飛鳥歴史探訪(その10:飛鳥寺)
飛鳥寺にやってきた。
蘇我氏の氏寺である「法興寺」の後身である。法興寺は、平城京に移り、元興寺になっている。
山門前に表札のように、「飛鳥大佛」の石碑がある。飛鳥大仏とは、この寺の本尊である「釈迦如来像」のことである。
さっそく門から入る。
現在の飛鳥寺は、非常にこじんまりしている。本堂である。飛鳥寺には、かつて立派な伽藍があった。当時の伽藍は塔を中心に三つも金堂があるという、かなり特殊なものであった。
この地下3メートルに塔の心礎があるらしい。
こちらのお堂には、聖観音がある。
いよいよ本堂に入る。
本堂の中では、見学に当たって、飛鳥寺の説明があった。一通り聞き、勉強をした。
寺男:では、写真撮影されるかたはどうぞ!
写真撮影してええの?
海外では普通だが、日本のお寺では珍しい。では、早速・・・
飛鳥大仏は、鞍作鳥の作といわれている。鞍作鳥の仏像がこんなに撮れるなんて、幸せだ。
飛鳥大仏以外にも・・・
藤原時代の阿弥陀如来やら、
室町時代の聖徳太子像などが普通に祀られていた。
最後に、もう一枚別角度から、飛鳥大仏を・・・
本堂の裏は庭になっている。
出口付近は、境内の発掘品が展示されている。
ちょっとした博物館レベルの内容だ。すごい。。。
一度、飛鳥寺を出て、裏の田んぼに向かうと、入鹿の首塚がある。
中大兄皇子と中臣鎌足は、板蓋宮で蘇我入鹿の首を刎ねるというクーデターを起こした。ここから歴史に名高い「大化の改新」が始まるのだ。このとき刎ねられた首は飛んで、この場所で落ちたいう伝説がある。恐ろしい話ですな。
それにしても、何気ないところにポツンとあるので、看板が無ければ見逃すところだ。諸行無常ですなあ。。。
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