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    飯は不味いが、とにかくお洒落な街と大英博物館、ストーンヘンジ、カンタベリー最高!
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    2007年2月。とにかくカルチャーショックの連続だった。

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2010年5月

2010年5月30日 (日)

中欧旅行記(その28:とあるワインバーにて・・・)

折角だからトカイワインを堪能したいというJINの希望により、一杯引っ掛けることにした。ま、アルコールの得意じゃない私でも多少興味はあるのである。

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地下鉄を乗り、やってきたのは、トカイ・ボロズという店である。

扉を開けると店が地下にある。それもそのはず、地下ワイン貯蔵庫を改造したという。トカイワインの専門店ということで、期待大である。おっかなびっくりメニューを見る。

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意味が分からん・・・(;;;´Д`)

大層困りながら、JINが注文してみる。

店員さん:????

全く通じない

諦めるか・・・、そんなムードが漂う。

店員さんが何かよく分からないことを言いながら、店の奥に消えた。

しまった!切れられたか!?

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

暫くすると、店員さんが日本人を連れてきた。

店員さんが気を利かせて、言葉の通じるお客さんを連れてきてくれたのだ。

日本人のお客さんが、代わりに注文してくれた。しかも、奥で一緒に飲みましょうと誘ってくれた。ありがたい話だ。

この日本人のお客さん(名前を聞くのを忘れた。なんとなく田中康夫氏に似ていたので、以下ヤスオさんという。)は、なんでも旅行業界のブダペスト駐在員の人らしい。現地語ぺらぺらなので、尊敬を覚える。

ヤスオさんは、地元のおじさんと飲んでいた。おじさんの名前は、ナンドレさんという。これからヤスオさんが通訳をしながら、四人で会話を楽しむことが出来た。

ナンドレさん:ブダペストには何日いるんだい?

JIN:今朝着いて、もうすぐ旅立ちます。

(ナンドレさんは呆れ顔)

ナンドレさん:それは残念だ。ブダペストはいいところだから、また来なさい。そして、今度は泊まっていきなさい。

う~ん、なんか心に響く言葉ですな。なんとも嬉しい気持ちになる。帰国後、JINと私の二人のブダペストの評価が妙に高かったのは、こういうところにあるのだろう。このナンドレさん以外も、本当に親切な人ばかりの印象がある。まー、今回はオースチ以外はいい人ばかりだった気がする。。。

しばらく談笑し、別れのときが来た。

ヤスオさん:私とナンドレさんは、あと数年は、変わらずここで飲んでます。ブダペストに来たときは、ここに来てください。また、一緒に飲みましょう!

JIN&私:是非、飲みましょう!

実に楽しい一時であった。ヤスオさんの名前を聞くのを忘れたのが、心残りであるが・・・

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♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

ところで、トカイワインの評価ですが、

びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛ ←私の中で最上級の賛辞

すっきりとして甘さが口の中で爽やかであった。

2010年5月28日 (金)

中欧旅行記(その27:英雄広場)

国立歌劇場付近でバスを降りると、しばし街を散策した。ハンガリーの磁器ショップ、ヘレンドを物色したが、あまりの高価にJINと二人意気消沈した。もう少し安ければ、買ったのに・・・

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そして、地下鉄に乗る。

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改札機である。ここで刻印を押さなければ、キセルで厳しく罰金をとられるらしい。今回旅した街は基本的にこのタイプばかりだ。日本のような改札が珍しいのか?

