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    2007年2月。とにかくカルチャーショックの連続だった。

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2009年5月

2009年5月29日 (金)

下関決闘編!(その4:赤間神宮)

赤間神宮は、旧官幣大社である。

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このド派手な門は、水天門という。竜宮城を模しているらしい。

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水天門をくぐると・・・

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拝殿である。ちょうどこのとき、結婚式をやっていた。めでたいことだが、参拝するとき、新郎新婦を拝むような気がして、非常に違和感を感じる。

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水に浮くように、内拝殿がある。

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ところで、この赤間神宮であるが、壇ノ浦の戦いで入水した安徳天皇を祀る神社である。もともとは、阿弥陀寺という寺があり、そこに埋葬され、御影堂が建てられたのが、由緒である。明治維新の神仏分離で廃寺し、赤間社となったのである。

ところで、この赤間神宮、かつての阿弥陀寺は、なんと「耳なし芳一」の舞台である。

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境内の隅に芳一堂がある。

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芳一像である。

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悩ましげである。

芳一堂のすぐ近くには、壇ノ浦の戦いで敗れた平家一門が合祀されている七盛塚がある。

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何が何かわからん!知将知盛はどこじゃー!

監督:これを見ればいいんですよ。。。

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ちゃんと、誰がどこか表示されている。

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監督:そんなことより、猛将教経ですよ。

八艘飛びの被害者である。

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平経盛ですな。

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左が教盛で、右がご存知、知盛である。碇を担いで入水したエピソードは有名である。

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高浜虚子の句碑がある。

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漁陽とかいう俳人の句碑らしい。

一度、拝殿まで戻ってきた。

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結婚式の喧騒もすっかり治まった。

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八咫鏡というと三種の神器の?

伊勢神宮のあるんじゃ?

鏡は壇ノ浦の戦いで沈んだものを回収したとされているので、ただでさえ胡散臭いのだが、この赤間神宮のものは岡山で八咫鏡が発見されたものを奉納したということで、さらに怪しいものだ。

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このちっこいのは、天神社ということだ。

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八幡宮である。

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さらに奥も続いている。

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大連神社である。大連にあったご神体を運んで、祭ったらしい。

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稲荷神社もあった。

   

 

   

   

 

   

2009年5月27日 (水)

下関決闘編!(その3:亀山八幡宮)

巌流島から帰ってきた。

しばらく散策する。

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なかなか古そうな建物だが、屋上が怪しい。

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洋風な建物にどう考えても不釣合いな和風建築が・・・

このビルは、大正のビルで、旧秋田商会ビルである。西日本初の鉄筋コンクリートのビルらしい。現在は観光センターとして使われている。屋上のものは、日本庭園ということだ。

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こちらにも古そうな建物がある。明治の建物で、旧下関英国領事館である。旧領事館では国内最古らしい。ここの一階に喫茶店があり、かつて、JIN、ぎーさん、くっぺちゃんと幾度となく訪れた思い出の場所である。

カフェ・オ・レを注文すると、もれなく、おやっさんの華麗なパフォーマンスがついてくる。

久しぶりに行こうかと思ったら、工事中であった。

なんでも、建物がだいぶ傷んでいるので、補修工事のようだ。しばらく時間がかかるようだが、喫茶店は再会するのかな・・・?

ま、残念であった。   

唐戸市場の近くになかなか大きそうな神社がある。それが、亀山八幡宮である。

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いきなりクライマックスだが、ここには世界一のふくの像がある。ガイド本に載っていたので、どんな素晴らしいものかと、どきどきしていたが、外からばっちり見えて、ネタバレ状態である。かなりテンション下がる。

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ま、折角だから、お参りしましょう。

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下関の氏神ということで、それなりに立派である。

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こんなところに宮地嶽神社が・・・

本家はこちら→宮地嶽神社

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こちらはお稲荷さんである。

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お稲荷さんの鳥居って、なんか興奮するなあ・・・

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おかめ明神とな!?

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まさか、お亀明神?

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表から見えていた、世界一のふくの像である。

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中途半端にでかいっすね!世界一って、何が世界一なんでしょうかね?世界一大きいとは謳っていないし、そもそもふぐの像なんて、そうそう作らんし!

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また亀かいっ!

