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  • 第五位:第一次九州遠征(2号線の旅)
    1999年3月に国道2号線を使って、神戸から北九州まで旅をした伝説。帰りはフェリーで松山に上陸し、四国を横断して帰ってきた。
  • 第四位:ハワイのんびり旅行
    2005年12月。ホノルルマラソンに出走。人生を変えた旅。
  • 第三位:英国旅行
    飯は不味いが、とにかくお洒落な街と大英博物館、ストーンヘンジ、カンタベリー最高!
  • 第二位:中欧旅行
    ベルリン、プラハ、ブタペスト、ウィーン、ヴェネチア、アムステルダムと6カ国の都市を主に列車で巡った。飯が美味かった。
  • 第一位:北部インドの旅
    2007年2月。とにかくカルチャーショックの連続だった。

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2008年11月

2008年11月29日 (土)

佐賀ぶらり旅(その2:佐賀市歴史民俗館)

佐賀市歴史民族館とは、旧古賀銀行、旧古賀家、旧牛島家、旧三省銀行、旧福田家の5つの旧家、洋館などの総称である。明治から大正の建物で、旧長崎街道の歴史的景観を保存しているわけである。

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旧古賀銀行である。明治18年に古賀というおっさんが両替商の親父が設立した銀行である。歴史民俗館の中心となる建物である。世界恐慌でつぶれたあと、商業会議所等になったが、現在は大正5年当時に復元されている。

中を見学したが、ちょっとした博物館になっており、その他、カフェが入っている。当時の私は、1円をケチるほど金欠だったので、おコーヒーも飲めなかった(´・ω・`)ショボーン

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旧古賀家である。明治17年に建てられたもので、先ほどの古賀銀行の創設者の邸宅だ。

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建築好きの人には堪らないかもしれないが、明治くらいの建物を見ても、いまいち感動しない(*_ _)人ゴメンナサイ

やはり、私は珍寺とか珍寺とか、あと珍寺とかが好きなようだ。

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旧福田家等一通り見たが、飽きてしまった。さあ、寺でも行きますか

2008年11月28日 (金)

佐賀ぶらり旅(その1:多久聖廟、佐嘉神社、松原神社)

平成19年6月30日。

車を買ったせいで、とてつもない金欠。しかしながらどっか車に乗って遊びに行きたいというジレンマに陥り、苦肉の策で近場の佐賀に行った。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

多久聖廟に着いた。多久聖廟とは、1708年に多久茂文というおっさんによって創建された孔子廟のことである。

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で、これが多久茂文である。佐賀藩主の鍋島の家系らしい。

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これが聖廟である。

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それにしても境内(と言うのか?)は静寂に包まれている。ここまで、人がいないというのも寂しいものだ。まあ、喧騒を忘れ、涼しかったが・・・。

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建物は国の重要文化財である。

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素晴らしいけど、つっこみどころがないなあ・・・。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

多久では物足りず、佐賀市内までやってきた。まずは佐嘉神社である。

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茅の輪をくぐり、いざ参拝する。

佐嘉神社は佐賀県庁の前にある。旧社格は、別格官幣社である。佐賀藩10代目藩主鍋島直正と11代目藩主直大を祀っている。なんともマニアックだが、彼らの功績は、まず、大隈重信や江藤新平ら、後に明治維新の主要人物を育成したこと、さらに官軍として戊辰戦争を戦ったことである。つまり、忠臣として明治政府に利用されたとため、別格官幣社として奉られているということだろう。

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裏手に廻る。

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松原神社である。鍋島家始祖の鍋島直茂を祀った神社である。龍造寺の補佐として鳴らした直茂は、島津に恭順したり、秀吉に恭順したり、とにかくうまいことやったのだ。その結果、佐賀藩主としての地位を確立するのだ。

佐嘉神社と松原神社はワンセットと考えてよいだろう。

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さすが、伊万里、有田、唐津を要する焼物県の佐賀である。灯篭まで磁器でできている。

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これは立派な楠で・・・

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今度は、磁器の鳥居である。すげぇーーー!!(゚ロ゚屮)屮

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もうちょっとぶらついてみますかね。。。

2008年11月26日 (水)

Go To USA!(その2:宇佐神宮)

南蔵院を出発し、八木山バイパスを越え、田川を通過し、宇佐までやってきた。ちょうど昼になったので、なぜかこの周辺でよくある唐揚テイクアウトで唐揚ゲットだぜっ!普通の身と砂づりを食った。美味かった。しかし、痛恨の極みである。写真を撮るのを忘れていた。しかも車内で食ったものだから、しばらく唐揚臭が抜けなかった・・・。

唐揚だけでは物足りず、鰻屋にて鰻を食す。美味かったが、身が少なかった。そして、鰻屋の厠は、同じフロアに和洋が同居する先鋭的な造りだった。例えば、監督と二人で入り、監督が和式で大をし、私が洋式で大をしたならば、監督のマーベラスな菊○を垣間見ることになる。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

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宇佐神宮にやってきた。私的には、平成18年以来二度目である。監督は随分昔に来て以来のようだ。

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宇佐神宮と言えば、全国に四万四千社あるとされる八幡社の総本社であり、式内社、旧官幣大社という超ビッグネームである。道鏡事件のときの舞台としても有名である。「道鏡を皇位に就かせるとよかよ。」という宇佐八幡の神託をでっちあげ、道鏡は皇位に就こうとするが、和気清麻呂が宇佐八幡に赴き、再度神託を聞く。すると、「道鏡?あきまへん!」という神託を受け、道鏡は失脚したというやつである。まあ、諸説あるので、単純に道鏡=悪者というわけでもなさそうだが・・・。

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鳥居を抜け、橋を渡る。今、橋と書こうとして、端と変換が出た。一休さんを思い出した。

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お堀に鯉が泳いでる。コイヘル、コイヘル~

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鳥居の後は、鳥居だぜ。

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黒男神社とある。むっ!?

監督、ご祭神は武内宿禰ですだ!

