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  • 第五位:第一次九州遠征(2号線の旅)
    1999年3月に国道2号線を使って、神戸から北九州まで旅をした伝説。帰りはフェリーで松山に上陸し、四国を横断して帰ってきた。
  • 第四位:ハワイのんびり旅行
    2005年12月。ホノルルマラソンに出走。人生を変えた旅。
  • 第三位:英国旅行
    飯は不味いが、とにかくお洒落な街と大英博物館、ストーンヘンジ、カンタベリー最高!
  • 第二位:中欧旅行
    ベルリン、プラハ、ブタペスト、ウィーン、ヴェネチア、アムステルダムと6カ国の都市を主に列車で巡った。飯が美味かった。
  • 第一位:北部インドの旅
    2007年2月。とにかくカルチャーショックの連続だった。

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2008年9月

2008年9月30日 (火)

東北旅行記(その7:仙台にて)

仙台に着いた。レンタカーを返す。

いよいよ旅はフィナーレに近づいている。最後の晩餐に仙台名物牛タンを食すことにした。

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まだ時間が早いので、客は少ない。

さっそく牛タン定食を注文した。

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食す。うまいっ!

テールスープはなかなかのものであった。

くっぺちゃんの陰謀により調子に乗って、タンシチューまで食ってしまった。

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すっかりご満悦になり、店を出た。

仙台駅まで歩く。なんというか普通に街だ。

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・・・・・・・・・・・・

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仙台駅から東京まで新幹線である。

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新幹線内では、残り少ない時間を楽しむ。ぎーさんは疲れ果てている。でも、今回はよくもったものだ。社会人になり、体力がついたようですな。。。

やがて、東京駅に着いた。

ここで、O氏、くっぺちゃん、きよしとは、お別れである。彼らは、新幹線で新神戸に向けて、旅立った。私とぎーさんとJINは東京に残り、明日、国立博物館の特別展に行く。まあ、さんぽ会としての旅はここで終了である。O氏、くっぺちゃん、きよしのその後を知るものはいないことはない。

今回の旅で学習したことは、1.茶花を飲むと、うんこがよくでる。2.デジカメは窃盗犯逮捕にも役立つ。ということである。

とりあえず、おしまい。

2008年9月29日 (月)

東北旅行記(その6:厳美渓)

厳美渓にやってきた。厳美渓は岩手県一関市にあり、1927年に国の名勝及び天然記念物に指定されている。

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ここの名物は、なんといっても郭公だんごである。水曜どうでしょうでも紹介されており、どうでしょうフリークである私とJINは、小躍りしてだんごの列に並んだ。

渓谷の向こう側のだんご屋から、かごに乗って、だんごが飛んでくるのだ。あとで詳細に紹介するので、乞うご期待。

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我々が並んでいる間、他の御仁たちは、うろうろして、すっかり景勝地を楽しんでいるようだ。

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順番が来た。

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かごに代金を入れ、この板を木槌で打つと、籠が回収される仕組みである。

代金をいれ、JINが板を打つ。

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籠が回収される。

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お店の人がお金を回収し、籠に団子とお茶を入れる。

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だんごがキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

だんごを回収する。だんごを食おうとするが、御仁たちが見当たらない。遠くにいたので、はよ来いとジェスチャー。やってきたので、だんご様とご対面である。

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あんことごまとみたらしがある。

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食す。

うまい!(*^ー゚)bグッジョブ!!

どうでしょうでは、甘いものが苦手なミスターが苛められていたが、あいにくさんぽ会は甘いもの好き集団である。とくに我が会のミスターであるぎーさんは、甘いもの魔JINと双璧を誇る大甘党である。あっという間に完食した。

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食べ終わると、もう完売になっていたようだ。

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完売すると、店に赤旗が掲げられる。

だんごの話ばかりしたが、最後に渓谷をどうぞ!

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なかなか絶景である。

厳美渓を目に焼きつけ、出発した。

エンディングも近い。仙台に向けて、車は走るのだった。

2008年9月25日 (木)

東北旅行記(その5:中尊寺)