なんでも、伊藤博文が夫人と出会った、お亀茶屋の跡地らしい。

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亀山砲台跡である。時は幕末。ここから列強の商船に対して、砲撃し、攘夷戦の口火をきった。その後、連合艦隊にぼこぼこにされたが、ここから明治維新につながったのだから、歴史的に重要な場所なのである。

なんとなく、微妙なテンションである。

さーつぎ、さーつぎ

   

   

   

2009年5月26日 (火)

下関決闘編!(その2:巌流島決戦!)

巌流島という名は正式な名前ではない。正式には、”船島”という。

巌流島と言えば、宮本武蔵VS佐々木小次郎が行われた舞台と言われている。佐々木小次郎が”巌流”を名乗っていたことから、この巌流島という名がついた訳である。

全国的に非常に有名な巌流島であるが、その実態は、関門海峡に浮かぶ、非常に小さな無人島に過ぎない。そんな巌流島には、唐戸桟橋から渡船がでており、上陸できる。

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ということで、巌流島に渡る。

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船の様子である。

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そうこうしていると、島に着いたようだ。

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上陸する。

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上陸して、すぐ右側に何やら神社があった。

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神社の名前は船島神社らしい。祠の中に石碑が二つある。

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左が地神大神、右が龍神大神である。この神社の言われとかは、よく分からないが、なんとなくテンションが上がる、神社仏閣マニアの二人であった。

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遊歩道をテクテク歩く。何やら、スポットライトが配置されている。ライトアップでもするのか?何を・・・?

巌流島の碑のところで記念撮影をする。

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対岸(下関)に、海峡ゆめタワーが見える。

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ちなみに別方向(門司)を見ると、似たようなタワーが建っている。もっとも、こちらはマンションの最上階に展望室があるようだ。 ちなみに、左の山の中に、密かにパコダが見える。私は全然気づかなかったが、監督がいち早く発見した。知る人ぞ知る、北九州の世界平和パコダであるが、監督は少年時代に一度行ったことがあるようだ。今回は行かなかったが、いずれ行く機会もあろう・・・

監督も記念撮影しますよ!

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なぜか後ろ向きで妙なポージングをとる監督。ブログにのることを想定してのことらしいので、載せました( ̄ー ̄)ニヤリ

しばらく遊歩道を歩くと、ある物体が見えてきた。

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武蔵VS小次郎像である。

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小次郎。

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武蔵。

なかなか凛々しいですな。

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この像の前は、砂浜になっている。ここから上陸したとでも言いたげだ。

ところで、武蔵VS小次郎ももちろん有名なのだが、巌流島と言えば、私や監督の世代にとって、もう一つ忘れてはいけない決闘がある。

猪木VSマサ斎藤である。

ということで、監督とこの巌流島に上陸した、真の目的は、まーくんVS監督の無制限一本勝負をすることなのであった。

試合開始!

両者、チョップの応襲から、力比べへと・・・

監督が力比べでまーくんを押すが、まーくん、負けじとブリッジで切り返す展開。

まーくん、監督の一瞬の隙を突き、ドラゴンスクリュー!

倒れた監督にエルボードロップ。

しかし、監督、回避し、まーくん自爆。

すかさず、監督のフェイバリットホールド、監獄ロック炸裂だ。

まーくん、相当苦しそうだ。

もはやギブアップが思った、そのとき、監督の身体から煙が・・・

試合開始から30分たっていたようだ。

ファイティングSEとして名を馳せた監督は、30分以上闘えないプログラミングを自身にに施してしまっているのだ。

たまらず、監獄ロックを外す、監督に、ナックル・パートを浴びせ、ひるんだところを、コブラツイストに・・・。

監督は、強引に力技で外し、そのままグランドに投げる、ストンピングで思う存分、まーくんを痛みつけた後、無理矢理たたせ、ロープへ投げる。

勢いよく跳ね返るまーくん。そこで、必殺のヒップドロップだあーーー!!!

しかし、まーくん、ヒップドロップを避けると、監督のバックをとり、投げっぱなしジャーマンだぁ~!!!

監督、立てない!試合終了!

