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2009年7月29日 (水)

長崎珍道中(その4:軍艦島Ⅲ)

船に戻るため、ドルフィン桟橋に向かう。

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ドルフィン桟橋からはかつて地下通路があり、地下通路を通り、第3見学広場から見えた30号アパートまで、直接行けたらしい。

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これがトンネル跡のようだ。ドルフィン桟橋からアパートまでの間には、炭鉱の施設が多くあったため、作業の邪魔にならないよう、また危険が無いようという配慮からトンネルが掘られたようだ。

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船に乗り込む。出港のため、ぐりぐりに縛り付けたロープを外す。

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ふと山の上を眺めると、祠があった。端島神社である。

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出港である。

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ところで、端島の大部分は造成されたものである。もともとの島は、神社のあたりから貯水槽のあたりまでである。

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島の反対側に廻る。

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この反対側の姿が、戦艦「土佐」に似ているらしい。

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各アパートは、このように渡り廊下で結ばれている。この結果、雨の日でも傘を差さずに移動でき、学生は傘なし登校が可能だったようだ。

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軍艦島から離れていく。

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ところで、軍艦島には火葬場がない。お亡くなりになった方は隣の中の島で火葬にされるのだ。

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こちらが中の島である。

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赤レンガの瓦礫が見える。これが、火葬場跡ということだ。

船はひたすら進む。やがて、神ノ島教会とマリア像が見えてきた。

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明治時代の教会ということだ。

やがて、船は長崎港についた。             

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