監督の眼鏡が光る。

さすが、監督である。これが、うっちょならば、まずは竹内巨麿と竹内文書について語らねば・・・( ̄ー ̄)ニヤリ

武内宿禰とは、景行、成務、仲哀、応神、仁徳と五代の天皇に仕えた大臣で、300歳ほど生きたと言う伝説の妖怪である。ちなみに香椎には、不老水という宿禰にあやかった湧き水があり、私も飲んでいるので、長生きする予定である。

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ところで、八幡大神と応神天皇は同一視されている。応神天皇に仕えた宿禰が門番的に宇佐神宮の入り口近くに祀られているのは、面白い。

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今度は、春宮神社があった。応神天皇の子供らしい。

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いよいよこの石段を上ると、本殿である。

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前回来たときは、残暑の残る八月下旬だったこともあり、相当へばったが、今回は気候もよいせいか楽勝だ。

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門を抜けると・・・

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いったん期待を裏切りつつ、角を曲がると・・・

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本殿である。

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まずは、一之御殿である。ご祭神は、八幡大神である。

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二之御殿である。ご祭神は、比売大神である。比売大神って誰やねん!というほど正体不明の神であるが、宇佐神宮では宗像三神としている。

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最後に三之御殿である。ご祭神はスーパースター神宮皇后である。でたな!西日本の神社には嫌と言うほど、彼女が出てくる。このブログでもたびたび紹介しているので、特に触れない。

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ところで、ここで疑問に思うのではないだろうか?配置がおかしいことに・・・。

宇佐神宮は八幡社の総本社である。当然、この神社で一番重要視しているのは、八幡大神である。しかし、一番度派手な二之御殿には、比売大神が占拠している。

さらに、拝礼の作法が特殊である。「二礼、四拍手、一礼」なのである。この作法は、宇佐神宮と出雲大社だけなのである。出雲大社のご祭神は、大国主である。かつて、日本を治めながら、天孫に屈服した神である。国譲りという神話で美化されているが、どう考えても武力による脅迫である。さぞ、恨み骨髄で亡くなったのだろう。大国主は祟り神であるという説もある。その大国主と同じ作法で、この配置、八幡大神の正体は、応神天皇なのか?考えると、面白い。

監督は、この配置の謎を現地で語った。私は知らなかった。さすが、監督である。

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この窓から奥の宮の位置する山を拝める。

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奥の宮の写真が飾られている。

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奥の宮は、いずこ?

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他にも上宮には、八子神社あり~の、

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神井あり~のであった。

続いて、下宮に向う。

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こちらの下宮は上宮を分神したものなので、配置も同じであり、二之御殿の比売大神が一番目立っている。

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高倉である。鼠返しはないようだ。どんな宝物が入っているのやら・・・( ̄▽ ̄)

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最後に宝物館に入る。監督は刀を期待していた。

神社に刀とは・・・と考えがちだが、実はそうでもない。祭事用のものもあるし、結構あるときはある。

私的には、神人が使っていた本物の刀とかあれば、テンションがあがる。

神人とは、僧兵の神社バージョンである。世間では、僧兵は知名度が高いが、神人はマイナーである。宇佐神宮も戦国時代まで性質が悪かったらしい。。。

で、結構刀があった。監督はご満悦であった。

宇佐神宮の参拝を終え、宇佐だんごを買う監督。僕が食べるんです。。。

この後、どこか廻ろうかと考えたが、監督は娘が心配になり、早めに帰ることになった。これが、功を奏した。この後、土砂降りになったからだ。しかし、晩飯も食わないのは、ちょっと寂しい。

おしまい。

P.S.

監督の宇佐だんごは、結局、家族に強奪されたようだ・・・(;;;´Д`)ゝ

2008年11月23日 (日)

Go To USA!(その1:南蔵院)

監督とは・・・

今回新たに同行する旅仲間、監督とは、私が遊んでる草野球チーム(素人集団)の監督のことであるが、その実態は、娘を溺愛する歴オタ(歴史オタク)兼寺社仏閣マニアである。

福岡に来て、ぎーさんやJINといったマニアと別れ、途方に暮れていたときに現れた救世主(メシア)である。

今回の旅は、以前から行こうと言っていた企画がやっと実行されたものだ。目的地はUSA(宇佐)!宇佐神宮に和気清麻呂のように神託を聞きに行こうという主旨である。

...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

平成20年11月15日。

車にて自宅を出発し、天神KBC前にて、監督を拾う。そのまま都市高速に乗り、香椎まで快適ドライブだ。

監督に第一の目的地を聞く。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

それは数日前のことだった。

監督:まーくん、いい珍寺ありますよ。ところで、うちの娘はかわいいですよ。

何!?珍寺マニアの私にその禁断のキーワードCHINDERAを吐くか!?

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

ということで、福岡県は篠栗が誇る珍寺南蔵院にやってきた。駐車場に車を停める。南蔵院まで歩きかけると、ふとレトロ調の木造っぽい建物に気がついた。

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JR福北ゆたか線城戸南蔵院前駅である。以前は城戸駅だったが、2003年に現在の駅名に改名された。しかも南蔵院のほうが目立っている。

監督曰く、儲かっているんですよ。うちの娘はかわいいですよ。

珍寺なのに?

実は、南蔵院は、篠栗四国八十八箇所の一番札所なのである。こらまた、ややこしいが、篠栗四国八十八箇所とは、天保年間に慈忍という尼僧が篠栗を訪れたとき、当時の篠栗の困窮さに驚き、しばらく逗留し、祈願したところ、篠栗の経済はV字回復を果たしたのだ。村人は当然感謝するが、慈忍は、「弘法大師のおかげですわ!」とこの八十八箇所の霊場を造成を提案したそうな・・・

ということで、珍寺の前に名刹なのである。この辺りは、須磨寺に似ている。

ま、とりあえず、参拝しまひょ。

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始まり。始まり。

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左手には、早速石仏群・・・

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なかなかいい雰囲気じゃないですか?

この後、訪れる珍寺に心が躍る。

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ここから入るのか?両側の太っ腹に何か突っ込みたいところだが、あえて何も触れない。

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トンネルを抜けると・・・

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トンネル抜ける前に・・・

トンネル内一面になんかパネルがある。

地蔵さんが二体寄り添っている。

帰りに、このパネルを見ながら、

ええかあ~、ええのんかあ~

と、ひとりごつ。

すかさず、監督が、

それは、鶴光です!

と、突っ込む。

さすが・・・。

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七福神もあるよ。

さて、トンネルを抜けると・・・

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渡り廊下があった○|_| ̄ =3 ズコー

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・・・・・

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・・・・

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おう!羅漢か!?