平成20年8月15日。三日目開幕である。

早朝、いつもどおり、早起きの末、風呂に行く。ちょっと頭が立ち上がるのに時間がかかる。湯船に入ってれば、目が覚めるだろう。風呂に入り、体を洗う。ちょっと起動してきた。湯船に浸かると、おっさんが話しかけてきた。
おっさん:昨日は、どこにいかれました?
私:ええ、土砂降りでほとんどいってないどすえ。ホテルに着いて早々、酸ヶ湯温泉に行ったくらいです。
おっさん:私も昨日行きました。数多くの温泉に行きましたが、酸ヶ湯が一番です。
私:ほお・・・。結構温泉に行かれてるのですか?
おっさん:まあ、東北がほとんどですけど・・・。毎年、八甲田ホテルに泊まっているんですよ。帰り際に来年の予約をするんです。
私:昨日は雨の中、酸ヶ湯以外にどこか行かれましたか?
おっさん:恐山に行きましたよ。
私:おぉ!恐山は非常に興味がある。どうでしたか?
おっさん;イタコがいると思ったんですが・・・。5月くらいのお祭りのときだけらしいですよ。
こんなふうな世間話を交わし、風呂を出た。それにしても、恐山情報はなかなか・・・。
帰り際にくっぺちゃんに会った。

朝からたっぷり飯を食い、八甲田ホテルを出発する。

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山ということで、しばらく私が運転である。

地獄沼に惹かれ、急停車。

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白く濁った温泉の沼でエキサイティングであった。

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再出発した。

やがて、車を岩手県に入った。

中尊寺にやってきた。

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入り口でお地蔵さんが出迎えてくれる。

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結構道のりがある。

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中尊寺の山号は関山(かんざん)である。天台宗のお寺であるが、そんなことより、奥州藤原氏縁の寺として名高い。中でも金色堂は、藤原清衡が贅の限りを尽くしたもので、教科書でお馴染みの金ぴかのお堂である。

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鳥居があった。奥に進むと、弁慶堂がある。

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地蔵堂である。

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薬師堂である。

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観音堂である。

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○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

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ここから中尊寺本坊である。今までのは塔頭だったらしい。

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本堂である。明治の建物らしい。

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本尊は阿弥陀如来である。

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奥に進む。

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不動堂のようだ。

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確か薬師堂である。

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鐘楼である。

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讃衡蔵である。ここでは、数々の文化財が展示されている。かなり微妙な小物に国宝が多かった。仏像もここに安置されている。今までお堂を拝んできたのは何だったのか!?

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いよいよ金色堂である。

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金色堂は、この覆堂の中に保管されている。

入る。金ぴかの金色堂にうっとりした。くっぺちゃんの顔が金色に輝いていた。

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金色堂をでると、松尾芭蕉の句碑があった。

五月雨の降り残してや金色堂

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

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経蔵である。

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旧覆堂である。1962年まで500年もの間、金色堂を守ってきた。建築年代は、室町時代中期らしい。

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・・・・・・・・・・・・

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芭蕉像が不気味にたたずむ。

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釈迦堂である。

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白山神社能舞台である。

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1853年に伊達藩により再築されたものである。

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こちらが中尊寺の鎮守である白山神社である。茅の輪くぐりがあった。

ちなみにここまで、誰もついてこなかったので、一人で境内を闊歩した。結構寂しいよなぁ・・・(´・ω・`)ショボーン

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最後のお堂は、弁才天堂である。

ところで、中尊寺も修学旅行以来である。どうにも金色堂以外に記憶がなかったのだが、行ってみて納得した。要するに、金色堂以外に見るところがないのだ。

中尊寺を降りてきた。

こんなもの発見。

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武蔵坊弁慶の墓。

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このちっこい石がそうみたいですな。。。

さあ、次に行ってみよう!

2008年9月24日 (水)

東北旅行記(その4:八甲田ホテル、酸ヶ湯温泉)

土砂降りの中、車を走らす。八甲田ホテルに着いた。

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なかなか素晴らしいホテルである。

ここは、二人部屋しかないようなので、3組に分ける。

1組目、猛牛くっぺちゃんと知将O氏の2000万パワーズ。

2組目、甘いもの魔神JINとぎーさんに何故かきつい、きよしのモーストデンジャラスコンビ。このチームは何が飛び出すか分からない。

最後の3組目は、弱小超人同士の組み合わせ、へタレの私とミスターことぎーさんのビッグボンバーズ!お前たちにプライドなんてものがあったのか・・・?

