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2008年5月11日 (日)

奈良世界遺産巡り(その3:興福寺、元興寺)

奈良公園にやってきた。

呑気な鹿を見ながら、興福寺にやってきた。

南都六宗の一つ法相宗の大本山であり、かの有名な藤原氏の氏寺である。

Img_0743

この興福寺という寺は、奈良公園を歩いていると、何の予兆もなく、突然あらわれる。なぜかといえば、境内が既に奈良公園の一部になっているからだ。かつて、広大な領地を持っていたことが、伺える。

奈良、つまり、大和国は、武士が治めた鎌倉以降も守護地頭が存在しなかった。その役目は興福寺が担っていたからだ。戦国時代も事実上、戦国大名として君臨していた。僧兵の立ちの悪さでは、京の叡山と南都の興福寺が有名である。

ちなみに大和国は、織田信長時代には、松永弾正が治めたり(反乱を起こして信貴山で爆死?)、筒井順慶が治めたりしている。筒井は、興福寺の宗徒あがりであったりする。

まあ、それはおいておいて、ここもお宝の宝庫である。凄まじいものが普通においてあるとこが、すごい。

Img_0744

猿沢の池より興福寺五重塔を望む。

アオミドロの繁茂する汚い池でも、こういう風に見れば、なんとも雅である。

Img_0750

続いて、元興寺にやってきた。

途中、住宅街のようなところを通ったりしたので、本当に道があってるか不安だったが、なんとか着いた。

Img_0748

Img_0749

蘇我馬子が飛鳥に建立した法興寺が前身ということで、たいそう由緒正しい寺である。

それにしてもこじんまりした寺である。何故世界遺産に登録されているのか、よくわからなかった。

かつては大寺院だったらしい。本堂は極楽堂と称し、国宝である。

まあ、なんとなくほっとする寺であった。

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