飛鳥歴史探訪(その7:石舞台古墳、マラ石)
川原寺跡から自転車を走らせる。坂を上ると、石舞台古墳に着いた。
盛り土が無くなり、玄室がむき出しになった、そのフォルムはあまりにも有名だ。教科書でおなじみである。
石舞台古墳は蘇我馬子の墓と言われている。盛り土を剥がれたのは、蘇我氏に対する懲罰という説もある。
石舞台の名の由来は、そのフォルムにある。昔、古墳の上で狐が踊ったという伝説もあるが、これは近年作られた話という説もある。
石と石の間は、結構隙間がある。
この穴に首を突っ込む者が続出していた。かく言う私もそのくちなのだが・・・
何故首を突っ込むのか?そこに穴があるから・・・
反対側に廻る。やはり印象が全然違う。何故か、花が供えられていた。
ここから玄室内に入ることができる。
玄室内は、隙間が多いせいか、意外に明るかった。
さっきの穴を玄室内より仰ぎ見る。
天井である。
雨水が溜まらないように、溝があった。
さて、石舞台古墳をでた。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
石舞台古墳の近くの売店で軽食をとり、再び自転車を漕ぐ。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
私がどうしても見たかったものを、見にやってきた。名前を聞いて、一度は見てみたかったものだ。かつて、飛鳥を訪れた際、場所が分からず、見逃していたものだ。
その名を、マラ石という。
これだっ!
1,2,3・・・
この縦スジがといい、微妙に斜めに立つ姿といい・・・
立派でした(≧∇≦)
JINと二人、騒いでいると、親子連れの自転車が・・・
親子の間で微妙な空気が流れていた。。。
さて、次に行きますか・・・
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