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2010年3月12日 (金)

中欧旅行記(その3:ブランデンブルグ門)

ブランデンブルグ門が見えてきた。

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ブランデンブルグ門というと、ベルリンの壁崩壊の際、何度も放映されたことが印象に残っている。

ベルリンは元々城壁に囲まれた都市であった。その唯一の名残がこのブランデンブルグ門である。第二次世界大戦後、ベルリンの壁がこの城壁の前に築かれたため、壁崩壊まで行き止まりとなっていた。東ドイツ政府の「旅行自由化」誤発表に始まる、ベルリンの壁崩壊は、リアルタイムで見ていたが、非常に興奮したのを覚えている。

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こちらは西ベルリン側である。

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ふと見ると、連邦議会議事堂が見えた。後で見学しよう。。。

西側で記念写真を撮ろうとし、ドイツ人紳士に声をかけた。仏頂面をしていたが、いざお願いすると、快く応じてくれた。ドイツ人って、ツンデレ?

壁崩壊は東ベルリンの人が主に西側に行ったが、我々は、西から東に入る。

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門の内壁には、様々なレリーフが。。。

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東に入った。

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門の上にある像は、四頭立ての馬車(クアトリガ)に乗った勝利の女神ヴィクトリアである。

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門の前には奇声を発するおばさんがいたが、無視した。こちら側でも記念撮影をと考え、陽気そうなオヤジに声をかけて撮ってもらった。おそらくアメリカ人と思われる。

なんとなく国民気質ってでるもんかもしれない。アメリカ人=陽気、イギリス人=誠実、ドイツ人=ツンデレという気がする。

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門の近くに奇妙なオブジェが・・・。のっぺらぼう?

さて、ブランデンブルグ門も堪能したので、連邦議会議事堂へ行くことにする。

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行く途中で、こんなオヤジがいた。

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こんな鳥がごみを漁っていた。烏?

次回は、連邦議会議事堂である。

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