部屋に入る。なかなかいい部屋じゃないですか!?( ̄▽ ̄)

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ホテルでくつろぐ暇もなく、近くの酸ヶ湯温泉に行く。酸ヶ湯温泉までは、ホテルからシャトルバスがでている。
着いた。

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入る。

ビバ千人風呂!(◎´∀`)ノ
・・・とぎーさんが言った。

よく見たら、ヒバやん!思わず、千人風呂の廻りでサンバを踊るブラジル人セクシーダンサーを想像しちまった。

ぎーさんの高校以来のギャグでした。

ヒバ千人風呂とは、全て、ヒバの木でできた木造の建物で、混浴である。

脱衣所は別だが、中に入ると、混浴というやつである。しかし、千人風呂の真ん中で暗黙のルールか?男女の別があるようだ。女性のほうには、なんとなく行けない。ちょっと前にマナーの悪化に伴い、そういう措置がされた様子である。

混浴といっても、そんなに嬉しいものではない。見たくない人の裸を見てもねぇ・・・。

私らのような半ば温泉マニア化した親父には混浴なぞ珍しくもないし・・・。

さて、酸ヶ湯温泉の泉質であるが、酸性硫黄泉である。かなりきつい酸性なので、少しピリピリする。

ちなみには、フロントには、入浴客を楽しませるため、標本が飾られている。この辺は、蔦温泉と同様である。

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ニホンカモシカはお約束である。

入浴後は、お土産屋で、きよし、ぎーさんとともに、相撲、足の指など素晴らしい文学を堪能した。

ホテルに帰ると、唯一酸ヶ湯温泉に行かなかったO氏にくっぺちゃんが締め出された。一人でマスクをはずしたために植物人間同様になったようだ。そんなときは、ヘッドギアがお奨めだ。

・・・・・・・・・・・・・

O氏も社会復帰したので、夕食に行く。本日はフレンチである。

( ´_ゝ`)ノボンジュール♪

しかし、こういうフレンチって、非常に緊張する。こういうときは、ぎーさんは肝が据わっている。場慣れしていらっしゃる。さすが、セレブである。ワインのテイスティングもぎーさんがした。

ちょっと料理を紹介する。

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時期的に岩ガキであろうか?味は、ソースの味ばかりして、よくわからなかった。そういやフレンチって、ソースで食べるんやったっけ?

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食った気がしない肉を食う。うまい!でも、すぐ終わる。こんなときはパンを食い漁るのだぁ~(σ・∀・)σゲッツ

調子に乗って、赤ワインを頼むなよ~。。。私は赤ワインが非常に苦手なのである。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

どこぞの恥ずかしいやつが、私の誕生日ケーキを用意してやがった。まったく照れるやないか~い!でも、それって、素適やん!(/ω\)ハズカシーィ

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総評すると、料理は食った気がしないが、非常にうまかった。夕食後、風呂に行ったり、バーに行ったりした。結構高かった。

こうして、夜は更けていった。

2008年9月23日 (火)

東北旅行記(その3:蔦温泉)

大更はあいにくの雨である。

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駅から出ると、車が止まっており、嬉しそうな連中がいた。皆に笑顔で出迎えられると、照れるものだ。なぜならば、ハニカミ王子とは私のことだからだ。

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車は山形で借りたレンタカーのようだ。車に乗り込み、出発する。ドライバーがくっぺちゃんなのが気がかりだ。
・・・
 酔った。(;´Д`A ```
・・・
ええい、こうなったら自分で運転してやる!ということで、ドライバー交代。次鋒、レオパルドン行きます!

・・・・・・・・・・・・・・
ノーズフェンシングを食らったかのような豪雨だ。福井大水害を思い出す。
あまりの豪雨に、ストーンサークルもキリストの墓も道路標識を見ながら、断念した。晴れてたら、会長命令よ!とハンドルを切っていただろう。

数々の私的悲劇を乗り越え、山越え、谷越えすると、視界が開けた。十和田湖である。

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懐かしい。高校の修学旅行以来だ。この旅行、さんぽ会で来てよかった。皆が共有する思い出がここに復活した。そういえば、きよしはあのとき、顔がずり剥けやってねぇ・・・。道はやがて、奥入瀬渓流へ。あいにく濁流だ。13年前は、清流だったのに。

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そうして、車は、あの伝説の蔦温泉で停まった。

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13年の年月は、蔦温泉を「日本秘湯を守る会」の軍門に下らせるには、十分だった。また、守る会かい!毎回、私の前に現れおって!

13年前にJINが冷やしトマトを食ったあたりを見る。当時の私はトマトが苦手だった。それを尻目に、「まっちゃん、トマト食えんの?こわっぱが、こわっぱが、こわっぱが、・・・」とエコーをかけながら、小馬鹿にされた私は、いたくプライドを傷つけられ、とらのあなでの血のにじむような特訓の末、見事トマト魔神にリベンジすることができたのだ。

前回食べた食堂で昼食をとる。

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私はほうとうを食べた。まあまあ、いけた。ぎーさんときよしはケン・シャムロック定食を食べた。関節が上手そうだった。
昼食後は、懐かしい温泉へ行く。

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あいかわらず粋なつくりである。

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木を中心にした浴槽がいかす。ここの温泉は、浴槽の下から温泉がこぽこぽと湧いているのだ。十分堪能したので、上がると。体操で銀メダルがでた。

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どしゃぶりの中、車をとりに行かされた。しばらくは山道なので、私の運転ということか・・・。

2008年9月20日 (土)

東北旅行記(その2:大更へ行こう!)