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乗り換え・・・

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文字通り、吊革だ。

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電車を降りる。

地上に上がると、市民公園で、セーチェニ温泉の近くだった。

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ブダペストは温泉で名高い街である。セーチェニ温泉は温泉としては、ヨーロッパ最大の建物ということだ。身体も冷えているし、かなり疲れているので、是非入りたかったが、時間の都合上、諦めた。

市民公園付近をうろつく。

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スケートやってた。

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英雄広場が見えてきた。

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英雄広場は建国1,000年を記念して、1896年に造られた広場である。その名の通り、英雄たちの銅像が立ち並ぶ。

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ポールの上に立っているのは、大天使ガブリエルである。イシュトバーンを王と認めるよう、ローマ教皇に告げたという。足元の騎馬隊は、建国の父アールパードとその仲間たち(部族長)である。

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左右の半円形の列中には、14体の英雄像が並ぶ。イシュトバーンやコシュートなど年代が異なる様々な英雄たちがラインナップされているのだ。

なお、近くには、

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西洋美術館と、

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現代美術館がある。

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さて、あの王宮の丘に夜景を見に行くか・・・

その前に一杯引っ掛けますか

2010年5月26日 (水)

中欧旅行記(その26:王宮)

そろそろ昼食の時間である。適当にレストランに入ることにした。

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ハンガリーと言えば、ワイン!トカイワインがなければ始まらない。なんか今回、飲んでばかりいるような・・・

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そして、グヤーシュを注文した。ドイツやオーストリアではグーラシュと呼ばれ、ビーフシチューみたいになっているが、ハンガリーのものはパプリカパウダー入りのコンソメスープである。

まずはワインで乾杯する。うむ美味である。

そして、グヤーシュ・・・。

美味い相当美味い

あまりの美味さにパンがよくすすむ。基本、コンソメスープであるが、パプリカパウダーの塩梅が実に素晴らしい。この美味さが忘れられず、この後、パプリカパウダーをお土産に買って帰ることになる。

たまにグヤーシュモドキ(肉なし)を作るが、適当に作ってもかなり美味い。パプリカパウダーは素晴らしい。ちなみにJINも同じものを購入したが、もうすでに使い切ったようだ。。。恐るべし自称料理の鉄人・・・

すっかり堪能して、レストランを後にする。

王宮に向かって歩く。

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下手なバイオリニストの演奏を無視し(JINは酷評していたが・・・)、歩く。

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元々、この地に城が建てられたのは、13世紀の蒙古襲来後である。よっぽどモンゴル軍が怖かったのだろう、当時の王、ベーラ四世はかなり徹底して要塞を築いたようだ。

その後、改築、破壊、再建を繰り返した。現在のものは、1950年と新しい。

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なにやら面白げな像が・・・

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見晴らしのいい所にきた。くさび橋やら国会議事堂が実に美しく見えた。

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JINにより、橋の夜景観測スポットに認定された。夜にまた来なければ・・・

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別の方角を見ると、密かに巨大な像が・・・

聖ゲッレールト像ではないかと思われる。

聖ゲッレールトはハンガリーにキリスト教を伝道した聖人で、反対勢力によりワイン樽に生きたまま詰められ、この丘からドナウ川に投げっぱなされるという、凄まじい死に方をしている。丘の名も聖人にちなんで、ゲッレールトの丘である。

そろそろ麓に戻るために移動する。

鳥の像があった。   

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ハンガリーの基礎、アールパード朝の初代君主アールパードを生んだとする伝説の鳥トゥルルである。てっきり鳥から王様が生まれたのかと思いきや、おかんが身ごもったときに夢の中で「アールパード身籠ったで!」と告げたようだ。

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これは何か分からんが、気になったので撮ってみた。

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丘から麓まではケーブルカーで一直線だ。

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しかしながら、やっぱりバスに乗って麓に下りる二人。。。

2010年5月24日 (月)

中欧旅行記(その25:漁夫の砦)

バスを適当なところで降りた。王宮の丘である。

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この妙な塔は、三位一体像である。18世紀にペストの終息を記念して造られたペスト記念柱である。ヨーロッパのいたるところにペスト記念柱があるが、何故、ペスト=三位一体なのか、、、わからん!とにかくごちゃごちゃした柱だった。

三位一体像のある広場を三位一体広場と言う。

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三位一体広場に面して、マーチャーシュ教会がある。あいにく工事中でネットを張ってあった。

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マーチャーシュ教会の奥に、漁夫の砦がある。

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おう!鷹だ。大道芸人とは目を合わせてはいけない。

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聖イシュトバーン像が出迎えてくれる。

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凛々しいですな。

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漁夫の砦は、1896年の建国千年を記念して、造られた。完成は1902年である。王宮の防備のためと言うよりは、記念碑的な意味合いが強いようだ。

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かつてここに漁師の組合があったことから、その名がある。そして、この砦の醍醐味は、白のとんがり屋根である。

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なんだこの階段は?