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これぞ!仏のオーケストラやーーー(;;;´Д`)

ところで、まだかいな!

監督:さっき一部見えましたよ。

階段を上りきる。

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キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

でかい!これぞ世界最大の涅槃像(ブロンズ像として)である。

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大いにはしゃぐ馬鹿一人。

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巻き糞ではない。螺髪の現物見本らしい。何故、そこまで丁寧に解説してくれるのか、よく分からない。

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こうでかいと、足の裏にもありがたみがある。

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体内参拝ができる。

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中では、お砂踏みができる。というか、お砂踏みって、石畳やったっけ?

案内のおばさん:みなさん、自分の年齢のところで立ち止まって、拝まれます。

私:数えかね?

おばさん:えっ!?ええ。数えですよ。。。

そこまで考えてなかったやろ!?

やがて、ミャンマーからもらった仏舎利を奉納した仏舎利塔を見た。監督と興味なさげに去ろうとすると、説明のおばさんにめぐじらを立てられ、説明を最後まで聞かされた。なんかロープが仏舎利に繋がっていると、触らされた。

体内から帰還した。

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ダーツみたいなやつを招き猫の前の穴に入れるゲームをやらされた。無料券がついていたからだ。私らの前のおじさんが大当たりをゲットしていた。で、私らは見事惨敗であった。

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お稲荷さんがありますえ。

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散々ぱら階段を上らされ、たどり着いた先が、この祠でショックを受けた。

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兎と亀ですな。

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ゴーーーーーーール!

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水掛仏の左隣は・・・?

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疋殺地蔵?あっ、さっきのトンネル内のプレートにあったええのんかあ~地蔵さんか?

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岩のトンネルである。わくわくしますね~。

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゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

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でかいっ!不動明王のコンクリート仏である。よく見ると、小さなひびが・・・。

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壮絶な羅漢群。

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そうそう!愛と勇気だけが友達さ・・・

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第四十五番札所城戸の滝不動堂である。ここにはいくつかの札所が点在するらしい。

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゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

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洞窟の奥には、不動明王が鎮座されていた。

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さて、南蔵院は高野山真言宗のお寺である。当然、大師堂もありますえ。

すっかり南蔵院の珍寺っぷりにお腹いっぱいになったが、まだ当初の目的である宇佐神宮には、遠い。ちょっとはしゃぎすぎた。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

それにしても、なんで監督は珍寺って知ってたのかといえば、私が神と崇める珍寺大道場を見ていたからであった。

2008年11月21日 (金)

長野・群馬の旅(その11:国宝松本城)

明神館を出発した。まずは昼食である。

長野と言えば、馬刺しである。

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三河屋という馬肉屋に来た。

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へい、お待ち。

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美味い!抜群である。

以前、東京で馬を食ったときは、大層高い買い物であったが、今回は、生産地の強みか?幾分リーズナブルだった。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

松本城にやってきた。

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国宝四城と俗に言われる。この松本城の他に、世界遺産姫路城、彦根城、犬山城がある。しかし、二条城は、城じゃないのか?

私はあえて、国宝五城と言いたい。( ̄ー ̄)ニヤリ

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平成5年に国宝松本城400年祭りが開催され、そのマスコットキャラクター夢丸である。

ひこにゃんの方がインパクトありますな。

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松本城の前身は、深志城である。小笠原の居城であるが、武田に乗っ取られた。その後、小笠原貞慶が旧領を回復し、松本城と改名したそうな。。。

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内部は薄暗く、なかなか雰囲気がある。大阪城や名古屋城の鉄筋コンクリート(エレベータ付き)とは雲泥の差だ。

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この天井は、桔木構造というらしい。天井を支えるため、力学的に工夫しているようだ。

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城の内部とは、ほぼ100パーセント、ミニ博物館になっている。いつものように、鎧やら甲やら刀やら火縄銃を見る。

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おう!狭い。

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最上階に上るのに、大渋滞だ。

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この階段は非常に急である。

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頭上の梁に注意する。

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天守閣最上階である。

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天井には、守護神の二十六夜神が祭られている。そういや姫路城には、最上階に刑部大神が祭られている。

降りる。

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怖っ階段の幅が狭く、急勾配かつ頭上の針の魔の三重奏である。

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天守四階である。有事の際は、城主の座所になると考えられている。

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天守三階である。大変暗く、倉庫に使われていたようだ。

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花頭窓(かとうまど)という。禅宗のお寺によく使われる窓である。

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このスペースは、月見櫓である。こういうところで月見(月見団子食べ放題付き)をしながら、一句捻りたいものだ。

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ちなみに月見櫓から外を眺めると、こんな感じ・・・

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月見櫓の外観はこんな感じ・・・

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松本城といよいよお別れだ。

ジャイアントさらば!

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門をでた。

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♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

松本を出発する。

途中でたい焼きを食い、高速に乗った。

JINの計算では、新神戸最終の新幹線に間に合うらしい。。。新神戸からは、私とじゅんちゃんが新幹線に乗り、JINとまきはお見送りとなるわけだ。じゅんちゃんとまきは、相変わらずな話を後部座席で繰り広げている。

滋賀に入る頃、じゅんちゃんがあせりだす。間に合うのか?

私は、翌日も休みを取っていたので、最悪、次の日自由席で帰ればいいわと気楽なものである。

なんとか間に合う算段が整うと、じゅんちゃんワールドが炸裂しだした。とても書き残せるような話ではない。まあ、踊りは当然・・・

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

JINの予測どおり、少し余裕を持っての新神戸着であった。

JINとまきとホームで別れ、ふじゅんの会の旅はこれにて終了。来年はどうなることやら・・・

2008年11月20日 (木)

長野・群馬の旅(その10:扉温泉明神館)

熾烈を極めた二晩が遂に報われるときがきた(一夜目は車中。二夜目はコテージ板間毛布のみ。)。今夜の宿は、上等だ。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

宿までの山道は、当然山道専門の私が運転する。

それにしてもすっかり日が落ち、真っ暗だ。

途中、左手の崖上から何か落ちてきた。そして、並走・・・

鹿やん!