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まーくんを追い詰めながら、スタミナ切れからの屈辱の敗戦に、打ちひしがれる監督。

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勝ち誇るまーくん。

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一世一代の勝負に勝利し、そそくさと船で退散するまーくん。

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

当然、こんな決闘してませんので・・・

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砂浜においてあった船であるが・・・

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中は、このようにボウフラでも湧いてそうな水が溜まっていた。

またしばらく歩く。

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こちらの石碑は、佐々木巌流之碑である。明治43年に建立された記念碑で、お墓ではない。

非常に小さな島で、上陸して30分ほどで廻ってしまった。では帰るとしよう。

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ふと、船着場近くの岩場を見ると、ヒジキが育っていた。 

 

         

         

2009年5月25日 (月)

下関決闘編!(その1:唐戸市場)

平成21年3月7日。

監督と下関に現場視察に訪れた。まずは、腹ごなしに、唐戸市場である。

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

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唐戸市場では、朝早くに卸売りがされ、その後、小売がでる。観光客が食べ歩きできるようになっており、最近、観光スポットとして注目されているようだ。

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こんな感じで、寿司やら天麩羅やら貝汁やら売っている。

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こちらにはサザエとか売っている。

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ナマコにオコゼですな。

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こっちは牡蠣やら売っている。

さて、寿司をいくつかと蟹汁を購入し、表にでる。

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関門橋を眺めながら、食事とする。トラフグの握りとかあった。

味は・・・

ま、ぶっちゃけ干からびてました。

監督がゲソ天を買っていた。ちょっとおこぼれをもらう。これが一番美味いんとちゃうか・・・。ちなみに、蟹汁は、味噌汁に蟹の細い足が後のせされていた。私としては、蟹の濃厚エキスが汁に溶け込んでいるのを期待したのだが、期待はずれだった。

ま、とりあえず腹は満たされた。いざ、決戦の場へ・・・! 

 

 

2009年5月21日 (木)

大阪を歩く!(その2:大阪天満宮)

大阪には夏に天神祭という一大イベントがある。祭に参加しない人にとっては、電車が満員になったり、人だらけで暑苦しかったり、いろいろと面倒くさいものだが、とにかく盛り上がる。

その天神祭は、大阪天満宮のお祭りである。

そういや、大阪天満宮って、参ったことないなあ・・・

ということで、やってきた。

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楼門をくぐる。

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菅原道真は藤原時平によって、大宰府にさせられた。大宰府に向かう際、この地にあった大将軍社に参詣した。道真の没後、大将軍社の前に七本の松が生え、光を放ったという。このため、村上天皇が天満宮を建立したとか。。。

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早速お参りをしよう。。。

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ちなみに現在の本殿は江戸時代のものだ。本殿は今まで何回か燃えており、大塩平八郎の乱では全焼しているらしい。

何やら両側に梅が陳列されている。

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右は普通の梅だが、樹齢が約百十年とかいている。百年物の盆栽か・・・

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左は紅梅のようだが、樹齢が約二百八十年ともっと古い。すごいね。。。

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どうつっこんでいいのやら?やっぱ学問の神様だから?

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天神さんといえば、牛である。

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和魂漢才碑である。和魂漢才とは、日本の魂に中国の学問の才、大和魂を失わずに、中国の学問を取り入れるというような意味らしい。菅原道真著と言われる(現在では、もっと後世の偽書とされている。)菅家遺誡が出展元らしい。幕末から明治に、和魂漢才をもじった和魂洋才という言葉が大流行となったことから、各地の天神さんに和魂漢才碑が建てられているらしい。

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神武天皇の東征の記念碑である。全国に何箇所かあるらしいが、ここのものは、神武天皇が難波之埼に上陸した記念らしい。紀元二千六百年奉祝祭のときに建てられたらしい。

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老松神社という摂社だ。住吉大神と神宮皇后がご祭神だ。

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こちらは、大将軍社である。大阪天満宮建立のきっかけとなった神社であるが、現在は摂社である。拂暁祭(ふつぎょうさい)というお祭りをして、その収入を借地料として納めているらしい。。。なんか変な感じである。

今回、盆栽祭りをやっていたせいか、参拝客でにぎわっていた。そんな中、私は甘酒で暖をとるのであった。ほっこり・・・

おしまい。

   

   

2009年5月18日 (月)

大阪を歩く!(その1:法善寺)

平成21年3月2日。

昨日は、四度目の篠山マラソンに出走し、無事完走を遂げた。今年は、いつも勝ってきた幼馴染に完敗してしまった。御仁は、ベストを三十分くらい更新したのではあるまいか?勝因は?と聞くと、マラソン用の靴にしたから・・・。今まで、普通の運動靴だったようだ。レース前に普通に朝食を取ってきたにもかかわらず、持参したおにぎりとバナナを食し、会場で唐揚とお好み焼きを堪能していたし・・・。規格外ですな。。。ショックだ。。。

ま、そんな傷心を癒すべく、大阪をうろつくことにしてみた。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

まずは、大阪はミナミにある法善寺である。

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法善寺と言えば、法善寺横丁。2002年、2003年に火災で被害があったが、無事復興している。ま、ちょっとした飲み屋とかがある。

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私の目的はこちらである。

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法善寺である。浄土宗のお寺で山号は天龍山である。本尊は阿弥陀如来であるが、この法善寺で最も有名なのは、こちらだ!