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とくに何も無かった。

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それにしてもよい眺めだ。あれは国会議事堂か・・・

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こちらには聖イシュバーン大聖堂である。

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怪しげな像発見!

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こちらにも・・・

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あれ?これ以上、見れないようだ。ここは雪がたくさん積もっているな。。。

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雪だ~(◎´∀`)ノ

これこれ、JINよ。私の名前をむやみに雪に書くでない!個人情報やぞい!

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階段を上り、砦の上を散策する。

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おう!イシュトバーンはんがこんなに近くに・・・

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砦の上から見る景色も抜群だ。

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くさり橋が見えた。

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こちらは工事中のマーチャーシュ教会である。

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いつまでもここに居たいほど心地よいが、そろそろ行かねば・・・

まだまだいくとこともあるし、さっき、おば様がたくさん乗ったバスが王宮の丘を登っていくのが見えたし・・・

さて、飯でも食いますかね。。。

2010年5月20日 (木)

中欧旅行記(その24:くさり橋)

国会議事堂前からふらりとトラムに乗った。

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降りてすぐに前に見えるのは、

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くさり橋である。

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ブダペストはドナウ川を挟んで西側のブダ地区、東側のペスト地区が合わさってつけられた名前である。まあ、喜連瓜破みたいなものだ。今立っているのが、ペスト地区なので、このくさり橋を渡ればブダ地区ということになる。

くさり橋は1849年に開通した橋で、全長375mもある。ちなみに第二次世界大戦でぶっ壊れたので、現在のものは、再建である。

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くさり橋の袂にあるライオンの像は、舌がない。建設当時、これを町民がからかったため、ブロークンハートな彫刻家が、自身のあまりの強さに闘う相手がいないことを嘆いた喧嘩マンのようにドナウ川に投身自殺した(奴はテムズ川だが)というデマがある。実際は、舌が見えないだけであり、彫刻家も投身自殺などしていない。

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とくと見よ!この勇姿を!

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ドナウ川~流れる岸部~

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おやっ?

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あれは国会議事堂ではござらぬか?

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対岸に見えるのは王宮である。

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カイツブリ?

青葉城恋唄をBGMにドナウ川を流れていく岸部シローをJINと二人で想像しながら、歩いていると、向こう岸に着いた。

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ブダ地区である。

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ご覧のように王宮は丘の上にある。普通にしんどいので、

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バスに乗った。このバス、非常に凶暴に坂道を突っ走る。座席に座ろうとしたときを急発進に襲われ、見事に吹っ飛び奇跡の一回転(頭打たず)をバスの乗客に披露して、疲労したことをここに記す。ちなみにJINも客もひいていた。

2010年5月17日 (月)

中欧旅行記(その23:国会議事堂)

聖イシュトバーン大聖堂から次の目的地、国会議事堂へ歩いていると、旧郵便貯金局が現れた。

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この変わった建物は、世紀末建築と呼ばれ、レヒネルという建築家によるものだ。この親父相当変わっている。当時、あまりに前衛的過ぎたため、大変不評だったとか・・・。やたら屋根に凝っているが、地上からはほとんど見えない。レヒネル曰く、「鳥が見る・・・」ということだ。 馬鹿と天才は紙一重という言葉を思い出した。

しばらく歩くと、自由広場に出た。

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開放記念碑である。第二次世界大戦時にナチスの占領下だったブダペストがソ連軍によって解放されたことを記念している。共産主義時代の遺物だ。

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いよいよ国会議事堂である。

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国会議事堂の斜め前あたりには、ナジ・イムレ像がある。ハンガリー動乱時の首相で、ソ連軍の侵攻により捕らえられ、処刑された人物である。1989年に名誉回復されている。

