飛鳥歴史探訪(その1:猿石)
平成21年3月21日。JINと飛鳥に行くことにした。
今、関西の私鉄が熱い。数年前にとある事情から阪急・阪神の統合があったばかりだが、平成21年3月20日に、近鉄と阪神の業務提携から、なんと三宮から奈良まで一本の電車でいけるようになったのだ。これは、かなりの大革命と言ってよい。まさかこんな日がくるとは・・・。これで、ますますJR包囲網が強固になったのだ。ま、そんなことより、この際、奈良に行くことにしたが、私のたっての願いで、行き先は飛鳥である。15年ぶりくらいだろうか?楽しみだ。
阪神電車から近鉄に数度乗り換え、飛鳥に着いた。
駅前で、レンタサイクルを借りる。飛鳥は、見るところが点在しており、車は不便な田舎道なので、自転車が便利なのである。
まずは、猿石を見る。
この先に、吉備姫王墓がある。吉備姫とは、欽明天皇の孫で、皇極天皇の母らしい。
こちらが吉備姫王墓で、この柵の中に猿石という謎の石造物があるのだ。猿石は全部で四体ある。
手前が「山王権現」、奥が「女」である。
こっちの手前が「僧」で、奥が「男」である。
どの辺が山王権現やら僧やら、男やら女やら、さっぱり分からんし、そもそも何故猿石?
渡来人がモチーフという説もある。歴史ロマンですな。
宮内庁の立て看板が・・・
魚はおらんやろ!?
吉備姫王墓を後にした。
すぐ近くには、欽明天皇陵がある。
欽明天皇といえば、仏教伝来の時の天皇である。
先ほどの猿石は江戸時代にこの欽明天皇陵の南の田んぼで発掘された。それを何故か吉備姫王墓に並べたのだ。なんでそうしたのか?
では、次に行く。
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