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水掛不動尊である。

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参拝客が永年、ひたすら水をぶっ掛けた成果が、この苔まみれ状態である。それにしてもすごい苔だ。

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不動明王といえば、怖い顔しているが、これではまったく表情が分からない。ちょうど参拝に来ていたマダムがおっしゃるには、マダムの子供の頃は、まだ不動様の表情が分かったらしい。どのような顔をしていらしたのやら・・・

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ところで、こちらの不動尊の眷属である童子像が破壊されるという事件が2008年にあった。全くもって胸糞悪い話だ。私が見たときは、破壊され、修復された後であったが、傷口はよくわからなくなっていた。ま、苔で隠れていたのかな?

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この水を柄杓で掬い、ぶっ掛ける。

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手水鉢に水がなくなれば、足元のバケツから補充する。

で、このバケツの水はどこから汲んでくるかというと・・・

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こちらの井戸である。この一連の作業は、ちょうど参拝に来ていたマダムが行っていた。大変勉強になった。

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こちらは金比羅堂である。法善寺は江戸時代からの寺であるが、現在あるのは、水掛不動尊とこちらの金比羅堂のみである。

また、法善寺のすぐ近くには、小説「夫婦善哉」で有名な夫婦善哉というお店がある。ちなみに、私は食べたことがない。

さ、次行こうっと・・・

      

2009年5月12日 (火)

ローマな休日(その38:フィウミチーノ空港にて・・・)

いよいよイタリアを離れる時間が近づいた。

とりあえず、メトロでテルミニ駅に移動する。

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なかなか壮絶な注意書きだ。

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ここからレオナルド・エクスプレスに乗って、フィウミチーノ空港に向うわけだ。

実は今朝、テルミニ駅で荷物を預けていたので、取りに向かう。

そのとき・・・

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こっちの警官はハイカラですな。セグウェイに乗っている。

荷物を受け取り、適当に歩くと、いきなりホームにでた。

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さて、切符はどこで買うのかな?

自販機がすぐ近くにあった。

買い方が分からん。。。英語標記ないやん!

ど、ど、どないしまひょ?

JINは、ま、何とかなるんやない?と楽観的だ。

私は、ちょっとその辺りを見てくることにした。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

やっぱり分かるやつないなあ・・・

JINに告げると、ちゃっかり切符を買っていた。

ど、どこで?

何でも駅員さんが売りに来たらしい。。。

うぉ~、時間ないぞ~

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電車がきてもうた。。。(。>0<。)

ええい、駅員さんを探す!

見つからん!

ええい、駅の一番手前まで戻るわい!

ダッシュ!!!!!

めっちゃ、遠いやんけ!

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急げぇ~!

再びダッシュ!!!!

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

ヘロヘロになりながら、走破した。

普通ならば、とっくに出発している時間だが、そこはイタリアですから・・・

こんなときは、イタリア時間に感謝する。

ぜぇはぁ、乱れた呼吸を鎮める。

かなりしてから、やっと、しゃべることができた。ここまで、ダッシュしたことって、何年ぶりやろ?

JINは、

呆れ顔で、駅で買えんでも、電車の中で買えるやろ・・・?

そんなん今更言っても・・・(p´□`q)゜o。。

ま、遅れなくてよかったね。

☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

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無事、フィウミチーノ空港に着いた。

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さっそくチェックインする。

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出国審査を済ませ、中でぶらぶら。。。

水を買おうとすると、JINは先に登場口に行くと告げ、空港内の電車に乗っていった。

しばらくして、登場口に向かうと、JINが深刻そうな顔をしていた。

出発まで7時間遅れですとっ

これもイタリア時間なのか?