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議事堂の北側には、コシュートの銅像がある。19世紀に活躍した革命家である。

さて、国会議事堂の見学にはツアーに参加する必要がある。

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入り口らしくところに行くと、ニコラス・ケイジ似の男がニヒルに立っていた。ツアーに参加したい旨伝えると、いったん中に入って、チケットを買って来いという。

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ニコラスに促され、チケット売り場にてチケットを購入した。ツアー開始まで数分あるが、また外に出された。ここで待てとニコラスは言う。

しばし待つと、ツアーガイドがやって来て、ツアー開始となった。

厳重なセキュリティチェックの後、いよいよ内部を見学だ。

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おや?ニコラスもついて来た。我々一向が妙なことをしないか見張っているのだろう。。。

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まずはこの豪華絢爛な大階段である。この前でガイドの説明を聞くが、よくわからん。英語の説明はムズい・・・。JINはうんうん肯いているが、意味わかってるんかいな?

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階段を上る。

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階段を上り、後ろを振り返る。なんかすごいぞ!

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天井のフレスコ画も美しい。

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さて、国会議事堂であるが、1885年に着工し、1904年に完成と、19年の歳月をかけて造られた力作である。全長268m、幅123m、高さ96mという巨大建築物である。中でも高さ96mは聖イシュトバーン大聖堂と並び、ブダペスト一の高さである。

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国会議事堂の目玉、聖イシュトバーンの王冠があるフロアに通された。歴代ハンガリー王が戴冠してきた王冠で、聖なる象徴とされている。ハンガリー王は逆に言えば、戴冠しなければ、王とは認められないらしい。聖なる王冠だけに警備も厳重だ。

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王冠の上についている十字架が傾いている。これは、非常に宗教的な意味合いを感じさせる。しかし真相は、17世紀に箱にしまうのに、ちゃんと入っていないのに、蓋を無理矢理閉めたせいだとか・・・。

あれっ?聖なる王冠って、とても大切なものなのでは・・・?

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このフロアは天井もなかなか素晴らしいものだ。

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柱には数々の親父たちが・・・

運よく、衛兵の交代式を見ることができた。この式は、ちょうどこの時間のツアーしか見れないらしい。

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ズッタカターと衛兵の隊長らしき人物が入場した。なにやらぶつぶつ台詞を言っている。

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全員王冠の方を向いて、抜刀した。

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刀を胸の前に立てる(隊長のぶつぶつ台詞付き)。

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全員後ろを向く。

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退場!ズッタカターズッタカター

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?あれっ?

交代要員は?

このまま一般人だらけのところに王冠放置していっていいの?

う~む、傾いた十字架といい、大事にしているのかしていないのかよくわからん。

聖イシュトバーンの王冠にどっかの白人親父と並んで、しげしげと見ていると、ニコラスに早よ、行けと目で促された。ニヒルな男だ。

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今までに比べるとこじんまりな部屋に通された。

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柱には何やら薄気味悪い人形。

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いい仕事してますね~。

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天井絵が美しい。

一通り見て廻ると、次に移動した。

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暗幕を抜けると、

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議場に出た。

そもそも国内の国会見学をしたことがない私は、この議場を見たとき、小さいと思った。JINに聞くと、日本のものはこれより少し大きいくらいじゃないかと言うことだ。テレビなんかで見ると、広く見えるが、意外と小さいものなんですな。

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なんかすごい天井だ。

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議長席の両サイドの絵も意味深だ。

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机の上にはボタンが並ぶ。投票は電子化されており、ボタンを押すだけらしい。

美しい議場に見とれていると、次に行くと指示が来た。もうちょっと見たかった。

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議場前廊下の窓際に、葉巻置きが設置されていた。議事前の休憩中に煙草を飲み、議事が始まると、吸いかけの煙草をここに置く。番号さえ覚えていれば、議事が終わった後に、再び吸えるということになる。

ガイド:でも、長引くと吸えないんだよ~(笑)

という、ハンガリージョークが出たとこで、国会見学を終えた。

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出口は入口と同じである。次のグループ(学生の社会化見学のようだ。)が来ていた。旅のおもひでにニコラスを撮ろうとするが、その刹那、ニコラスが動くので、激しくぶれた。さすが、ニコラスだ。

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やっと撮れたが、暗がりに入っており、よく見えない。

アスレチックスのチック君なみのガードの固さだ。

こうして国会を出た。

ニコラスありがとう!

