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2009年3月 7日 (土)

ローマな休日(その6:フォロ・ロマーノⅠ)

飯を食い終わり、フォロ・ロマーノにやってきた。

受付でローマ・パスなるものを購入する。このローマ・パスであるが、三日間のメトロと路線バスが乗り放題になるだけでなく、主要な遺跡や博物館にもフリーパスな便利な代物なのである。我々は今回の旅で、これでもかというほど使いこなした。ローマに訪れた際には、是非購入をお奨めする。

フォロとは公共広場のことである。このフォロ・ロマーノとは、紀元前6世紀から293年にかけてローマの政治経済の中心地であったところである。西ゴート族侵入後は、廃墟となり、完全に忘れ去られ、土砂に埋もれていたが、19世紀ころから本格的に発掘されている。

早速現れたのは、アントニヌス・ピウスとファウスティナ神殿である。

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アントニヌス・ピウス帝が皇后ファウスティナに捧げるために建てた神殿で、自身も葬られている。アントニヌス・ピウスと言えば、五賢帝の四人目で、堅実な政治で知られた皇帝である。あまりにも堅実すぎて、在位中、ほとんど事件らしいこともなかった。そのため、「歴史のない時代」と言われているらしい。歴史ファンからすれば、全く面白くない皇帝ですな。

続いて、バシリカ・アエミリアである。

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マルクス・アエミリウス・レピドゥスが建てたバシリカである。カトリックでは、一般の教会より上位の教会をバシリカというが、この場合のバシリカは、元々の意味である古代ローマの裁判所や取引所として使われる集会施設のことである。

レピドゥスと言えば、第二回三頭政治の一角である。才能豊かなオクタヴィアヌスと実力者アントニウスの間で権力を失うことを恐れたレピドゥスは、三頭政治を持ちかけ、受け入れられたのだ。

レピドゥスは実力者二人の緩衝材的な役割で、なんとか安定した権力を持ったが、アントニウスがオクタヴィアヌスに負けたため、オクタヴィアヌスに引退させられるのだ。能のない人間が欲を持つとこういうことになるのかね?

┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

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すぐ右がバシリカ・アエミリア、右奥がクリア・ユリア(元老院議事堂)、正面がセウェルスの凱旋門、左奥がサトゥルヌス神殿である。

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元老院議事堂(クリア・ユリア)である。最初の議事堂は、紀元前6世紀に建設されたようだ。その後、焼失したものをカエサルが起工し、アウグストゥスが完成させた。現在の煉瓦造りのものは、ディオクレティアヌスが再建したものを、さらに1930年代に再建したものだ。

ところで、元老院と言うと、なんか汚い政治のイメージを持ってしまうのは私だけだろうか。。。もしくは、スターウォーズとか・・・

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セプティミウス・セウェルスの凱旋門である。

パルティア遠征の戦争記念として造られた門である。セウェルスは、カラカラの親父であり、マルクス・アウレリウス・アントニヌスの息子であるコンモドゥスが暗殺された後、どさくさにまぎれて、パンノニア総督から皇帝に成り上がった男である。

ところで、コンモドゥスであるが、「ローマ帝国史上最悪の皇帝」と言われる。あのネロより最悪なのだ。ぶっちゃけると、映画「グラディエーター」ででてきたあの悪い皇帝のモデルである。

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クーリアの向こうにある教会は、街中の教会である。フォロ・ロマーノとは関係ない。

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奥に見える柱は、サトゥルヌス神殿の入り口である。この神殿は、奴隷階級の神サトゥルヌスを祀った神殿で、国家宝物庫としても機能したらしい。

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バシリカ・ユリアである。カエサル起工、アウグストゥス完成のバシリカである。現在では、煉瓦造りの柱の台座くらいしか残っていない。

なんか遺跡酔いしてきた。

なんかよく分からんので、JINと二人、これなんやろ?と言いながら、ガイド本と睨めっこである。

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旅中、この鳥はなんどか見たな。。。

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次回へ続く。         

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