なんでも飛行機の調子が悪いらしく、次に日本から来る便が到着すると、その便を整備して、すぐに出発させるらしい。修理するより、そっちのほうが早いという判断だ。ま、変な機体に乗せられるよりええわな。。。

空港内のレストランで無料を食事させてくれるらしい。。。

ま、機内で本来食べるはずだったのを、陸上で取るということであろう。。。

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結構、美味しくなかった。

出発まで随分時間があるので、一度入国してもよいということになった。

で、再びイタリアに入国する。というわけ、パスポートに二回もスタンプを押してもらった。

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さて、無事入国を渡したが、再びローマ観光をする気にもなれない。サン・クリズピーノのジェラートを食べに行くというプランもあり、非常に魅力的だったが、断念した。

そういや、空港近くにヒルトンがあったはずということになり、お茶をしにいくことになった。

空港から伸びる渡り廊下を歩けば、ヒルトンにつくはず・・・

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なんか閑散としているが、本当に着くのか?

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

微妙に不安になりだした頃、やっと終点に着いた。ここから、エレベータで地上に降りる。

ヒルトンに着いた。

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パンナコッタを堪能し、まったりと過ごす。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

いよいよ出発のときがきた。

またまた出国審査をし、登場口へ。。。

やがて、登場ゲートが開き、階段で下へ・・・?

なんか様子がおかしい。。。

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でた~!飛行機までバス輸送だぁ!

まさかローマできて、バス移動とは・・・(;´д`)トホホ…

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飛行機に乗り込む。

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乗ってきたバスにもお別れだ。

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そのとき、着陸した飛行機が・・・

すごい音だ。。。

最後の最後でとんでもないアクシデントに見舞われたが、なんとか無事帰国することができた。もう、ローマはええわ。。。次にイタリアに来るときは、フィレンツェかヴェネツィアで・・・

終わり         

2009年5月11日 (月)

ローマな休日(その37:サンタ・マリア・デル・ポポロ教会)

帰国の時間を気にしつつも、買い物をしつつ、街を散策する。

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ここも何回通っただろうか?バブイーノ通りのバブイーノである。

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本当に気持ち悪い像だ。

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この石畳とももうすぐお別れである。石畳と言うのは、本当に腰や膝にダメージを与える。膝に古傷を持つJINは帰国後、えらいことになっていたらしい。。。

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さて、ポポロ広場にやってきた。

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最後に訪問するのは、サンタ・マリア・デル・ポポロ教会である。

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早速中に入る。

ネロの墓に生えている胡桃の木に悪霊がとりついているという噂が立ったので、その木を切り倒した後に、建てたのがこの教会である。市民(ポポロ)の負担で建てられたことから、その名がつけられた。

創建は1099年だが、現在のものは15世紀に再建されたものらしい。

内部は芸術品の数々が飾られている。

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ピントゥリッキオの「幼子の礼拝」という作品である。

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カラヴァッジョの「聖ペトロの逆さ磔」である。ペトロは、殉教する際、キリストと同じ形での処刑を拒否し、逆さ磔を要求するのだが、この絵は、十字架を逆さにするシーンである。

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同じくカラヴァッジョの「聖パオロの改宗」である。聖パオロはかつてキリスト教を迫害していたが、ダマスカスへの旅中、光を浴び、キリストの声を聞いたことから、改宗する。この絵は、キリストの声を聞き、驚いて馬から落ちるシーンである。

それにしても、カラヴァッジョの絵が普通に飾られているとは・・・

ま、日本で言えば、古刹に運慶・快慶の仏像が祀られているような感じかな?

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全く、素晴らしいとしか言いようがない。

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入り口近くに髑髏があった。JINと二人で何やろ?と不思議がる。

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こちらなんて、めがっさリアルだ。

なんでも、ジョヴァンニ・バッティスタ・ジスレーニとかいう彫刻家の墓らしい。

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床にも髑髏が・・・

          

   

2009年5月10日 (日)

ローマな休日(その36:トレヴィの泉)

ローマ市街地に帰ってきた。

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街角のお店である。ハムやら何やら売っていた。こういう何気ないお店が、いい雰囲気を出している。

さて、昼間のトレヴィの泉にやってきた。今まで、何回も訪れたが、全て夜であった。

http://markun-angya.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-8cc1.html

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ポーリ宮の壁と一体となったダイナミックなデザインの噴水である。16世紀にベリニーニが噴水を手がけたが、頓挫し、18世紀にサルヴィにより完成した。

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中央に立つのがポセイドンである。

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足元ではトリトンが海馬と戯れている?

