但馬旅情編(その1:余部鉄橋)
平成19年3月20日。
余部鉄橋の架け替え工事がまもなく始まるこの時期に、余部鉄橋の最後の勇姿を拝みにいこうというJINの提案に乗り、但馬へと旅立った。今回の旅のお供は、JINとぎーさんである。ぎーさんとは、乗る電車を決め、JINとは、福知山で待ち合わせをした。福知山でのほほんとぎーさんといると、JINがやってきた。東京からの帰りらしい。相変わらず、行動が意味不明かつ大規模である。
電車に呑気に揺られ、餘部にやってきた。それにしても神戸から出発して、何故他府県をとおり、恐ろしい時間を費やさなくてはいけないのか・・・。
餘部は駅名のみで、地名は、余部である。なんでもJRで余部が別にあるらしく、区別しているらしい。
余部鉄橋は兵庫県香美町余部にある。JR山陰本線の鎧駅から余部駅の間にある鉄橋で、その独特のフォルムと鮮やかな朱色から鉄道ファンの心を掴んで離さない。
そして、ここにも心を鷲掴みにされた御仁が一人。。。
1ガンレフを必死に構えるJIN。。。
立派な鉄道マニアですなぁ。本人は否定しておりますが・・・。
余部鉄橋である。なかなか絶景である。
余部鉄橋が間もなく、橋梁の架け替え工事が始まり、コンクリート橋となるそうだ。その工事には、いろいろと反対意見も多い。この件について、どうこういうつもりはないが、折角の文化遺産である。もったいないと思うのは、私だけだろうか?
かつて餘部駅がなかったため、地元住民は大変苦労されたそうだ。昭和34年に餘部駅が建設されたときの苦労を記念した壁画であるようだ。
下に降りることにした。
下から見ると、余部鉄橋の巨大さがよくわかる。海に向かって歩いた。
まだ山に雪が残っている。さすが、但馬である。
余部鉄橋といえば、昭和61年の車両転落事故が記憶に新しい。余部鉄橋始まって以来、初めての転落事故であった。横風を受けたお花見列車が転落し、真下にあった水産加工工場を直撃した悲しい事故であった。犠牲になった方々には、慎んでお悔やみ申し上げたい。
という風に、JINとぎーさんは申しおりました。
私には、その記憶がまったくなかったのだ。アホの時代なので、記憶力が散漫だったのだろうか?ぎーさんたちから事故の話を聞いて、衝撃を受けた。
ぎーさんから、賞賛を受けた写真である。
普通ない構図やろ?という話である。私的には、普通に撮っただけなんですけどね。
まあ、普通はもっと車両を美しく撮ろうということでしょうか?
余部鉄橋の最後の勇姿を目に焼きつけ、宿泊先の城之崎へ向かった。
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