まさか野生の鹿とランデブーする羽目になるとは、それにしてもナビ上ではとっくに着いてるはずなのに、ちっとも着かない。

というか、道の舗装が・・・

おう!土砂崩れ跡が・・・

まきが焦る。

しかしながら、過去に龍神~十津川という悪路を制覇した私には、余裕である。

木の枝が眼前に・・・

真剣勝負にそんなもの関係ないわーーーーщ(゚Д゚щ)カモォォォン

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

どうやら道を間違えていたようだ。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

補正完了後、まもなく宿に着いた。

今夜の宿は、扉温泉明神館である。

部屋に入り、まずはお茶をいただく。

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いや~、いいお部屋じゃないですか~。。。

かなり上等な部屋である。画像なしよ。。。

明神館のHPはこちら

風呂に入る。露天で漢(おとこ)について語った。

飯。。。

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美味い!

ただ、少し薄味で、しゃびしゃびだった。

それにしても配膳のお姉さん(とあえて言おう)の独特の話術がよかった。なんか間があるのだ。なかなか笑いに五月蠅いと見た。このやかましい四人組みについてきていた。

しゃっちょーさんまあまあまあ・・・(◎´∀`)ノ

せんせい~まあまあまあ・・・ヽ(´▽`)/

副社長いやいやいや・・・ヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ

課長補佐

こんな感じで懇親会をでかい声でやったものだから、周りに丸聞こえである。一度、厠に行くと、厠の中まで社長の声が響いた。

宴が終わる。

風呂入って、糞して寝た。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

平成20年9月15日。

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朝飯の後は、朝風呂である。

特と見よ!

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最高ですな(*´д`*)ハァハァ

じゅんちゃんもそりゃ踊るわ

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ロビーでちょっとくつろいで、散歩しますか・・・

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鹿はいね~がぁ~と捜したが、見つかったのは、謎の七福神の石像であった。

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魚はいるかね?

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いやっほ~

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宿の前まで帰ってきた。

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露天の入り口に道祖神があった。

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やばっ!ちょっとお手洗い。。。

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いや~、いい玄関してますね~

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ジュース、コーヒー飲み放題につき、めいっぱいくつろぐ。。。

さ、チェックアウト、チェックアウト。。。

2008年11月18日 (火)

長野・群馬の旅(その9:岩松院)

小布施(おぶせ)という町がある。歴史的景観と葛飾北斎が晩年に逗留したことで有名である。

小布施には北斎の作品がいくつか残されており、特に祭り屋台の天井絵や今回紹介する岩松院というお寺の天井絵は有名である。

以前、マルに連れられてきたとき、岩松院の存在を知らず、後で知り、大層悔しい思いをした。今回もある意味リベンジである。

小布施に行く前に・・・

おぎのや長野店にやってきた。おぎのやと言えば、横川駅の駅弁で有名な峠の釜めしである。

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では・・・

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美味い。容器は益子焼きで、現在、まーくん宅のお菓子入れ兼オブジェとなっている。

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

小布施に着いた。小布施のメインストリートを通過し、少し離れたところに岩松院はある。

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お地蔵さんがお出迎えである。

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妙に可愛らしい仁王さんである。

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石段を上ると、本堂が見えてきた。

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岩松院は曹洞宗のお寺で、山号は梅洞山である。本尊は釈迦如来である。しかし、悲しいかな、そういう宗教的な面では全く名前が売れていない。この寺が有名な理由は、北斎の天井絵、「八方睨みの鳳凰図」と小林一茶の句で有名な池のためである。

早速、天井絵を拝観する。あいにく写真撮影禁止なので、購入した絵葉書でも見ておくれ。

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素晴らしい。北斎好きの私には堪らない一品である。あまりの迫力に言葉が出ない。魂を食われそうになったが、なんとか死守し、本堂から這い出た。

裏手に廻る。

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福島正則の霊廟である。

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福島正則と言えば、賤ヶ岳の七本槍で有名である。関が原では石田光成への不信から東軍についた武将である。ちなみに信長の野望的には、武力はそこそこで、私的には少し使いづらい。。。

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これが墓のようだ。

霊廟からさらに裏手に廻る。

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池があった。

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この池が、小林一茶の「やせ蛙 負けるな 一茶これにあり」という超メジャーな句の舞台である。その名も蛙合戦の池である。

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一茶の句碑があった。一茶が54歳のときの句である。一茶は高齢にして第一子を得るが、病弱だった。病弱な子供に向けたエールのようだが、すぐに死んでしまうのだ。昔、現国で習った。

で、蛙を探してみた。

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いた!かなり注意深く捜して、やっと見つけた。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

小布施の中心エリアに戻る。

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小布施堂というお菓子屋に来た。ここで喫茶を楽しむ。

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栗鹿の子を食す。美味い!

ちなみにお寺に行っている間、社長と課長補佐はとても静かだったが、食い物を食うときはとても元気だった。

2008年11月17日 (月)

長野・群馬の旅(その8:善光寺)

戸隠から山道を乗り越えて、善光寺までやってきた。

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石畳を歩くと左手に大本願がある。

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尼さんの寺のようだ。

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第一関門とばかりに仁王門が現れる。現在の仁王門は再建で大正の物らしい。

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でかい!

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切れてる!

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大胸筋いいよ!

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ナイスバルク!!

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

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山門が現れた。1750年に完成したものである。重要文化財となっている。前回訪れた際は修復中であった。

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でっかい地蔵さんが並んでいる。

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山門をくぐると・・・

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本堂である。国宝である。

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頭に煙をかぶったら、禿に効きそうと思うのは私だけであろうか?そういや、何か最近抜け毛が・・・。。。

30超えると、抜け毛が凄いですよ。。。ところで、うちの娘。はかわいいですよ。「監督談」

ところで、善光寺であるが、無宗派の寺院なのである。何故ならば、日本において宗派に分かれる前から存在していたからである。ちなみに、天台宗と浄土宗の別格本山にもなっている。

本尊の阿弥陀三尊は、非常に特殊なものである。各地に善光寺の本尊を模した善光寺式阿弥陀三尊が存在する。さらに、善光寺の本尊は、ここ数百年誰も見ていない秘仏中の秘仏である。本尊の忠実な模造の三尊でさえ7年に一度しか公開されないのだ。

本堂の中に入る。我々の目的は、阿弥陀三尊ではない。見れないものは仕方ない。

当然、お戒壇巡りである。内陣の奥に入り口があり、秘仏の安置された部屋である瑠璃壇の真下に下りる。瑠璃壇の下は真っ暗闇の回廊になっているのだ。

内陣を長蛇の列がぐるぐる回っている。途中、内陣前で爺が拝んでいた。なんか私を拝まれているみたいで気持ち悪い。

やがて、入り口に入った。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

暗い。

何も見えない。

私、JIN、じゅんちゃん、まきの順である。じゅんちゃんとまきがやたら騒いでいる。

まっちゃん、いずこ?