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2010年5月12日 (水)

中欧旅行記(その22:聖イシュトバーン大聖堂)

聖イシュトバーン大聖堂にやってきた。

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国会議事堂と並んで、ブダペストの二大観光スポットである。高さは国会議事堂と並んで、96mとブダペスト一の高さを誇る。1851年に着工し、実に54年の歳月をかけて、1905年に完成している。何故こんなに長くかかったというと、途中でクーポラが倒壊したからだ。

聖イシュトバーン大聖堂の名は、ハンガリーのキリスト教化に尽力し、列聖された初代ハンガリー国王イシュトヴァーン1世にちなんでいる。

早速中に入る。

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なかなか美しい。

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これが一度は倒壊したクーポラか・・・

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しばらく内部を散策する。素晴らしい教会だが、私が是非見たいと思っていたものがない。どこかいな・・・?

懸命に探すと、祭壇裏に続く怪しげな道を発見した。ここに違いない。

奥に空間が広がっていた。

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イシュトバーン礼拝堂である。この黄金の聖遺物箱に入っているのは、、、

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イシュトヴァーン1世の右手である。すっかりミイラ化している。そういやローマでもザビエルの手のミイラみたなあ。。。

ジェズ教会

この聖遺物箱の前には、係りの人が立っていた。係りの人が「ここにコインを入れると、見れるよ。」と言う。見ると、コイン入れが・・・。入れてみると、きれいくっきり見えた。その結果が上の写真だ。

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めっさグーに握ってますな。

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逆方向は切断面となるが、ご覧の通り、金のカバーが装着され、グロさが分からないようになっている。

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どうやらかつて、レントゲンとか撮って、めがっさ調査したようだ。

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手のミイラに興奮を覚えつつ、聖イシュトバーン大聖堂を後にした。

2010年5月10日 (月)

中欧旅行記(その21:ニューヨーク・カーヴェーハーズ)

ブダペストに着いた。国際列車が発着するのは、東駅と西駅があるが、ここは東駅である。

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乗ってきた列車と記念撮影すると、警笛が鳴った。

思わずびびる私。。。改札のおじさんは爆笑・・・

とりあえず、街歩きの前に荷物を預けることにした。東駅の荷物預かり所は、改札内にある。分かりにくいので、駅員に聞くとすぐ見つかった。

扉を開けると、やたら薄暗い。やがて、怪しげな親父が現れた。何となく不気味である。いざ預けようとすると、ユーロとチョココルネチェココルナしかもっていないことに気づいた。JINが急遽、ハンガリーの通貨フォリントに両替しに行くことになった。親父が訝しげにしていたが、JINが事情を説明し、一応納得した。私は預かり所に留まった。

う~ん、別に堂ということはないのだが、人質になった気分だ。それもこのやたら薄暗い空間と怪しげな親父のせいだ。親父は無表情だ。もっと笑えよ・・・

やがて、JINが帰還した。やっと荷物を預け、ブダペスト編スタートだ。

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東駅を出ると、すぐに一日共通乗車券を駅構内のおばさんから購入し、地下鉄に乗り込む。

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プラハ・ルイザ・テールで降りる。といっても東駅から1駅だ。冷やかしのようだ。

この駅で降りた理由は、ニューヨーク・カーヴェーハーズというカフェである。19世紀末にニューヨーク保険会社のブダペスト支店だった建物にオープンしたことから、その名がある。2006年に当時のとおり修復され、リニューアルオープンした。こういった歴史的なカフェに行くのは、無類のカフェ好きJINの希望である。

