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2009年8月20日 (木)

長崎珍道中(その10:崇福寺)

オランダ坂を歩く。

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実に長崎らしい坂である。石畳といえば、ローマを思い出すJINと私だった。ローマでは、硬い道路により腰が痛くなったものだ。

そのまま思案橋までやってきた。昼食をとることにする。

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思案橋ラーメンで性懲りも無くちゃんぽんを摂取することになった。

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「ばくだんちゃんぽん」とやらを食す。ニンニクびたびたというえげつないちゃんぽんだ。明日の口臭を気にしなければ、実に美味い。ただ、お腹がにんにくの大量摂取に悲鳴を上げ気味であった。

昼食後、崇福寺にやってきた。

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このお寺は、山号を聖寿山といい、黄檗宗のお寺である。黄檗宗といえば、総本山は萬福寺である。黄檗宗は、隠元隆琦により日本に伝えられた中国風味溢れる仏教である。もっとも、この崇福寺は三代目の住職が隠元なのであるが、その以前から唐風の寺だったようだ。

すっかり中華チックな三門をくぐると、階段があった。

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崇福寺は、1629年に長崎在留の中国人(福州)が超然を迎えて開いた寺である。中国人のためのお寺だったため、このようにすっかり中華なのだ。

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第一峰門をくぐる。ちなみに、この何気ない門は国宝である。

大雄宝殿がある。

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大雄宝殿の手前には護法堂がある。このお堂は三つに分かれている。

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関帝堂である。

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観音堂である。

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天王堂である。

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大雄宝殿を正面から眺める。実に勇壮である。さすが国宝である。

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本尊は釈迦如来である。

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本尊の周りには、圧巻の十八羅漢が・・・

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護法堂の隣には鐘鼓楼がある。

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大釜である。飢饉の際、炊き出しに使ったらしい。

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媽姐門をくぐる。

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媽姐堂である。

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どうもすいません!

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なんですくわぁ?

続いて、開山堂である。

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何のための建物だろうと、中に入ると、階段があった。上に上がると、数多くの位牌が・・・

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ご覧のように、海外に来たような錯覚を覚える寺である。実に面白かった。      

   

     

      

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