平成20年8月14日。二日目である。

早朝の5時に東京について、1時間50分ほど間がある。特に何をするわけでもないので、暇である。

地下のトイレに行ってみた。トイレの手前約5メートルに人糞が盛ってあった。

惜しい!もう少しやったのにね

待合コーナーでFFⅣをやっていると、時間になったので、東北新幹線のホームに上がった。

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しばらくすると、新幹線がやってきた。

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新幹線に乗り込むと、はやてのごとく間に寝てまった。

9時22分盛岡着。

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ここから、IGRいわて銀河鉄道に乗り込む。マニアックだ。新幹線ホームを降りると、ちょっと迷いながら、銀河鉄道の改札までやってきた。

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IGRいわて銀河鉄道は、盛岡から八戸を結ぶ線のうち目時駅までを経営する第三セクターの鉄道会社である。私が乗る列車は、好摩でJR花輪線に向かうはずである。

しょぼいホームで待つ。

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しばらくすると、列車がやってきた。

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列車に乗り込むと、わざとご婦人の前に陣取り、鑑賞しながら、車窓を楽しむ。

ふと車内を見ると、どうみても旅行中の白人男性がいた。最近、どこでもよく見るなぁ・・・。日本ブームなのか?

大更に着いた。大更って、どこやねん!とつっこんだのは、つい先日、JINにチケットをもらったときである。私のチケットは、神戸市内→大更という恐ろしいものになっていた。

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ここで、さんぽ会の面々が待っているはずである。楽しみだ。

さて、ここまで、まるでてっちゃんのように電車のことばかり書いてしまった。基本的に移動しかしてないので、仕方ないのだよ。。。

次回より、みちのく6人旅の始まりである。

2008年9月19日 (金)

東北旅行記(その1:悲劇は繰り返す?)

平成20年8月13日から16日まで、さんぽ会で東北旅行にでかけた。今回は、そんな徒然なる旅行記を書いてみようと思う。

・・・・・・・・・・・

平成20年8月13日。

夜、私は一人新神戸駅にいた。

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これから東北旅行の幕開けである。それにしても人影はまばらだ。こんなお盆に東京方面に行こうという殊勝な人も少ない。

今回の参加者は、例のごとく、ぎーさん、O氏、くっぺちゃん、JIN、きよし、私の6人である。私以外の6人は一日早く、バスにて山形に向かった。私は家の都合で一日遅く出発である。

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やがて、新幹線がやってきた。ここで寝ては、後に堪えるので、我慢する。

名古屋着。

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新幹線から在来線に乗り換える。改札でよくわからんかったので、駅員さんに聞いたら、そんなこともわからんのか?という感じでムッとされた。

在来線のホームに立つ。

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ここで、あの伝説の列車に乗る。

その地獄を予感しているように、やけに今夜は蒸している。

そいつは、やってきた、オレンジのラインを光らせながら。。。

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そう!ムーンライトながらである。全く、二年連続でこの悪魔の列車に乗り込むことになるとは・・・。ともかく、乗る。臭っ!?生ごみのにおひがする。こんなとこで、朝まで過ごすのか?鼻が早く麻痺することを願う。しばらくすると、おっさんが隣に座った。そして、チューハイを飲みだす。ちょっとムッとしたが、まー、許そう。私は寛大だから・・・。

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DSで監督に借りたFFⅣをしたり、小説を読んだりすると、心地よい眠気がやってきた。今回は、少し眠ることができた。

途中、何回か目が覚めた。結構首が痛い。明日の温泉治療を期待する。

早朝、東京到着。

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さすがに二回目ともなるとペースが分かっているらしく、前ほどつらくはなかった。

それにしても眠い。さあ、二日目スタートだ。

2008年9月11日 (木)

柳川浪漫紀行(その2:御花・松濤園)

鰻を食う。

若松屋という柳川の観光ガイドでよくでている店に入った。

宮崎産らしい。柳川産というのはないのかな?