とか聞いてくる。

私は、意地悪して何も答えなかった。

それにしても、前の人との距離を保つのが、難しい。前のおばさんの踵を何回もトゥーキックしてしまった。

そして、たまにJINに背中を触られ、きもかった。

やがて、錠前が手に触れた。

この極楽の錠前は、本尊様と繋がっているらしい。本尊と魂のユニゾンを果たし、往生の際に迎えに来てもらう約束ができるらしい。これで、私にも阿弥陀さんが迎えにくるかなあ~(◎´∀`)ノ

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

地上に生還した。

しばらくすると、JINがでてきた。そのまま、JINはご朱印をゲットする。全くご朱印マニアめがっ!

続いて、じゅんちゃん。。。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

???

まき、遅っ!

結局、10分ほどしてでてきた。

何でも私たちがまだ、下にいると思っていたそうな・・・。。。

まきのせいで、地下はさぞかし大渋滞であろう。

ヤレヤレ ┐(´(エ)`)┌クマッタネ

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さあ、戻ろう。

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釈迦堂にて、涅槃像を見学する。鎌倉のものらしい。ありがたいものを見た。私とJINは悦に浸っていた。

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善光寺と言えば、おやきでしょう。。。信州名物おやきは、野沢菜や茄子などを包んだ焼餅であるが、ここ善光寺のものには、蒸したものも存在する。今回は、蒸したものを食した。私は当然野沢菜である。まきは初めてのおやきだったようだ。初めての人には、焼いたほうも食ってほしかった。

善光寺も参拝し、次の目的地に向った。

おまけ

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せんとくん?

2008年11月16日 (日)

長野・群馬の旅(その7:戸隠神社中社)

戸隠神社中社前の蕎麦屋で蕎麦を食ったが、大して美味くなかった。後で、美味い蕎麦を食いにいこう。

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奥社の次は、中社である。ご祭神は、天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)である。引きこもりの天照大神を引っ張り出すため、岩戸神楽を創案した神だそうだ。

石段を上ると、見事な三本杉がお出迎えである。

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樹齢は700年を超えているらしい。

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前回、ここを訪れた際は、真っ暗であった。

http://markun-angya.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_bc04.html

今回リベンジに成功した。こういう風になっていたのかと感心する。

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この龍の天井絵は、河鍋暁斎によるものである。あいにく、消失していたが、平成15年に復元されたらしい。模写とはいえ、少し興奮する。しかしながら、あんまり暁斎って、好きじゃないのよね。同時期ならば、狩野芳崖の方が・・・

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さ、蕎麦食いにいきまひょ。。。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

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車を少し走らせ、そばの実という蕎麦屋に来た。さっきから蕎麦、蕎麦と言っているには、理由がある。長野は蕎麦の名産地として有名であるが、戸隠は特に有名なのである。戸隠そばと言えば、ブランドなのである。

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じゃ、じゃ、じゃ、じゃ~~~、食いますよ~。

無類の蕎麦好き、まーくんががっつく。。。

キタワァ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。..。.:*・゜゚・* !!!!!

これは、美味い。食通JINも合格点が出たようだ。

星みっちゅ(*^ー゚)bグッジョブ!!

興味のある人は、戸隠まで行っとくれ。

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食後のデザートは、蕎麦チーズケーキである。どのあたりが蕎麦かはよく分からなかったが、非常においしゅーございました。

2008年11月15日 (土)

長野・群馬の旅(その6:戸隠神社奥社)

平成20年9月14日。

戸隠キャンプ場の朝は早い。寝ぼけながら、昨日の宴の後片付けをする。昨晩は風呂に入っていないので、すこぶる臭い。昨日は暗くて、よく分からなかったが、一人でキャンプ場で過ごす偉人や女性グループなど多種多様な人々が野営を楽しんでいたようだ。女性グループは朝っぱらからBBQを楽しんでいた。社長の眼鏡がきらりと光ったが、フラグは立たなかった。

さて、キャンプ場から撤退し、前回の長野旅行からの課題でもあった、戸隠神社奥社に行く。

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ここからは山道が続く。

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さて、戸隠神社であるが主祭神は、地主神である九頭竜大神である。黒龍モーニングデストロイヤーを放てそうだ。ちなみに九頭竜伝承というものが全国にある。一番有名な箱根の芦ノ湖に九つの頭を持つ龍がおり、生贄を求めたため、村人が白矢の立った家の娘を生贄として捧げるというものである。龍はその後改心して神へと昇華するのである。「白羽の矢が立つ」の語源でもある。九頭竜伝承の源は、ここ戸隠だそうだ。

九頭竜大神以外は、天の岩戸伝説にかかわる神々である。ここは天の岩戸伝説の舞台でもあるのだ。

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随神門が見えた。

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随神門を抜けると、一挙に聖地という雰囲気になる。

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凄い杉並木だ。

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はしゃぐ馬鹿一人・・・┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

この頃から、私の大腸が活発に・・・。放屁すると、昨日のにんにくが効いて、とてつもなく臭かった。ふじゅんの会ご一行様を恐怖のどん底に落とすには十分だった。

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おお、凄い穴だ。こういう所を見ると、なんか妖怪が住んでいそうな気がするのは私だけ?森の死霊?黒い剣士?

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摂社の一つのようだ。

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岩から木が生えている。生命の神秘を感じる。森が生きているんだな。。。

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九頭竜社である。九頭竜大神を祭る神社である。決して、西軍の長ではないので、モーニングデストロイヤーは打てない。

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奥社が見えてきた。

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奥社である。ご祭神は、天手力雄命(あめのたぢからおのみこと) である。岩屋に引きこもった天照大神は、神々のどんちゃん騒ぎが気になり、天の岩戸を少し開けてチラ見するが、この天手力雄命がそれをえいやっと一気に開放したのだ。その後、また天照大神が引きこもってはいけないと、天手力雄命が岩戸をカレリンズ・リフト?で投げ捨てたのだ。その岩戸がこの戸隠の地に落ちたという。前田日明もびっくりだ。

参拝を終え、おみくじを引く。ここのおみくじは、宮司さんの祝詞の後、ひくのである。なかなか面白い。吉だったので、まずまずだ。

ところで、岩戸はいずこ?

