正月は暖かいなあ。。。と思ってたら、福岡は極寒だったそうだ。私がいない間に、、、気の毒にと思いつつも、そんなときにいなくてラッキーとほくそ笑んだ。

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ほなお参りしましょ。今年こそはいいことありそうだ

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今年も奉納しているな、虎さんは。。。

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本殿脇の摂末社群もライトアップされて美しい。

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こちらの摂社伊和志豆神社はなんと式内社なのである。摂社でも式内社とはつくづくすごい神社である。これに気付いたのはぎーさんであった。さすがである。

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お神酒を配ってたので、ドライバーのくっぺちゃんには悪いが、いただいた。おめでとうございますだ。

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いよいよ~、恒例のおみくじ対決!

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う~ん、吉か~。微妙やなあ。。。

じゃじゃじゃ~、みんな一斉に見せるぞ!

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私「吉」

ぎーさん「吉」

くっぺちゃん「吉」

JINさん「吉」

・・・・・・・・・・全員吉?

どんだけ仲ええねん!

こうして、深夜の詣でが終わった。

2011年2月 3日 (木)

石切さん後編

石切神社の参道には、とっても不思議な商店街がある。何と言っていいかわからないが、とにかく独特だ。あまり関わりたくない雰囲気がある。特に石切大天狗とか書いてあるところは、とんでもないワンダーゾーンだ。あいにくお休みのようで中には入れなかったが、とにかく気色悪い雰囲気が漂っていた。

しばらく歩くと、不動明王が祀られていた。

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おお!水かけ不動さんだ。

不動明王から少し歩くと、いったん途切れ、再び商店街が始まる。

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この鳥居のすぐ近くには、

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石切大仏がある。日本で三番目らしいが、何が三番目なのやら・・・?

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道を歩いていると、右側に千手寺なる寺があるらしい。

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ちょいと寄ってみるか・・・

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終了。

役小角が開いたとかで、大層歴史のある寺らしいが、小さかった。本尊の千手観音は南北朝時代のものだとかで、貴重な文化財であるが、見れなかった。頼めば見れるのかしら・・・?そこまで興味がなかったので、あっさり引き下がる。

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元の参道に戻る。小屋の中には怪しげな牛?が・・・

献牛祭とかいうお祭りで使うものらしい。でかい牛の顔に車輪がついたものだ。

しばらく歩くと、近鉄石切駅についた。看板で上社の存在を知る。それは行かなければ・・・!

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なんだかありがたそうなものを発見!爪切地蔵尊である。なんでも弘法大師が一夜で爪で彫り上げたという・・・

またか!弘法大師さま!

筆を投げたら字が浮かび上がったり、両手両足に筆を持ち、ジャンプしている間に四肢で字を書き上げたり、とにかくすごいお方だ。さすが、スーパースター

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いよいよ上之社である。

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なんか変なものが見えるぞ!

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これか!?

石切夢観音。甘美な響きがする。是非見学したかったが、お休みなのか、門扉は固く閉ざされていた。

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この上が上之社である。

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上之社である。その創建は下社より古い。しかし、明治時代に下社に合祀されてしまった。記念碑だけが残っていたが、昭和47年に上之社として再興したそうな。

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拝殿の裏に本殿が見える。

さて、もう少しぶらぶらして帰りますか・・・

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滝があるらしい。

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これっ!?

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あまりのスケールの小ささにすっかり意表をつかれたが、水はきれいそうだ。

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何じゃこりゃ?

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おお!こんなところにも小亀ちゃん

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他にも摂社あり。

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なんか不思議な建物が・・・

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登美霊社という、れっきとした神社である。三炊屋媛(登美夜毘売)を祭神としている。かつて河内と大和を納めていた登美一族の先祖らしい。奈良の登美が丘は登美一族と関係あるのかしら?

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中はなんとなく古代の竪穴住居のようだった。

こうして、石切を後にした。帰りは、近鉄で帰り、せっかくだから日本橋など行ってみたが、まあそれはここでは省く。

おしまい。

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