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ポセイドンの左が豊饒の寓意で、

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右が健康の寓意である。

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アグリッパのレリーフである。トレヴィの泉の水源は紀元前のアグリッパの水道なのである。

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この水道には伝説があり、水源まで処女が導いたとか・・・

そういう訳で、水源に導く処女のレリーフである。

ところで、トレヴィの泉と言えば、コインの投げ入れである。後ろ向きで泉にコインを投げれば、願いが叶うというやつである。一枚で、再びローマに来ることができ、二枚で大切な人と永遠に・・・、三枚で離婚できるらしい( ̄Д ̄;;

ま、現在はコイン投げは禁止されてますがね。。。

これっ!おっさん、投げんな!

日本人の初老が一生懸命投げている。結構、むかつく光景だ。

JINと二人で記念撮影するため、近くの英国人っぽい男性にキャメラを頼んだ。

すると、この男性も撮ってくれとな。。。

こういうのって、いいねぇ。。。

さて、ぼちぼち出国時間が気になりだした。でも、まだ続く。。。 

   

 

2009年5月 7日 (木)

ローマな休日(その35:サン・パウロ・フォーリ・レ・ムーラ大聖堂)

平成21年2月10日朝。

昨夜は、何やら

「なあ・・・?骸骨寺良かったなあ・・・?」と寝言があったようだ。。。

今日もホテルで朝食をとる。美味い。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

本日は、帰国の途に就くが、飛行機までの時間は、目一杯観光するのが、我々のスタイルだ。

で、地下鉄に乗る。

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この人、壮絶に落ちてますな・・・

ドアの開閉には注意しましょう!

サン・パウロ駅にやってきた。

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向こうに見えるでっかいのが、大聖堂のようだ。

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でかい塔だ。

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正面にやってきた。

サン・パウロ・フォーリ・レ・ムーラ大聖堂は、ローマの四大バシリカの一つである。今回の旅で、この大聖堂で全て制覇したことになるのだ。

サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂

サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂

サン・ピエトロ大聖堂Ⅰ

サン・ピエトロ大聖堂Ⅱ

サン・ピエトロ大聖堂Ⅲ

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さて、中に入ろう。

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キリストの周りを聖パウロなどが囲んでいる。

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なかなか荘厳ですねぇ。。。

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おや、何かな?

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人だかりができているので、何かと見ると、穴っぽこが開いている。

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正面は、この穴っぽこの模型になっている。内部がどうなっているのか容易に見れるという訳だ。

で、この穴であるが、聖パウロの墓らしい。

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ひょっとして、キリストが生まれた馬小屋の模型?

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この天蓋は13世紀のものらしい。

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パイプオルガンのようだ。

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なかなか美しい天井だ。

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これは燭台らしい。12世紀のものということだ。変な燭台・・・

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天井近くに歴代教皇の似顔絵レリーフが飾っている。このスポットライトが当たっているのが今生の教皇ベネディクトゥス16世らしい。

さ、ローマの中心地に帰ろう・・・            

 

    

      

2009年5月 1日 (金)

ローマな休日(その34:ローマ街歩きⅣ)

晩御飯の後、ポポロ広場までやってきた。JINが高台に上ると、景色がきれいとガイド本に書いてあったと言うので、不気味なほど暗い道(半分山道のようだ・・・)を登る。

登っている最中、何故か、SHINJI TANIMURAの「いい日旅立ち」のあぁ~が会話に出てきてしまったことにより、二人の脳に刻まれたため、その後の旅程に影響を与えた。

やっと、高台に着いた。

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うむ。美しい。

まあ、こんだけしんどい思いして、しょぼい夜景やったらショックやわな。。。

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メトロに乗って・・・

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目的の駅に着いた。

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そういや、旅行中、ずっとこの親父を見た。ラグビーの選手らしいが、当然の如く、しらん!

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共和国広場にやってきた。1946年以降、共和国成立を記念して、各地に作られた広場の一つで、16世紀終わりまで、エゼドラ広場と呼ばれていたそうだ。

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噴水には、当然のように彫刻群がある。夜の噴水というのも、なかなかおつなものである。

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広場の北東には、サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会がある。ディオクレティアヌスの浴場跡を利用して建てられた教会で、ファサードの外壁は古代の遺跡そのままであり、かなり異様である。

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扉に、何やら埋まってますな。。。

海の○、月の○でこんなんあったな。。。

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さ、ホテルに帰ろう。。。

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