宮司さんに聞く。

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この山全体が天の岩戸です。

モヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!

それはスケールがでかい。てっきり岩が置いてあるのかと思っていた。JINと二人、驚愕する。しゃっちょーさんは興味なく、まきは天の岩戸?何それ?といった感じである。

この御仁たちは、このふじゅんの会以外で神社や寺には滅多に行かないらしい。私とJINは神社仏閣巡りが趣味なので、年中行っているのだが・・・。もっともJINと私では専門が違う。JINは本格寺院マニア、私は珍寺マニアである。

さ、蕎麦食いに行こっと・・・。

2008年11月14日 (金)

長野・群馬の旅(その5:金具屋(外観だけ))

群馬から長野に入り、いつの間にやら眠っていたようだ。

車は、渋温泉に着いた。

ここで温泉に浸かるわけではない。というか、今日一日で法師温泉と草津温泉を堪能した。

これを見たかったのだ。

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歴史の宿金具屋という旅館である。手前の何の風情もない建物は新館で、我々の目的は、奥の斉月楼である。

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昭和11年竣工のレトロな建物である。千と千尋の神隠しの温泉宿「油屋」のモデルの一つとされるのだ。油屋のモデルとしては、道後温泉本館なども一つに挙げられている。

ふじゅんの会ご一行様は、興奮のあまり、写真をとりまくる。結構恥ずかしいものがあるが、真剣勝負にそんなもん関係ないわーぅぉぉぉーヽ(゚ω゚ )ノヽ( ゚ω゚)ノヽ(゚ω゚ )ノぅぉぉぉーヽ( ゚ω゚)ノヽ(゚ω゚ )ノ ぅぉぉぉー

さあ、帰ろう。。。

そう、この宿には泊まらない。単に見てみたかっただけである。しかし、いずれ泊まりたいと思わせる魅力ある宿であった。

帰りに温泉卵を食った。温泉の成分か、塩味が効いて、美味かった。

☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

すっかり暗くなってしまった。

本日の宿は、戸隠キャンプ場である。

とにかく暗い。コテージに泊まるのだが、我々のコテージに行くと、もう誰も来ないと勘違いしていた人々が一斉に車を除けた。

とにかく暗い中、役割分担して、バーベキューの用意である。

料理の鉄JINとまきが食材担当、私としゃっちょーさんが火の準備をする。

見えん(A;´・ω・)アセアセ

新聞が燃えるだけやないか~い。。。(# ゚Д゚) ムッカー

管理棟に着火剤を買いに行く。暗い。。。まさか、念のために持ってきたLEDペンライトが役に立つとは・・・。

全弾投入!ファイヤーw(゚o゚)w

火がついた。文章にすれば、短い出来事だが、実際は本当につかなくて、困った。

JINたちが食材を運び、BBQスタートである。

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美味かった。JINが焼きおにぎりを準備していた。全く食にはこだわる漢(おとこ)だ。にんにくを丸ごと焼いたが、まきと二人で大量に摂取した。明日の放屁が楽しみだ。

しゃっちょーさんは、一人で踊った。というか旅の間、かなりの頻度で、歌い踊っている。いつものことながら・・・

それにしても半袖・短パンは寒い。(´;ω;`)ウウ・・・

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電気もないコテージの中、板の上で毛布に包まり、眠る。昨日からまともな布団で寝ていない。(´Д⊂グスン

明日は、贅沢するぞと一同熱く語り、就寝した。

2008年11月12日 (水)

長野・群馬の旅(その4:白根山湯釜)

白根山は、間もなく長野県に入るというところにある活火山で、その頂上には、火口湖がある。この火口湖を湯釜と呼ぶ。

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途中で森林限界を経験し、着いた。かなりの涼しさである。

ちなみに平成18年にもこの湯釜を訪れている。

長野闘痔の旅その2

半袖・短パンで山を上る。

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前回はとてつもなく寒く、おまけにガスで湯釜がほとんど見えなかった。今回も霧が激しくかなりやばい。

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途中で、草花に癒される。

興奮した私はつい早歩きになる。このスピードに普通についてくるのは、JINである。社長とまきはのんびりと歩いてくる。このふじゅんの会では、よくある風景である。足の速さか、私とJIN、社長とまきの二組が自然とできてしまうのだ。

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緊急避難場所?噴火があったら、ここに逃げ込めと・・・?

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だいぶ高いところまで来た。

そうこうしていると、頂上に着いた。

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今回は、ガスが晴れて、しっかり見えた。

この火口湖の水色は、美しいエメラルドグリーンなのである。

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前回はほとんで見えなかったので、かなり興奮する。見事リベンジ達成である。

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この看板の前はやはり大人気でなかなか写真に撮れなかった。

麓に下りる。

途中で、喫茶店のクロワッサンが焼きあがりましたという放送を聴いていた私たちは、一路喫茶店に・・・。

食った。

( ̄ー ̄)ニヤリ

普通。

駐車場前には・・・

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鴨ですな。駐車場のおやじ曰く、野生だそうだ。

白根山を出発し、しばらく走ると・・・

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日本国道最高地点があった。私たち以外に家族連れがいた。彼らの写真を撮ってあげる。まきが普通に彼らと会話していた。さすが・・・

しばらくすると、自転車のお兄さんがきた。お兄さんは、感極まって・・・

やったーーーーー。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

そして、栄誉を称え、お兄さんと世間話をするまき。

まきの会話能力には尊敬を覚える。まきにかかれば、初対面でも30分あれば、家族構成、趣味、恋人とうまくいっているかなど、個人情報の大流出が始まるのだ。

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ちなみに日本国道最高地点の景色は最悪だった。

自転車お兄さんを置き去りにし、車は出発し、いよいよ長野県に突入した。

2008年11月 9日 (日)

長野・群馬の旅(その3:草津温泉湯畑)

有名な草津温泉にやってきた。ここでの目的は、湯畑と立寄り湯である。

湯畑とは、草津温泉の源泉であり、ここで湯の花を採取しているのだ。

湯畑の廻りはロータリーになっている。ロータリーを抜けて、立寄り湯に行こうとしたが、出方がよく分からず、二周してしまった。

立寄り湯の駐車場にひとまず車を停める。少し歩いて、湯畑まで戻ってきた。

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なかなか人が多い。そして、半袖・短パンの馬鹿は、小学校低学年男子以外には、私だけだった。さすが、群馬の山奥である。涼しい。

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凄い湯量だ。緑色の水垢のようなものは苔の一種らしい。こんな高温でも生きることができるのだ。

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美しい水色だ。

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反対側までやってきた。

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お湯が湧いている。

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この木枠で湯の花を採取しているようだ。

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湯畑の傍らに、足湯・手湯の施設が設置されている。手湯とは、あまり聞かない。

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温泉噴水?