食す。

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うまいっ!( ̄ー+ ̄)

食後、御花に行くことにした。

御花とは柳川藩主立花氏の別邸である。

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ご覧のように、洋館である。

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鴨居に甲が飾ってある。

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なんかセバスチャンがでてきそう・・・

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座敷はなかなか見事である。壷なんかは、いい仕事してますなぁ~と言いたくなる。

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座敷の奥は日本庭園がある。

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この庭は日本三景の一つ松島を模したもので、松濤園という。

現在の御花の建物と松濤園の大部分は明治に新築されたものだそうだ。

二階に上がることができたので、行ってみた。

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ほう。こうなっとりましたか・・・。

なかなかダイナミックですな。

御花を見学したあとは、アイスを食って帰った。

おしまい。

2008年9月10日 (水)

柳川浪漫紀行(その1:北原白秋生家)

平成20年7月20日。

うっちょと鰻でも食いに行くかというノリになり、柳川に行くことにした。

柳川は、江戸時代に立花宗茂が柳川藩主となり、以後、明治維新まで続く城下町である。柳川といえば、お堀が張り巡らされており、それを回る川下りが有名である。どうみてもお堀巡りなのだが、川下りという。以前、訪れたときは、JINとぎーさんと川下りを体験したが、今回は、うっちょの「暑いからやめましょうよ・・・。」という意見で断念した。

まあ、真夏ですから・・・(´・ω・`)ショボーン

立花宗茂といえば、高橋紹運の息子で、立花家に婿入りした人物である。ちなみに嫁は、立花誾千代である。戦国無双にでてくる。

柳川に着いた。

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お堀である。専門用語で堀割というらしい。昔、湿原だったところを農地整備した後らしい。戦国時代には当然、お城の防壁として、活用された。

鰻を食いに行こうとすると、客が多かったので、街を散策することにした。

途中で、煎餅屋のばばあに絡まれた。(゚⊿゚)イラネ

北原白秋生家にやってきた。

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北原白秋の生家は、造り酒屋である。しかし、あるとき、大火災で屋敷の大半を消失し、落ちぶれたらしい。白秋自体は、詩を続け、とっとと東京に出て行ったのだ。

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白秋の作品が展示されている。そういえば、白秋の作品って、よく知らないなあ・・・。

と、思ったら、「待ちぼうけ」がありました。あの童謡はインパクトがあった。子供のときは思ったものだ。兎を食うのか・・・( ̄Д ̄;;

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これが生前の白秋である。でかい親父である。

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で、これが死後・・・

デスマスクかよ!こんなん残すなよな・・・┐(´-`)┌

うっちょにふざけて、

「あれって、デスマスクちゃうん?」

とか、言ってたら、大正解でした。

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詩が好きな人なら興奮するかもしれないが、白秋のことって、ほとんど興味ないなぁ・・・。

うっちょが、

「詩なんて、道程しかしらないっすよ。」

とつぶやいた。

・・・道程って、高村光太郎の詩で、中学の教科書に出てきて、中学生男子の頬を赤らめさせるという伝説のアレかっ

さ、鰻食いに行こっと・・・

2008年9月 7日 (日)

日光・尾瀬の旅(その9:エンディング)

鳩待峠からタクシーに乗り、本日の宿泊地、老神温泉に移動することになった。タクシーの運転手の好意により、途中で吹割の滝に立ち寄ることに・・・。

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吹割の滝は、群馬県沼田市にある滝で、その形から「東洋のナイアガラ」と自称しているそうな。。。

いつかのNHK大河ドラマ「葵徳川三代」のOP映像にも登場した。

今回は、遠くからの見学のみである。

再び出発する。老神温泉に着いた。

宿泊は、吟松亭あわしまである。ちょうどこのとき、蕎麦祭りを開催中で、人だらけでやな感じだった。とりあえず、食事前に風呂に入ったあと、街を散策した。

・・・・・・・・・何もないな・・・・

飯を食う。

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うまい!だが、昨日ほどではないな・・・

風呂!

就寝!

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

朝。

風呂と朝食の後、老神温泉を出発し、シャトルバスで沼田駅まで、ここからJRで上野まで。

ここで、皆別行動に入る。

私は、例のごとく、博物館とか秋葉原とかに行ったのだが・・・

夕方に再集合し、月島でもんじゃを食す。

いつも思うけど、もんじゃってどうよ?

ここで、時間をかけ過ぎたせいで、時計を見れば、やばい時間になっていた。

今回は、神戸まで飛行機で帰る。JINとくっぺちゃんが別のところのロッカーに荷物を預けていたおかげで、羽田空港に着いたときには、非常にやばい時間になった。

なんで、最後までこうばたばたかねぇ~。空港を走る馬鹿四人。

ヤッテラレンワ…ヽ(○´3`)ノ フッ

おしまい。。。

2008年9月 6日 (土)

日光・尾瀬の旅(その8:尾瀬後編)

沼尻川を越えた。

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ここから群馬県に入ったのだ。こんな感動的な県境越えも、そうめったにないだろう。

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やがて、山道に入り、てくてく歩く。休憩ポイントの見晴に着いた。

ここで昼食をとる。昼食は、旅館ひのえまたの皆様に作っていただいた、お弁当である。漬物が塩辛い!

