飛鳥歴史探訪(その3:高松塚古墳、文武天皇陵、天武・持統天皇陵)
鬼の俎・鬼の雪隠を見学した後、ひたすら自転車を漕ぎ、高松塚古墳にやってきた。
といっても高松塚古墳の内部は当然見られない。しかも、現在、工事中である。
このように、鉄のカーテンで囲まれている。一応、のぞき窓があるので、のぞいてみた。
内部の復元は同じ敷地内にある高松塚壁画館で見学できる。
中に入ると、壁画のレプリカが展示されている。東西南北に、四神(朱雀は盗掘穴にあたるため、現存せず。)や女性の絵が描かれている構図はあまりにも有名である。壁画館の一方の壁のガラスケースに、壁画が完全に含まれているのだが、もう一方の壁のガラスケースも壁画がある。何かなと思うと、まったく同じ復元を二つも展示していた。
また、石室の模型も展示されている。
かつて見学したときの印象だと、もう少し大きな展示室だと思っていたが、思い糞、狭かった。よくできた復元で、近年発覚したカビ事件により、現在の実物は、こんなにきれいではないので、かつての美しさを見るために、一度は見学をお奨めする。
壁画館から這い出し、少し、周囲を散策していると、新たに古墳が現れた。
文武天皇陵である。天武天皇の息子の草壁皇子の息子である。
ところで、今まで、そして、今後、○○天皇陵とあるが、古代の天皇陵が実際に、その天皇を葬っているかどうかは眉唾である。ほとんどは江戸時代に、文献を元に、かなり推定であてはめたようだ。中には、時代と合わない造りの天皇陵もあるらしい。この文武天皇陵も胡散臭いようで、真の文武天皇陵は違うところにあるという説が有力だ。
高松塚古墳の近くに帰ってきた。
別角度だと、工事の様子がよく分かる。
ふたたびチャリンコをまたぎ、漕ぎ出す。
長いライディングの末、またまた古墳が現れた。
天武・持統天皇陵である。
天武天皇と持統天皇の夫婦合葬墓である。先ほど、古代の天皇陵は眉唾と記述したが、この天皇陵だけは、ほぼ間違いないようだ。
さて、再びチャリンコに乗りますか!
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