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草津温泉のセブンイレブンは外観が渋い。

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温泉といえば、当然温泉饅頭である。揃って、甘いもの好きなふじゅんの会一向は全員食した。美味かった。

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湯畑観光を終え、立寄り湯に赴く。

大滝の湯という大型の温泉施設である。風情は全くないが、なかなか温泉はしっかりしていた。結構硫黄臭くなる。

ところで、草津温泉といえば、林羅山の三名泉である。ちなみに、残りは有馬と下呂らしい。という温泉の三大は数が多すぎて何でもあり状態である。三大温泉とか、枕草子版三名泉とか、三古湯とか・・・┐(´д`)┌ヤレヤレ

また、江戸時代に作成された温泉番付は東の大関(当時の最高位)が草津で、西が有馬である。

草津温泉を後にした。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

おまけ。

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草津温泉湯畑前で半袖・短パン及び青森蔦温泉のタオルを肩にかけ微笑む自称蔦温泉応援大使の私。

2008年11月 6日 (木)

長野・群馬の旅(その2:法師温泉長寿館)

平成20年9月13日。

早朝。法師温泉に着いた。途中、すっかり元気になったまきに運転を任し、ぐーすか寝た。寝ぼけながら、車がやけに揺れると思ったら、着いてみてびっくり、山奥ですやん!

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清流だ。

法師温泉には一軒しか宿がない。長寿館という宿である。今回、ここに立寄り湯をするわけである。そして、いつもの通り、日本秘湯を守る会

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早すぎた_| ̄|○

まだ入湯できない。

仕方ないので、しばし車で寝る。

途中、心無い宿客に、

「大阪から来てるよー。」

とか、でかい声で言われ、起きてしまった。

私は福岡ですが・・・(´-д-`)

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

時間である。

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レトロな造りである。

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では、入る。

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中もなかなか雰囲気がある。

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カモシカ~ヽ(´▽`)/

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さあ、風呂に入る。

かなり雰囲気のよい浴場である。

JINが写真を撮った。ものの見事に見えてはいけないところが隠れている素晴らしい写真であるが、ちょっと公表は差し控える。

かわりに長寿館のHPで確認するべし。

法師温泉長寿館

JINとまきと三人で湯船にて友情を育む。

しかし、社長が来ない。洗面で髭を剃っているのだ。洗面がガラス戸越しに見える。

髭を剃るのに、社長がゆらゆら揺れている。まるで踊っているようだ。

結局、相当してからやっと来た。時間的に厳しいのにもかかわらず・・・

さて、法師温泉の泉質であるが、カルシウム、ナトリウム硫酸塩泉だそうだ。

混浴である。まきは相当びびっていたが、私やJINのような温泉マニアにはどうってことないのである。というか、つい一月ほど前に混浴に入っている。

酢ヶ湯温泉

温泉から出てくると、ちょうど団体さんが来た。早く来てよかった。。。

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入り口前にラムネが売ってあったので、飲む。無人で代金は置いておくという、性善説に基づく素晴らしいシステムだ。

法師温泉を堪能し、移動を開始した。ここからは、山道専門の私の運転である。

2008年11月 5日 (水)

長野・群馬の旅(その1:導入)

平成20年9月12日から15日にかけて、長野(一部群馬を含む。)に行ってきた。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

まず、ふじゅんの会について語らねばならない。ふじゅんの会のメンバーは、私とお馴染みのJIN、歌って踊れるセールスマンじゅんちゃん、話術の天才まきの四人で構成される会である。

実はそれぞれJINの友人であり、平成17年にグリーンスタジアム神戸に交流戦阪神VSオリックスを一緒に見に行ったときが、それぞれ初対面であった。それまでに噂はかねがね聞いていたのだが・・・。

最近仲良くなった割には、かなり濃い付き合いをしている。

ふじゅんの会という名は、昨年鹿児島旅行したときにつけられた名で、じゅんちゃんの名に由来する。ちなみに平成20年11月5日現在のそれぞれの本拠地は、私→福岡市、じゅんちゃん→北九州市、JIN→神戸市、まき→大阪と凄まじいことになっている。遠距離での付き合いのため、今では年一回の旅行が恒例化しつつある。

ちなみに今回の旅行で、私がじゅんちゃんのことをしゃっちょーさんと呼んだため、じゅんちゃん→社長、私→副社長、まき→課長補佐、JIN→顧問弁護士(社外の人間かよ!)という訳の分からない地位がつけられた。

では、今回の旅行記を書き出す。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

平成20年9月12日。

仕事を終え、帰宅した後、準備を整え、博多発の最終の新幹線に乗り込む。

たった今、旅が始まった。

普段苦労して行く、小倉もあっという間に着いた。小倉に着く直前に必ず、北九州予備校の”努力は実る”に目が行く。(;´▽`A``

小倉に着くと、しゃっちょーさんがいた。

じゅんちゃんが車内に入り、私の隣に座った。なぜか汗みどろである。

牛丼食ってたら、ギリになったらしい。。。

とにかく新大阪に向って、発車した。

二人でスジャータのアイスクリームを食べ、熱い議論を交わす。ちょうど疲れた頃に、新大阪に着いてしまった。

新大阪の駅でJINと合流した。そこから、駅前にて待っていると、まきが車でやってきた。

まきの運転からスタートである。じゅんちゃんは、しばらくは大いにはしゃいでいた。やがて、静かになったと思ったら、既にご就寝していた。

大阪から名神高速に乗り、大津SAで休憩を取り、なぜかひこにゃんグッズを吟味してしまう私。。。ま、買わなかったけど・・・(* ̄ー ̄*)