JIN曰く、

このくらい塩をきかさんと、暑さでダメになるから・・・

だそうである。さすが、食通なのである。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

休憩を終え、出発である。

ところが、ぎーさんの様子がおかしい。疲れてきたようだ。ここからがメイン?の尾瀬ヶ原やのにねぇ・・・ ┐(´д`)┌ヤレヤレ

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これですよ!これ!尾瀬ヶ原である。テレビでよく見るあれだ。。。

(v^ー゜)ヤッタネ!!

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ここらの木は幹が白い。白樺?

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見渡すかぎりの大湿原。。。そこらかしこに水溜りがある。

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イモリ発見!

しかし、シーズンがよければ、見渡す限りのお花畑が広がっているのだろうが、今は見渡す限りの叢である。

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尾瀬ヶ原も中盤になった頃、ぎーさんの体力は残りわずかになっていた。しかし、その疲労度は反比例し、歩くスピードが上昇する。何まだ上昇するだとっ 全く意味不明である。

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ぎーさん以外はのりのりである。写真を撮りまくったものだから、後で現像に出したら、えらいことになった。

それでは、JINさんの珠玉の作品集である。

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コンパクトカメラとは違うのだよ。コンパクトカメラとは(´-д-`)

一眼レフは違いまんな~( ´,_ゝ`)ハイハイ

資本主義の豚なのかっ!?

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そうこうしていると、最後の休憩ポイント、山ノ鼻に着いた。

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ロッジで花豆ソフトクリームを食べようとすると、店の親父に店じまいされた。悪魔玉でも食らえ ヽ( )`ε´( )ノ

しばらく休んで、再出発である。

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ここからゴールである鳩待峠まではもう少しである。ぎーさんは真っ白に燃え尽きていたが、無理矢理立たせる。歩けないものは、置いていけが、サバイバルの基本なのである?

ここから鳩待峠までは怒涛の快進撃であった。何を思ったか?くっぺちゃんが先行逃げ切りを図る。比較的元気な私とJINが追走する。ぎーさんは疲労困憊ながら、地道に追いかけたまま、第一コーナーを経過した。

抜きつ抜かれつのデッドヒートを制したのは、私である。最終コーナーをVモンキーで制し、最後の直線の加速は、ディープインパクトもびっくりであった。

途中で、中年男性のグループを抜いた。

「先にどうぞ。」

「若いなー。馬力が違うねー。」

と、ちやほやされる。おかげで、引くに引けなくなり、さらに加速・・・ (´Д⊂グスン

大逃げしたため、寂しくなった。ゴール付近で皆を待つ。皆が来たところで、三人一緒にゴールしようということになった。

しか~し

ゴール地点の手前で待っていた私とくっぺちゃんを尻目に、掟破りのロビンスペシャルが炸裂した。たった一人で一番乗りでゴールするJIN・・・(´ρ`)ぽか~ん

とにもかくにも全員無事ゴールした。

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2008年9月 5日 (金)

日光・尾瀬の旅(その7:尾瀬前編)

旅館ひのえまたの前からバスに乗る。売店で飴を買っていたら、ぎりぎりなっちまった。

今回のコースは沼山峠から尾瀬沼を抜け、尾瀬ヶ原を抜け、鳩待峠に抜けるルートである。尾瀬は、福島県、新潟県、群馬県の県境にあるのだが、ルートの都合上、新潟には入らない。ざっと20キロメートルほどのコースである。マラソン完走経験のある私にとっては、大したことはないが、ぎーさんなどは結構不安だったようだ。

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着いた。

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沼山峠である。トイレに行き、準備運動を恥ずかしげもなくするアホが四人いた。アキレスが切れてからではおそいんやでぇ~。

さあ、出発だぁ~

まずは、普通に山道を上がる。尾瀬ヶ原のイメージばかりを考えていたので、森林は意外だった。途中ですれ違う登山客に挨拶をする。数人目に挨拶したのに、挨拶をしない糞ボケがいた。資本主義の豚めがっ!悪魔玉でも食らえ~ ( ゚皿゚)キーッ!!

