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2008年12月 3日 (水)

英彦山チャレンジ(その1:英彦山神宮前編)

平成20年11月23日。三連休の中日。

22日に仕事をし、三連休の残り二日でぷりっと長崎でも行ってやろうかと考えていたが、24日が大雨の予想だったので、回避した。

で、代案として、かねてから懸念していた英彦山を攻略することにした。

英彦山に着くと、無料駐車場は満車であった。こんなに英彦山って、大人気なの?仕方ないので、有料駐車場に停め、出発した。

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英彦山といえば、ご存知!日本三彦山の一つである。

あとの二つは、弥彦山(新潟)、雪彦山(兵庫)である。

そういうしょうもない三大は置いておく。英彦山は、羽黒山(山形)、大峰山(奈良)に続く、修験道の聖地である。その英彦山信仰の中心である、英彦山神宮を目指す。

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まずは、英彦山中腹にある奉弊殿を目指す。

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この何の変哲もない空き地は、報恩寺跡らしい。報恩寺は、亡くなった山伏等を弔う寺だったようだ。

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宝篋印塔がある。江戸時代(文化)の頃のものらしい。神社の前に仏教遺跡が点在していることから、神仏習合の面影が色濃く残っている。

横道に入る。

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紅葉がなかなか美しい

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旧亀石坊庭園である。なんでも雪舟が作った庭と伝えられているらしい。でも、結構荒れ果てている。ちなみに坊とは、この場合、修験道の宿坊のことである。寺の坊は、坊さんの住まいである。

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再び、奉幣殿を目指す。

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おじん、おばんがチアノーゼに陥る中、軽やかに石段を駆け上がる。

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摂社があると思いきや、密かに維新志士の墓地がある。

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最後の石段を駆け上がった。

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後ろを振り返ると、かなり上ってきたことが分かる。

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奉幣殿である。国指定重要文化財になっている。

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とりあえず、お参りする。

英彦山神宮は、旧官幣中社で、天忍穂耳命(アメノオシホホミ)を主祭神とする。天照大神に葦原中国平定を命令されるが、途中で引き返すへタレ?である。中国には、子供の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)に行かせた。

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天之水分神(あめのみくまりのかみ)とある。龍神のようだ。かつて、修験行者が水筒に入れた水で、圓通の滝という岩の谷間から流れる滝を水源としている。不老長寿の水らしい。

ところで、ここで英彦山神宮は終わりではない。まだ序の口、始まりに過ぎないのだ。

山の頂上に上宮がある。ここから片道約2.2キロメートルを登山しなければならないのだ。次回は、英彦山神宮後編:まーくん遭難、九死に一生スペシャル(嘘)をお送りする。

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