ひたすら車は走る。三重やら愛知やら岐阜やら、昨日の晩からもういくつの県を制覇しただろう。福岡、山口、広島、岡山、兵庫、大阪、京都、滋賀、三重、愛知、岐阜、そして、12府県目の長野に入った。

明け方近くにJINと交代である。まきはご苦労であった。そのころ、じゅんちゃんは、なぜか座席のヘッドレストをお腹の上に大事そうに抱え込んで、ご就寝していた。

途中、碓氷峠あたりを通過する。シルエイティがいないか期待したが、いなかった。

13府県目の群馬に入り、横川SAで休憩する。

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周囲の山の形がすごい。。。

ここから、今回の旅の第一目的地、法師温泉まで激走はつづく。

2008年11月 3日 (月)

台湾熱闘編(その9:士林夜市)

圓山駅から淡水線に乗り、劍潭駅で下車する。駅のトイレに入ると、小便器が塞がっていた。ふと個室の方を見ると、現地の人が大便器に小便をしていたが、便器に対して、垂直方向に用をたしていた。

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おかげで、周囲に飛び散っていた。迷惑な話だ。

駅を降りる。うっちょに任すと、全然違う方向に行くはめになった。微かな記憶から、間違いを指摘し、私の秘密兵器「方位磁針」により、無事着いた。

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相変わらず、凄い熱気である。うっちょはテンションが上がった。寺のときは沈黙していたのに・・・

夜市は「よいち」と読む。決して、うっちょのように「よるいち」と呼んではいけない。普段は黒猫に化けているわけではない。歩法の達人でも、元隠密機動総司令官でもない。

ところで、夜市とは、深夜まで開いている大露店街のようなもので、台北には、所々点在している。特に有名なのが、この士林夜市である。台湾のB級グルメが堪能できたり、スマートボールのような大阪の新世界かいっ!と突っ込みたくなるようなレトロなゲームがあったり、日本のドラマDVD(途中で本日の試合結果などのテロップが流れる「監督談」)が売っていたりと、大変楽しいところである。

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夜市に蔓延する生ごみの臭いは、台湾のソウルフード?「臭豆腐」である。

決して、金色疋殺地蔵が卍解されたわけではない。

前回、私は揚げたものを堪能した。普通にうまかったのだが、

「えっ!?汁に浸かってるやつを食べなかったんですか?揚げたやつは、臭いが封じ込められるので、大したことないですよ。汁に浸かってるやつを食べないと、臭豆腐を食べたことにはならないですよ。まーくんは、こわっぱですね。ところで、うちの娘。かわいいですよ・・・。」

と、そもそも臭豆腐自体を食ったことがない監督になじられた。

この恨み、晴らさでおくべきか・・・

ということで、

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汁に浸かってるやつである。辛辣臭豆腐である。文字面からして辛そうだ。

これを買おうか迷っているとき、店員さんが話しかけてきた。臭豆腐を頼もうと、日本語で話すと、店員さんが慌てて、日本語メニューを持ってきて、苦笑いである。

?現地人と間違われた?

今まで、うっちょが現地人に似ているため、間違われると思っていたが、どうも違うような・・・。前回は、日本人ってマル分かりという反応だったのだが・・・。

ぎーさん一人、現地人に間違われ、大爆笑したものだったが、今度は自分がその立場か・・・?

ともかく、臭豆腐を食す。

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美味い!揚げたやつは、美味い揚げだが、今度は美味い豆腐である。臭みは辛味で麻痺させられ、あまり気にならなかった。うっちょにも強引に食べさせる。警戒しまくっていたが、一口入れると、あら不思議!?

普通にうまいっすよ(うっちょ談)

辛さもちょうどよかった。ところで、本当はもう一つ汁系の臭豆腐があった。

鴨血豆腐とかなんとか書いていたもので、なんか生臭かったので、食わなかった。これは、違う意味で無理(;;;´Д`)ゝ

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ぐるぐる回り、途中でうっちょが焼き鳥を食ったりしたが、うっちょが楽しみにしていたフライドチキン(なんかめっちゃでかい!)はあまりにも長蛇の列で食えなかった。

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テナガエビ釣りみたいですな。テナガエビといえば、四万十川で食うテナガエビのから揚げは美味かった。

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うおぉぉぉぉ!!!!

大渋滞である。

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この渋滞で、精神的・肉体的に非常に疲れた。うっちょは大いに汗をかき、体重が5キログラム落ちたという・・・のは、嘘である。

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これは?ストラックアウトのようだ。右側の親父は下手だった。

全日本」という字が気になる。何が全日本なのだろう?

すっかり夜市を堪能したので、戻る。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

メトロで中山駅まで戻った。

非常に疲れたので、昨日のマッサージ屋で、今度は全身マッサージをしてもらった。

うっちょは、気持ちが良かったらしく、寝ていたようだが、私はおじんのこれでもかという責め苦に合い、最悪だった。揉み返しで二三日体が痛かった。

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就寝・・・

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

翌日の早朝、ガイドの爺がきた。ホテルに手配させたという弁当を渡された。何か気になるな・・・。

空港に着くと、チェックインを済まし、ちょっと一息という間もなく、爺に無理矢理出国させられた。こんなに早く出国審査を受けなくともよいのに・・・。

セキュリティチェックで、うっちょが停められる。案の定、弁当が引っかかった。中に入っていたお茶が引っかかった。

うっちょは警備員にそれは要らないと、捨ててもらい、セキュリティを抜けた。

出国審査を受けて、中のベンチに座り、弁当を開けて、びっくり!

なんと、梨が丸ごと入っていた。それに私の弁当はお茶も入っていたのに、セキュリティをくぐり抜けた。台湾のセキュリティチェック能力に疑問を感じながらも、とりあえず、食ってみた。サンドイッチだったが、非常に不味かった。こんな不味いサンドイッチは食ったことがない・・・。

うっちょと二人、爺に恨み節を吐く。。。

おかげで、スタバで口直しをする羽目になった。

最後の最後でうっちょが台湾の婆に現地語で話しかけられた。道を尋ねられたようだが、うっちょのうろたえようが傑作だった。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

機内食でも不味いものを食わされたので、帰国後、口直しにラーメンを食って帰った。

おしまい。

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