こういうときは、気持ちよく挨拶したいものだ。

きれいな花が咲いているなと思ったら、トリカブトの様子 ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ

道が開けた。

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これよ!これ!これぞ、尾瀬である。野原に続く木道が、最高である。

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小川発見。

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さ~か~な~ヽ(´▽`)/

フナのようですたい。

さらに歩くと遠くに尾瀬沼が見えた。

もうすぐ、第一休憩地点のビジターセンターである。

しかし!ここで、JINの腸が悲鳴を上げた。青ざめるJIN。それを見て、明日はわが身とうろたえるぎーさん。。。

JINは早歩きで、ビジターセンターに向かうことになった。

あまりあせるなよ~。。。あせると、ぷりゅっとでるからね~。もしものときは、あだ名がビチ糞こき太郎になるぞよ。

ものすごい勢いで歩くJIN。

??

???

あれっ、手前の山道に入っていったぞ!?

「あいつ、どこ行きよるんや!?」

「もしかして、山でするのか?]

「野○をプロデュース?」

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まあ、とりあえず、ビジターセンターでJINを待つことに・・・

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しばらくして、JINが来た。どうやら工事用のお手洗いを見つけたそうである。よかった、よかったヽ(´▽`)/

気を取り直して、出発である。

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尾瀬沼である。美しいですな。

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小さな滝みっ~けっ!

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

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以上、JINさんの珠玉の作品集でした。

湖畔を歩き、沼尻に到着した。二回目の休憩である。ザックを降ろすと、背中がびしゃびしゃである。しかし、全員まだ元気である。

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さあ、行こう!

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大自然。生物たちがおりなす、地球のドラマ・・・

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マスの一種のようですな。

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後編へ続く・・・

2008年9月 4日 (木)

日光・尾瀬の旅(その6:桧枝岐温泉)

会津高原尾瀬口で電車を降りる。すでに辺りは暗い。

タクシーに乗り、いざ桧枝岐温泉へ。

宿は旅館ひのえまた。はっきり言って、全く期待していなかった・・・

到着時間は既に8時を回っている。夕食時間をとっくに過ぎてしまったにもかかわらず、懇切丁寧なおもてなし。満面の笑顔である。この時点で好印象( ^ω^)おっおっおっ

それにしても表に架かっていた「日本秘湯を守る会」の提灯に唖然。。。

またか!?

そう、我々の旅に何故か憑いて回る「日本秘湯を守る会」。

┐(´д`)┌ヤレヤレ

黒川温泉(熊本)、福地温泉(岐阜)、蔦温泉(青森)、龍神温泉(和歌山)・・・

夕食の準備の前に一汗浴びてくださいという、ありがたい提案を受ける。早速、お風呂へ。 ここの温泉は、アルカリ性単純泉で、お肌によさそうだ。

気を取り直し、食事タイム

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おお!なんか地場物という感じがする。こんな山の中で、鮪の刺身とか出された日にゃ~、興ざめですわ

ヤッテラレンワ…ヽ(○´3`)ノ フッ

画像左側のから揚げは、なんとサンショウウオである。初めてサンショウウオなんてくっちまった。食ってみると、なかなかいけた。

それにしても、こ、これは・・・

う、う、う~ま~い~~~ぞ~ぉ~~~

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

特に蕗の炊き方が最高だった。

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この鍋もうまい!

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締め的に十割そばがでる。自称そば通のぎーさん曰く、つなぎなしの十割そばは下手に打つと、ぼそぼそになるが、このそばはうまいと太鼓判を押した。☆三つ獲得である。

ちなみに食通JINもさんぽ会中もっとも口うるさい男、くっぺちゃんもご満悦の様子である。ばしばし写真を撮っていた。

食事後、もう一度、風呂に入り、熟睡した。

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

翌朝。平成18年9月2日。

本日は、いよいよ尾瀬縦走である。

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早朝、体を温泉で温め、飯をたらふく食いエネルギーをチャージする。

ひのえまたの方々に見送られ、バスに乗り込み、尾瀬へ出陣である。

本当によい旅館であった。

2008年9月 3日 (水)

日光・尾瀬の旅(その5:華厳の滝、中禅寺湖、寂光の滝)

華厳の滝にやってきた。

駐車場に車を止める。観瀑台までは、エレベータで降りる。

下に着いて、全員の第一声は・・・

さぶっヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ

とにかく気温が低い。さぶいぼでまくりの大惨事であった。

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エレベータの出口から暗いトンネルを抜ける。轟音が聞こえる。

視界が明るくなる。

滝だぁ~ モヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!