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まだ、開店前だったので、開店を持ち、中に入る。

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やたらかしこまった店員さんに促され、着席する。それにしてもすごい内装だ。私のような小市民はあまりの壮麗さに萎縮し、小便ちびりそうである。JINは場慣れしているのか、平静を装っていた。

珈琲だけ貰おうかと思っていると、店員さんにブレックファーストを薦められた。朝ごはんには結構な値段だ。しかし、かなり興味がある。JINも同意見だったようだ。20世紀風と19世紀風があったが、当然、19世紀で決まりだ。

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まずは珈琲がきた。う~ん、寝台列車で疲れた身体に染み入る、美味さだ

もよおしてきたので、しばし、手洗いへ。。。

帰ってくると、すでにブレックファーストが来ていた。

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美味そうだ。

では、頂く。

○が語りかけます。美味い!美味すぎる!

私が特に気に入ったのは、ピクルスだ。私にはハンバーガーに入ってるきゅうりか何かのイメージしかなかったが、他にもパプリカなどのピクルスがある。これがなんとも美味だった。こんな美味い朝飯はなかなかありつけない。幸せな気分になった。☆みっちゅです!

JINと二人ほくほくで、カフェから出た。

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ここからトラムに乗り込む。

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トラムを降りて、しばらく散策すると、国立歌劇場が見えてきた。

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スフィンクス?

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次回は、聖イシュトヴァーン大聖堂である。

2010年5月 7日 (金)

中欧旅行記(その20:プラハ街歩き~ブダペスト)

プラハ城を出ると、

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大司教館が右手に見える。

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プラハ城の前にある広場は、フラチャニ広場といい、貴族の家などが並んでいる。

フラチャニ広場から西に進むとロレッタがある。

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ロレッタは、17世紀に建てられた聖母マリアの教会である。もう夕暮れに近いので、内部の見学は出来なかった。

ところで、このロレッタの辺りには相当雪が積もっていた。JINに雪玉をぶつけてやろうとするが、かちこちでとれない。とれてもカサカサで握っても玉にならない。日本の雪ならば、体温で溶けてべたべたになるが、溶けにくいし、とけてもスッと消えるみたいだ。まるで、雪のフリーズドライである。不思議なものだ。

ロレッタを後にし、再び歩く。

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JINが丘のほうを指差し、ぺドジーン公園の展望塔を目指そうとのたまった。

おかげで延々とだらだら坂を上るハメに・・・

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犬は元気なもんだ。JINの横をじゃれあいながら走り抜けた。微妙にびびるJIN・・・

そういや犬嫌いやったな。。。

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どんどん丘を登る。人も少なくなってきた。しかも、見事なまでのアイスバーンである。一歩間違えばすってんころりんと下界まで・・・

そうこうしていると、やっと頂上に着いた。

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展望塔である。

JIN曰く、この上から見るプラハの景色は格別とのこと。それは魅力だ!

・・・入れなかった

時間が遅すぎだようだ。展望塔の下は木が生い茂り、景色どころではない。

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がっかりである。

負け犬二人、とぼとぼと帰路につく。。。

帰りはケーブルカーで一気に降りることにした。

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しばらくすると、10代前半くらいの少年少女が乗ってきた。きゃっきゃ騒ぎまくって、相当うざかった。

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いよいよ出発した。

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思えば、ケーブルカーから見える景色がなかなかの絶景であった。ただし、そこそこのスピードで走るので、写真に撮るのは困難であった。

やがて、ケーブルカーが下に着いた。駅から降りて、少し散策する。

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遠く見えるプラハ城が美しい。

再び歩き出した。街を彷徨い歩く。

途中のスーパーにふらりと入ってみた。

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魚が売っていた。

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コイにパイクに・・・。淡水魚が多いな。上のはハクレンみたいですな。

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ソーセージの大群やー!