予想以上にでかい。

華厳の滝は、中禅寺湖から唯一の流出口である大谷川にある滝で、落差は97メートルもある。日本三名瀑の一つに上げられる。残りの二つは和歌山の那智の滝と茨城の袋田の滝である。

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そして、寒い マイナスイオンでまくりなのはいいが、気化熱のせいで、相当気温が下がっている。真夏にこんなくそ寒い羽目に会うとは、思わなかった。

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華厳の滝といえば、自殺の名所として、有名である。明治36年の藤村操という学生が自殺したことに端を発する。当時残された不可解かつ哲学的な遺書は、マスコミや知識人にセンセーショナルだったようだ。その後、彼の影響を受けたものが自殺したことから、名所となったようだ。最近は死んでるのかな?

オカルトファンとしては、心霊をキャメラに収めねばと、必死にシャッターをきった。しかしながら、徒労に終わった。

・・・・・・・

華厳の滝のあとは、いろは坂を走破する。

いろは坂といえば、エンペラーである。あいにくレンタカーがランエボではないが、すっかり須藤京一になった気でハンドルを握る。( ̄▽ ̄)

はっ!タオルを頭に巻くのを忘れとったーーーーモヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!

カーブにい、ろ、は、に、・・・と書いてある。

?だからいろは坂?

いろは坂を抜けると、中禅寺湖にでた。

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人造湖を除く、4平方キロメートル以上の湖では、日本一標高の高い場所にある湖であるらしい。あいにく曇っており、せっかくの景色がよく見えなかった。

また、いろは坂を帰る。

下今市でレンタカーを返す前に、JINのたっての願いで寂光の滝によった。

JIN曰く、有名な滝らしい。。。

なんだか妙に細い道を行く。。。。

着いた。

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????

これ?

(´ρ`)ぽか~ん

しょぼ・・・

・・・・・・・・・・・・

下今市でレンタカーを返し、電車に乗り、福島県桧枝岐を目指し、電車にのった。

2008年9月 2日 (火)

日光・尾瀬の旅(その4:二荒山神社、大猷院)

東照宮の後、二荒山神社にやってきた。

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日光の3つの山の神(大己貴命、田心姫命、味耜高彦根命)をご祭神としている。3つの山とは、男体山、女峯山、太郎山である。

ところで、二荒山(ふたらさん)は観音菩薩が住むという補陀洛山(ふだらくさん)がなまったものとされることがある。また、弘法大師がこの地を訪れたとき、二荒を「にこう」と読み、それが日光の地名の由来になったという。さすが、スーパースターは違う。ミスターがサンマリンスタジアムを命名したことを思い出す。。。ヽ(´▽`)/

それにしても、二荒山の名の由来を平然と語るぎーさんとは、どんな生物であろうか?生物と書いて「なまもの」と呼ぶ生物なのだろう。。。

・・・・・・・・・・・・

大猷院にやってきた。

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大猷院は、徳川家光の霊廟である。また、輪王寺の施設である。

まず、仁王門をくぐる。

ぎーさんは言った。

ここから、先は聖地である・・・、と。

ま、どうでもいいけど、やっぱり厳かな雰囲気はありますなあ。。。

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次は、二天門である。持国天と広目天を左右に祭っていることから、その名がある。

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夜叉門である。かなり豪華である。

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拝殿である。

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皇嘉門という。この先に家光の霊廟があるらしい。

家康信者であった家光は、決して、自分の廟所を家康より豪華にしてはいけないとしていた。しかし、決して質素ではない。十分豪華である。

我とかいて「おれ」といいそうな勢いである。

世界遺産「日光の社寺」は、世界遺産の名に恥じないくらい素晴らしいものであった。改めて、メンテナンスしっかりやってくれている職人さんに敬意を表すのであった。

2008年9月 1日 (月)

日光・尾瀬の旅(その3:東照宮奥宮)

奥宮へ向かう門には、かの有名な眠り猫が鎮座している。

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左甚五郎の作品とも言われる眠り猫は、当然のように国宝である。

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ちなみに裏には、眠り猫を尻目に雀が舞い踊っている。

雀がいても猫が呑気に眠るくらい、徳川の世は平和ということを示唆しているという説もある。私には、この後、眠れる猫の急襲により、無残にも雀がSATSUGAIされてしまう気がしてならないのだが・・・

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奥宮に通ずる道は、今までの華やかな雰囲気とうって変わり、急に厳かになる。そして、糞長い階段を上らさられる羽目にあった。

やっと頂上に着いた。

待ち構えていたのは、ちっこい奥宮と・・・、

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この宝塔である。この地に、徳川家康が眠っているのである。

それにしても静かである。

苦労した割には、見るとこは少ない。また、石段降りるのか?

くずくずいても仕方ないので、石段を一歩一歩降りていった。

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