スーパーを出て、再び歩く。 

ヴァーツラフ広場まで出てきた。

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ヴァーツラフ広場から横に伸びる道を歩くと、ノヴォムニェストスキー・ピヴォヴァルという店に出る。今晩のディナーはこれで決まり!

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この店は、ビアホールで自家製ビールを出している。また、ボヘミア伝統料理も食えるということで、チョイスした。

早速注文する。

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これがないと話になりませんな。チェコといったらビールである。

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カフナである。鴨のオーブン焼だ。結構重いが美味かった。付け合せの黄色い物体は、クネドリーキである。もちもちしていた。味はコレといってないので、メインのソースをつけて食えというところだろう。

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スープを食すと、結構お腹一杯になった。

すっかり満足して、店を出た。

食後のお茶をしに、街を彷徨い歩く。

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市民会館までやってきた。

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夜の市民会館も乙なものだ。

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市民会館の中にオベツニー・ドゥームというカフェがある。

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中に入ると、客はほとんどなく、店員が気さくな笑顔で出迎えてくれた。

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珈琲と、

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パラチンキを頼んだ。ま、クレープみたいなものだ。

食す!美味~い!あまりの美味さにぺろっと食ってしまった。奥深いぞ!チェコ料理!

お茶をして、そろそろ頃合なので、駅に向かう。。。

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ホームに出た。 

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目的の列車が来たようだ。

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この列車でブダペストまで行く。車内泊となるので、明日の朝にはブダペストだ。

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では、さらばプラハありがとう、プラハ

中に入ると、車掌さんではないが、格車両ごとに責任者のおじさんがいる。このおじさんに部屋に案内してもらった。ここで、パスポートを預ける。ブタペストに着く前に返してくれるそうだ。部屋の鍵もつけていいそうで、おじさんも車両内に待機してくれるそうなので、前日のオースチのようないらん心配事はなくなった。

おかげで、すっかり熟睡した。JINはいつもどおり?しばらくごそごそしたようだが・・・

やがて、ブダペストに着いた。

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2010年5月 6日 (木)

中欧旅行記(その19:プラハ城Ⅱ)

聖ヴィート大聖堂を外から眺める。

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かなり美しい教会だ。

プラハ城をさらに奥に進む。

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数多くの謎の彫像が並ぶ。

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ふと何気なく上を眺めた。

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どうやら飲みすぎたようですな

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半魚人?

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聖ヴィート大聖堂を後ろから眺めた。

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こちらは聖イジー教会である。923年創建、12世紀再建と大層古い教会である。

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聖イジー教会の脇の道を進むと、白塔が見えた。

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さらに奥に進む。その先はWC・・・

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黄金の小路というエリアである。いくつもの小屋が立ち並ぶ。この小屋はかつて番兵の居住スペースだったようだ。16世紀にルドルフ2世が錬金術師を住まわせたという伝説から「黄金の小路」という名となったとも言われる。

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現在は、ほとんどがお土産屋さんなどのショップになっている。

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この水色の小屋は、かつてカフカが使用していたそうだ。西洋文学にはとんと興味がない私だが、その名くらいはそういえば聞いたことがある。

さらに進む。

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タリボルカ塔である。

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15世紀に牢獄として建てられたそうで、なにやら怪しげな雰囲気がぷんぷんする。

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塔の前にはなお一層怪しげなオブジェが・・・

そこから少し進むと東門があり、外に出る。

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なかなかの絶景が広がっている。少し街並みを眺めていると、白人男性二人組みに写真を撮るよう頼まれた。てっきりこの眼下の絶景を背景にするのかと思いきや、特に何の変哲もない木と一緒に撮れと言う。。。なんかいわくでもある木なのか?

元来た道を戻るとする。

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旧王宮の近くに来た。おそらく、ここらへんの建物の反対側の窓で、フス戦争と三十年戦争のきっかけとされる2回の「プラハ窓外放出事件」が起こったはずである。あいにく見れなかった。もう少し早い時間にプラハ城に来ていれば、ツアーに参加でき、見学することが出来たと思われる。残念だ、非常に残念だ。

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プラハ城を出た。

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